こんな対決あったのか!
高校野球レア勝負@甲子園
第1回2009年夏
菊池雄星(花巻東)×大瀬良大地(長崎日大)

「おまえなら、どの球が打てそうだ?」

 超高校級の152キロ左腕・花巻東の菊池雄星(現・マリナーズ)と対戦するにあたり、長崎日大の金城孝夫監督(当時)は試合前日のミーティングで選手たち一人ひとりにこう問うた。

「菊池のベストボールが来たら、とてもじゃないけど打てない。

20個三振取られてもいい。その代わり、21三振の大会記録(当時)だけはやめてくれよと言ったんです」(金城監督)

甲子園で菊池雄星と大瀬良大地が激闘。投手戦から一転、予想外の...の画像はこちら >>
 長崎大会でセンバツ優勝投手の清峰・今村猛(現・広島)を破って、夏の甲子園に駒を進めた長崎日大は、センバツ準優勝の花巻東との対戦が決まってから、菊池のビデオを何度も繰り返し見た。

 練習では140キロを投げる大学生左腕に打撃投手を依頼するなど、きっちり対策も行なった。それでもなお、金城監督には"菊池攻略"のイメージが湧かなかった。そこで、冒頭にあったように選手たちに聞いたのだ。

「アウトコースのストレートを打ちたい」という選手もいれば、「インコースのストレートを狙いたい」という選手もいた。


「同じ球種でも狙いが違うわけです。どのボールなら打てそうとか、嫌だというのは、ずれて当たり前です。バッターの特徴もあるし、それは修正しません。本人の思うことが一番正しいんじゃないかと」

 そのうえで、金城監督は選手たちにこう指示した。

「よし、わかった。それ以外のボールには見向きもするな。
見逃し三振でもいい。その代わり、自分が狙ったボールが来たら『やったー』と目をつぶるぐらい思い切って振れ」

 そして試合当日、選手たちはミーティングどおりに実行した。自分の狙い球だけをフルスイング。すると、金城監督が想像もしていなかった快音が響く。

 2回に7番の山田慎之介がレフトスタンドに叩き込むと、6回には左打者の4番・本多晃希が140キロの外角高めのストレートをレフトに運ぶ。さらに8回にも2番の小柳正樹が141キロのストレートを弾丸ライナーでレフトスタンドに持っていった。



 この小柳が打ったのは、普通なら手を出さないような内角低めのボール気味の球。試合前日に「ひざ元のストレートを打ちたいです」と話していたとおりの球だった。金城監督が選手たちに聞いた意図をこう説明してくれた。

「ああだ、こうだと普通の指示を出していたら、選手たちは絶対に打てないもんだと決めてかかるんです。でも、そのなかで打つことを期待する言葉を使わずに、何が打てそうかを聞く。そこからはもう暗示ですよね。
『そのボールが来たら逃すな』だけだと、ほかのことを考えない。三流、四流のピッチャーだと何度も甘い球が来ますが、あのレベルの投手はほとんど打てないボールですから」

 菊池が1試合3本塁打を浴びたのは、野球人生で初めて。長崎日大は晴れの大舞台で、見事な"菊池攻略"をやってのけた。

甲子園で菊池雄星と大瀬良大地が激闘。投手戦から一転、予想外の結末
優勝候補・花巻東相手に堂々のピッチングを披露した大瀬良大地だったが...
 だが、長崎日大にとって最大の誤算はエース・大瀬良大地(現・広島)だった。5回までは散発3安打の無失点。菊池を上回る投球で、花巻東の初戦敗退を予感させるには十分だった。
ところが、本多の本塁打で3−0とリードが広がった6回裏、突如乱れてしまう。

 先頭打者にこの試合初めての四球を与えるなど、一死二、三塁のピンチを招くと、内野ゴロと二塁打で2失点。7回裏にも一死二、三塁となったところでライトに下がった。

 5回までの好投から一転、6回以降なぜ乱れたのか。その理由は、試合数日までに原因があった。

 練習中、ブルペンでピッチングをしていた大瀬良が腰を痛めた。
すぐに病院に行ったが、自力での歩行が困難なほどの重症。宿舎に戻る際は車いすだった。あらゆる知人を頼って治療し、なんとか試合には間に合わせたが、試合後半に入り、一気に疲労が出てしまったのだ。

 大瀬良を救援した寺尾智貴が打たれて同点に追いつかれたが、8回表に小柳の本塁打で勝ち越し。だがその裏、無死一、二塁のピンチで大瀬良が再びマウンドに上がるが、送りバントの処理をミスして無死満塁とすると、7番・佐々木大樹に140キロの甘く入ったストレートをとらえられ、センターのフェンスを直撃する走者一掃の二塁打。さらにスクイズも決められ、この回4点を失い万事休した。

 一方、試合には勝利したものの、菊池にとっては3本塁打を打たれた以上に大きな出来事があった。それは7回裏の攻撃。1点を追う状況の一死一、三塁で一塁走者が二盗を試みた。これを読んだバッテリーがピッチアウトし、捕手が二塁に送球した瞬間、三塁走者だった菊池は本塁に突っ込んだ。見事セーフとなり同点に追いついたが、クロスプレーで捕手と接触し、菊池は左わき腹を痛めてしまう。

「サインではなかったですが、雄星がいいスタートを切ってくれました」(花巻東・佐々木洋監督)

 投手だけに自重してもいい場面だったが、菊池は常に全力プレーがモットーで、それに加え、不甲斐ない投球を取り返したいという思いがあの走塁につながったのだろう。

「後半で点を取ってくれると思っていたので、まったく焦りはなかったです。"逆転の花巻東"と言われているように、逆転してくれると信じていました。自分が情けないピッチングをしてしまって、チームに迷惑をかけてしまった。今日は野手に感謝したいです」

 試合後はそう言って前を向いた菊池だったが、結果的にこの試合で負ったケガが、準々決勝の明豊戦での途中降板、準決勝の中京大中京戦での先発回避につながってしまった。

 現在、日本球界を代表する投手同士の対戦は、5回までの投手戦からは想像もつかない結末となった。カクテル光線がグラウンドを照らすなかで行なわれた2時間24分の熱戦は、ふたりにとって苦く、痛い思い出として残っている。