
ゲイツ氏は今後、私たちのオンライン体験、さらには生活や社会までもが根本的に変わるという大胆な予測をしている。近い将来、インターネット利用者であれば誰でも、現在のテクノロジーを超えたAI搭載のパーソナル・アシスタントを持つことさえできるようになるとブログに綴っている。
経験・学習を通して進化するエージェント
エージェントについて、過去30年近く思索を重ねてきたゲイツ氏は、ソフトウェアにはまだ進化の余地があると言う。私たちは作業内容によって、どのアプリを使うかをまずデバイスに指示しなくてはならない。しかし、この状況を一変させるのがエージェントなのだそうだ。タスクごとにソフトウェアを使い分ける必要はなくなり、自分がやりたいことを普通にデバイスに話しかけるだけでよくなる日が来るという。エージェントは、通常のソフトウェアより知覚的に優れている。環境を観察・認識し、受け取ったデータを解釈の上、意志決定を行い、その決定に基づき行動を起こして、特定の目標を達成することができる。大きな特徴は、人工知能と機械学習アルゴリズムを活用し、反応するだけでなく、進化する点だ。人間が常にコントロールする必要なしに、自ら考え、行動し、学習する。新しい状況に遭遇しても、過去の経験から学び、意思決定を行うことができる。
私たちの間でお馴染みになったボットはエージェントとは違うと、ゲイツ氏は言う。
ボットは1つのアプリに限定され、人が特定の単語を書いたり、助けを求めたりした時のみに介入。利用者がボットをどのように利用したかをボット自体が記憶しているわけではないので、使うにつれ働きがよくなることもなければ、利用者の好みを学習することもなく、現状のままのタスクを提供するに限られていると、同氏は説明する。
エージェントはより賢く、利用者の依頼なしに、提案をすることが可能。プロアクティブなのだ。いくつものアプリを横断して、タスクを遂行するだけでなく、利用者の行動を記憶し、その行動の意図・パターンを認識、時間が経つと共に、働きが改善されていくのがエージェントだという。
各々独自の能力と特徴を持つエージェント

●単純反射エージェント
あらかじめ定義されたルールに基づき、行動する。記憶や学習能力は備わっておらず、プログラムされた通りのことのみにすばやく反応する。
●モデルベース反射エージェント
エージェントは自体の周囲の環境を把握。過去の経験を生かして、意思決定を行う。単純反射エージェントより複雑なタスクに対応できる。
●ゴールベースのエージェント
特定の目的を追求・達成するため、プランナーに似た働きをする。
●ユーティリティベースのエージェント
利益や満足度を最大にする働きをするエージェント。設定された基準に沿って、最適な結果をもたらすのが目的だ。目標を達成する方法がいくつもある中で、最も期待効用が高いものを選択しなくてはならない場合に取り入れられる。
●学習エージェント
環境から学習したり、練習を重ねたり、社会と接触したりし、時間が経つほどタスクを行うのが上達し、スキルに磨きがかかる。エージェントは失敗からも学ぶ。
エージェントは医療全体を向上させる戦力になると期待

医療におけるエージェントの主な役割は、今のところ事務の支援に留まっている。例えば、Abridge、Nuance DAX、Nabla Copilotなどは、診察中の音声を記録・保存し、医師が後に確認できるよう、メモを作成する。
エージェントは医療全体を向上させる戦力になると期待されている。患者が自分の情報を共有することを望めば、エージェントはより患者のことを理解し、患者の人間関係や生活に則した働きをしてくれるようになる。
患者自身がトリアージを行い、自分が持つ健康問題の対処法の助言を得て、治療の必要性を判断するのを手助けするエージェントは、医療従事者の意思決定や生産性向上に貢献する。
ほかにも、エージェントは各患者に合った健康法や治療法を提案することができる。診断、治療、モニターの支援も可能だ。エージェントは医療画像を解析の上、患者の状態悪化を予測する点で、医療分野で重要な役割を担っており、他分野での活用も考えられている。
教育のパーソナライズ化に欠かせないエージェント
ゲイツ氏は、事務をはじめとする、「教える」という最も重要な役割以外の仕事から教師を解放するのにも、エージェントは有効だと力説する。現在、最先端の技術を駆使していると例を挙げるのは、米国の教育系非営利団体、カーン・アカデミーが作成したテキストベースのボット、Khanmigoだ。公式の説明や練習問題の作成など、数学、科学、人文科学分野の科目において、生徒を指導することができる。ほかにも、教師が授業プランを練るのを手助けする。またエージェントは、教育のパーソナライズ化を推進するために大きな役割を担う。各生徒のニーズやペースだけでなく、趣味や好みの要素も取り入れ、生徒がより興味を持つコンテンツを創り出す。
ゲイツ氏はグラフィックやサウンドなども取り入れることで、より充実した学習体験を提供できるようになると予想する。生徒に対し、エージェントは即時にフィードバックや評価を行うことも可能。
仕事でもプライベートでも重宝するパーソナル・アシスタント
オフィスに勤務するしないに関わらず、パーソナル・アシスタントになってくれるのが、エージェントだ。エージェントは、ビジネスアイデアがある際に、そのプランを立て、プレゼンテーションや商品のイメージを作成してくれるとゲイツ氏は説明する。プライベート面でも同様の働きをしてくれる。友人が入院している時には、花を贈ることを提案し、注文してくれる。誰かに会いたいといえば、会う日時を決めてくれる。
すでにこの分野では、競合がひしめく。例えば、MicrosoftはコパイロットをWord、Excelなどのサービスの一部として取り入れている。コパイロットは書かれた文書をPowerPointのスライドに変換させたり、スプレッドシートに関する質問に答えたりできる。しかし、エージェントの働きはそれ以上だ、ゲイツ氏は期待を寄せる。
お薦めグッズの紹介だけでなく、購入の手助けもするエージェント

エージェントは利用者に単に推薦するだけでなく、それをもとに行動するのを助けてくれる。
エージェントの利用拡大の前に、課題解決を
エージェントは、効率化や自動化から、パーソナライズ化やユーザーエクスペリエンスの向上、大幅なコスト削減を実現に至るまで、私たちに多くのメリットをもたらしてきている。しかし、課題はまだ多い。エージェントは顧客データなどの機密情報を含む膨大な量のデータを利用する。そのためサイバーセキュリティ上の脅威やハッキング、データ漏洩の可能性がある。ゲイツ氏はほかのエージェントと相互に作用できるよう、各企業とも1つのエージェントを利用するのか、それとも各社が各々の目的に沿い、エージェントを創り出すのか、またエージェント同士が会話するための標準化された方法が現在欠けている点などを課題として挙げている。
また、エージェントは情報をどの程度共有するのか、その共有するデータは誰のもので、適切に使用されているかをどのように確認するのか。エージェントに組み込まれた価値観は誰の価値観か。エージェントが広まるにつれ、こうした情報の公開が求められるようになる。
関係者や専門家は、ほかにもエージェントが独自に学習・適応するように創られているため、倫理的に正しいとは限らない点、エージェントが労働力提供を拡大するのに従い、従業員の多くが余剰人員となり、職を失う可能性が出てくる点を指摘する。
今後も、AIエージェント技術が進歩し続けることは間違いない。エージェントの能力は向上し、さまざまな分野で人間を支援し、新しい形の生産性、創造性、問題解決に貢献することになる。パーソナライズ化はさらに進み、社会や生活の場で、各人にオーダーメイドの体験を提供するだろう。しかし、安全に、快適にエージェントがもたらす恩恵を享受するには、現在抱える課題を克服しなくてはならないのは、誰の目にも明らかだ。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)