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忘れ去られた作家、直木賞の直木三十五記念館に行ってきた

先週、作家の登竜門であり、誰もが知る、芥川賞と直木賞の受賞作品が発表された。
芥川賞の由来となった芥川龍之介は『鼻』や『羅生門』を学校で習うので、広く知られる小説家だ。それに対して、直木賞は直木三十五という小説家が由来なのだが、あまり知られていない。学校で習った記憶もないし、芥川賞と直木賞はセットなのに、これではあんまりだ。

直木三十五ってどんな人なんだろう? 彼が通った大阪の小学校跡に「直木三十五記念館」があるというので、行ってみた。
記念館は、大阪・空堀地区にある「萌(ほう)」という複合文化施設の2階の一室で、落ち着いたこぢんまりした部屋だ。なかに入ると、彼の生涯についての説明の音声が流れる。

賞の名前は有名なのに、本人は忘れられてしまった作家、直木三十五。彼は明治24年に、現在の三井住友銀行上町支店の近くにあった家で生まれ育った(この辺)。成績優秀で早稲田大学に進学するが学費が払えず中退。出版事業や映画制作などを手がけるも、失敗して莫大な借金を負ってしまう。その後、代表作『南国太平記』で一躍人気作家になるものの、病気で昭和9年に43歳で生涯を終えてしまう。彼の死後、文藝春秋の社長だった菊池寛によって、直木賞が創設された。

さて、部屋には畳が敷いてあり、自由にあがれるようになっている。これは、彼には「寝転がりながら執筆する癖」があったことにちなんだものだ。ここで、本屋ではあまり見かけない彼の作品を読むことも出来る。
壁には数多くの写真や書籍、直筆の手紙などの資料が展示されている。そのなかでも興味深かったのが、匿名で文藝春秋に掲載していたゴシップ記事と、昭和7年に週刊誌に載せられた「空想的に日米戦争を描いた文章」。まさに週刊誌といった感じの記事。記念館を訪れたら、ぜひ読んで欲しい!
また、彼のエピソードが書かれた記事のスクラップも多数収集もされていた。「借金王で金遣いが豪快で差し押さえに何度もあった」「新しい物好きで外車を乗り回した」「借金を完済できず、死後は菊池寛が肩代わり」「1日に120枚もの原稿を書いて周囲を驚かせた」「10年間に700編以上もの原稿を書き、執筆量は芥川に匹敵」など、トリビアが満載だ。
気になる名前の由来はパンフレットに書かれていた。直木三十五は、そのまま「なおきさんじゅうご」と読む。本名は植村宗一。植村の「植」を二つに分けて「直木」。「三十五」は年齢を表している。31歳のときに「三十一」とし、年齢ごとに変えたいったが、「三十四」は使わず、さいごは「三十五」に落ち着いたとか。

現在も残っていて、彼の人間性をよく表しているものがあるという。それは、横浜市金沢区にある、晩年に自身で設計した家だ。玄関がなく、内壁は黒一色で統一され、トイレや浴室には黒いタイルが敷き詰められた、一風変わった家だったそうだ。記念館はこの家をモチーフにしている。どうりで壁や天井が黒いわけだ!

多くのエピソードを残しているけど、後世に読み継がれるような作品は残らず、ほとんど絶版になってしまったのはとても残念……。
なお、直木三十五記念館は、みんなでつくる記念館。関係資料や友の会会員募集中だとか。興味がある方は、ぜひご協力をとのこと。
(もがみ)

直木三十五記念館
 大阪市中央区谷町六丁目5-26 複合文化施設 萌〜ho〜 2階(地図
 開館時間 11:00〜17:00  休館日 毎週水曜日  入館料 200円(中学生以下100円)
 最寄り駅は地下鉄谷町六丁目駅(谷六)か松屋町駅

直木三十五の記念碑 →地図

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