過剰摂取の死者は年6万人とのデータも アメリカが直面する「オピオイド危機」

アメリカのミレニアル世代が「新しい情報をアップデートする」という意味で使う「Woke」をタイトルの一部に組み込んだ本コラムでは、ミレニアル世代に知ってもらいたいこと、議論してもらいたいことなどをテーマに選び、国内外の様々なニュースを紹介する。今回はアメリカで大きな問題となっている鎮痛剤「オピオイド」を取り上げたい。
日本ではがん患者の痛みを緩和する目的で、処方する側にも特別な免許が必要となる医療用麻薬のオピオイド。アメリカでは90年代後半からオピオイドの処方に対する規制が大幅に緩和され、がん患者でなくてもオピオイドを簡単に入手することが可能に。マーケットに大量に流れたオピオイドは、麻薬として不正に売買されることも珍しくなく、中毒に苦しむ人も少なくない。ショッキングなことに、アメリカ国内におけるオピオイド使用が原因と考えられる死亡者数は、銃や交通事故の犠牲者数をはるかに凌ぐ。

プリンスやトム・ペティの死因にもなったオピオイド
トランプ政権が非常事態宣言するまでの社会問題に発展


昨年10月、ロックミュージシャンのトム・ペティが急死した。ザ・ハートブレイカーズ時代の功績が称えられ、2002年にはロックの殿堂入りも果たした有名ミュージシャンとして知られたペリーだが、オピオイド系の鎮痛剤の過剰摂取が原因でこの世を去った。2016年4月にはプリンスが所有するスタジオの中で、57歳という若さで急死している。
検視の結果、プリンスは合成オピオイド薬として知られるフェンタニルの過剰摂取によって命を落としたことが判明した。

アメリカでは様々な種類のオピオイド系鎮痛剤を、処方せん薬として入手することが可能で、その殆どが合法的に入手できる。しかし、過剰摂取や依存症の問題に対して、以前からアメリカ国内の有識者やメディアは警鐘を鳴らし続けてきた。オピオイドの過剰摂取が原因と考えられる死亡事例が増え続けている現状に加え、プリンスやトム・ペティといった有名人がオピオイドによって死亡するというケースが相次いだため、ようやくオピオイドの怖さが広く認識されるようになったのだ。

過剰摂取の死者は年6万人とのデータも アメリカが直面する「オピオイド危機」


オピオイドとは医療目的で使われる麻薬性鎮痛薬の総称で、日本でもよく知られたモルヒネや、前述のフェンタニル、ペチジンといった薬は全てオピオイド系に分類される。また、多くの国で中毒患者を出しているヘロインも、オピオイド系の代表的な薬物だ。
オピオイドに共通する点として、ケシから抽出した成分に化合物を加えて作るという製造過程が挙げられ、同様の薬物としてアヘンの存在は有名だ。脳に届く痛みを遮断することができるが、痛みに悩まされていない人が使うと、一時的な快楽が得られ、同時に脳内に出た快楽物質によって依存症になってしまう。

トランプ大統領は昨年10月、アメリカ社会におけるオピオイドの蔓延に対応する形で、「公衆衛生上の非常事態」を宣言している。ホワイトハウスで非常宣言について語った大統領は、オピオイドを社会に蔓延させてきた企業や個人に対し、政府が法的措置をとることも辞さないとコメント。非常事態宣言が発表される直前から、連邦政府や州政府は複数の医薬品メーカーを訴追・調査してきたが、トランプ大統領の非常事態宣言によってこれらの企業の株価は一時的に急落した。しかし、非常事態宣言をもってしても、アメリカの「オピオイド危機」は依然として大きな社会問題として残ったままだ。


2016年のオーバードーズによる死者は6万人以上
製薬会社のロビー活動も一因か


米疾病予防管理センター(CDC)が昨年12月に発表したデータは、アメリカ国内で薬物の過剰摂取による死亡(オーバードーズ)が急増し、その大半がオピオイドによるものであった実態を明らかにしている。2016年にオーバードーズが原因とされる死亡者数は6万3632人に達し、ワースト記録を更新する形となったが、そのうちの4万2249人がオピオイドの過剰摂取で命を落としていた。年間に4万2000以上の命を奪ったとされるオピオイド。この数は、アメリカ国内における交通事故死や銃による死亡(他殺と自殺の両方)、乳癌による死よりも多いものとなっている。

ドラッグ関連のニュースが珍しくないアメリカだが、オーバードーズによる死亡者数に目を向けると、ヘロインやコカインが広まりを見せた70年代や80年代でも、一年間に5000人以上が死亡する年は存在しなかった。2016年の死亡者数は前年から約20パーセントも急増したもので、6万人を超える死者はベトナム戦争で命を落とした米兵の総数を上回る。
中毒者やオーバードーズの急増が、アメリカ経済に少なからぬ影響を与えているとの指摘もある。ホワイトハウスの大統領経済諮問委員会は昨年11月にオピオイド関連の死亡事故に関するレポートを発表し、オピオイドの過剰摂取による死者が急増したことによって、国内総生産の約3パーセントにあたる5040億ドルの経済損失が発生したとする試算を出した。

1990年代後半、アメリカの医薬品業界は政府に対し大々的なロビー活動を展開し、オピオイド系鎮痛剤の販売に関する規制緩和を勝ち取った。本来はがん患者が痛みを和らげる目的で使用するオピオイドだが、規制緩和が始まると、経営的に旨味があると考えた医師の中には、精神安定剤としてオピオイドを処方する者も増え始めた。また、より多くの利益を出したい医師が大量のオピオイドを処方し、患者によって転売されるというケースも珍しくなくなったのだ。

オーバードーズの約4分の1が合法的に処方された薬によるものというデータもあるが、オピオイドなどの処方せん薬が一般人によって横流しされ、結果的に新たなオーバードーズを引き起こすという悪循環は続いている。
銃犯罪や戦争よりも多くの死者を出している「オピオイド危機」に、トランプ政権は効果的な対策を取れるのだろうか。
(仲野博文)