ランキングの構成指標と評価基準
StartupBlinkの評価は、「数量(Quantity)」「質(Quality)」「ビジネス環境(Business Environment)」という三つの柱から構成されている。数量はスタートアップ数やイベント、支援機関の規模を指し、質はユニコーン企業の数、調達額、グローバル影響力などが評価対象となる。ビジネス環境は、規制の柔軟性、税制、インフラ、資金調達のしやすさといった制度的条件を含む。これらを総合的にスコア化し、各国・都市のエコシステム成熟度を測っている。トップ10の構図:安定と変動の境界線
2025年もアメリカ、イギリス、イスラエルの「ビッグスリー」は健在である。1位のアメリカは、2位イギリスに対して3.7倍のスコア差を保ち、依然として圧倒的な地位を維持する。イギリスは成長率26.3%で、イスラエルとの差を拡大しつつ、2位を安定させた。イスラエルは20.6%の成長を維持し、軍技術や大学研究を起点とした高密度のエコシステムを支えている。2025年の最大の変化はシンガポールが4位に浮上し、長年トップ4を維持してきたカナダを抜いたことである。これはアジア勢として初のトップ4入りであり、地域構造の変革を象徴する。カナダは成長率18.8%と勢いを欠き、5位に後退。6位のスウェーデン、8位のフランスはいずれも30%以上の成長率を記録し、欧州勢の台頭も見られる。9位にはスイスが入り、オランダが10位に下がった。
アメリカ:圧倒的首位と構造的な鈍化
アメリカは依然として世界最大のスタートアップ国家である。サンフランシスコは都市別で世界1位を維持し、「Software & Data」分野では2位であるニューヨークの3.5倍、AI分野では4倍以上のスコア差を誇る。一方で、構造的な減速も顕著である。米国の成長率は18.2%と、上位20カ国中で最低。都市数も減少傾向にあり、トップ100にはわずか32都市、トップ1,000においても22%の占有率に落ち込んだ。トップ30都市中、順位を上げたのはオースティンなどわずか数都市であり、かつての一極集中型モデルが変化の局面にある。
とはいえ、米国の競争力は制度・文化に根ざしている。高いリスク許容度、柔軟な破産法、英語圏であること、豊富なVC資金、MIT・スタンフォードといった大学からの人材輩出、コーポレートによるスタートアップ支援など、多層的な支柱がエコシステムを支えている。今後の課題は、分散化とインクルーシブな成長戦略の実行にある。
シンガポール:小国にして地域戦略の勝者
今回最大の注目はシンガポールの歴史的躍進である。国別で初の4位入り、都市別ではシンガポール市が12位に浮上し、成長率は50%を超えた。中国の2倍のスコアを記録し、アジアの圧倒的ハブとしての地位を確立した。その成功の背景には、国家主導の戦略的設計と開放的な制度運用がある。金融政策の柔軟性、税制優遇、法制度の透明性など、起業家にとって予見可能で信頼性の高い環境を提供している。
フィンテック、Eコマース、ブロックチェーンなどの分野で世界トップクラスのスコアを持ち、GrabやSea Groupなど地域ユニコーンを生み出している。さらに、OpenAIがアジア拠点を設けるなど、AI・ディープテック領域でも存在感を増している。
起業支援体制も万全であり、Enterprise SingaporeやACEなどの公的機関が資金支援やアクセラレーターを展開。NUSのBLOCK71といった大学発支援も強力である。文化的に課題とされるリスク回避傾向も、EntrePassやTech Passといった外国人材誘致施策により徐々に変わりつつある。
日本にとって、シンガポールは「国の規模ではなく、制度と戦略で勝負できる」ことを示す良質なロールモデルである。日本がエコシステム強化に向けて参考にすべき点は多い。
日本:V字回復とその先にある課題
日本は前年の21位から3ランク上昇し、18位に返り咲いた。上位20カ国中で最大の順位上昇であり、成長率は35%超とアジア太平洋地域で2位を記録。東アジアでは唯一ランクを上げた国である。東京は過去最高の13位となり、国内2位の大阪と11倍以上のスコア差をつけて突出している。国内の都市数も15に増加し、12都市が順位を上げた。
制度面では、J-Startupプログラムの目標拡大(100ユニコーン、1万スタートアップ)、スタートアップ・ビザの全国展開、STATION Ai(名古屋)やSusHi Tech Tokyoなどの拠点整備が進行中である。半導体国家戦略「Rapidus」も含め、政策的な整合性とインパクトは過去より明らかに高まっている。
しかし、リスク回避的な文化、英語運用能力の弱さ、大企業志向の強さといった構造的要因は今もなお根強い。制度改革や財政支援だけでなく、教育・文化・人材流動性の抜本的な見直しが不可欠である。
日本が学ぶべき「小国の戦略」と「開放の設計」
StartupBlink 2025の結果は、スタートアップ・エコシステムの構造が流動化しつつあることを示している。圧倒的だったアメリカにも変化の兆しが見え、シンガポールのような小国が制度と戦略で大国を凌ぐケースも現れている。日本に求められるのは、制度の整備だけではなく、起業家が挑戦できる社会的文化と、「東京に頼らない」分散型モデルの育成である。シンガポールのように、小さくても強く、外に開いたエコシステムを作れるかどうかが、日本の次の勝負の鍵となる。
文:岡徳之(Livit)