今回記事でご紹介するのはエログロナンセンスの帝王・江戸川乱歩の傑作短編『人間椅子』。
『人間椅子』の発表は大正14年(1925年)。
プラトン社が刊行している大衆娯楽雑誌『苦楽』に掲載され、椅子の中に隠れた男が女流作家にあてた赤裸々な手記の内容が、大きな反響を呼びました。
数ある江戸川乱歩作品の中でも一際カルト的人気を誇り、何度も漫画化・映像化されています。
※本稿は作品のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
『人間椅子』のあらすじ
女流作家の佳子(よしこ)は官僚の夫と結婚し、一等地の屋敷で裕福な生活を送っています。
この日も夫を送り出した後書斎にこもり、愛用の椅子に座って小説の執筆に取り掛かりました。
長編の締め切りに追われる佳子の息抜きは、全国から届くファンレターに目を通すこと。

ある日のこと、分厚い封筒が届きます。中身を怪しみながら開封した所、原稿の束が出てきました。
最初の数行に目を通した佳子は、その異様な迫力に引き込まれ、取り憑かれたように読み耽ります。
手紙の差出人こと「私」は、貧しい身の上と醜い容姿に劣等感をこじらせた椅子職人で、生まれてこのかた色恋沙汰とは無縁の生活を送ってきました。
恋人はおろか親しい友さえ持たず、親から継いだ稼業を日々淡々とこなす「私」にとって、自分が手掛けた椅子が立派な家に迎えられ、そこに理想の女性が腰掛ける妄想をするのだけが心の慰めでした。
ですが妄想は妄想に過ぎず、現実に帰ると途端に虚しくなり、自殺願望さえ芽生える始末。
しかしただ死ぬのも面白くないと腐っていた矢先、外国人が経営する高級ホテルから、ラウンジに置く椅子を作ってほしいと依頼されました。
寝る間も惜しんで完璧な椅子を作り上げた「私」は、最高傑作と一体化を望み、椅子の中をくり貫いて潜り込みます。
完成した椅子は予定通り納品され、人通りの多いラウンジに置かれます。
客足が絶えた時間を見計らって抜け出し、金品を盗むのが当初の計画でしたが、初めて椅子に人が掛けた瞬間、「私」の異常性癖が開花します。
以来「私」は革張りの背凭れ越しに、豊満な女体を愛撫する悦楽に溺れました。
世界的な詩人やダンサー、某国の大使が椅子に座るたび、えも言えぬ背徳的な興奮を覚える「私」。
ところがホテルの経営者が代わり、中身の「私」ごと椅子の売却が決定します。
次に買い取られるなら美しく聡明な日本人の女性がいい……。
そんな「私」が運ばれてきたのは、新進気鋭の女流作家と官僚の夫が暮らす、一等地の豪邸でした。
「私」はそこで運命の恋に落ち……。