味覚の秋、食欲の秋、収穫の秋……、今回は、この秋におすすめの料理本を紹介します。

個人で出版社を立ち上げ、その土地の四季折々の食材や伝統料理を...の画像はこちら >>

最新刊『いわてのおかず』を手にする服部一景さん

それぞれの朝はそれぞれの物語を連れてやってきます。

本屋さんの料理本コーナーで、ふと目にした『にほんのおかず』。いままでに、新潟、神奈川、鹿児島、山梨、群馬、静岡、千葉、茨城、愛知、高知、石川、福島、山形、長野など、県別の「おかず」を出していて、その最新刊が『いわてのおかず』、シリーズ17冊目です。表紙がとても素敵で、岩手で採れる伝統野菜や果物、海の恵みが、繊細なタッチの水彩画で描かれています。

個人で出版社を立ち上げ、その土地の四季折々の食材や伝統料理を紹介する料理本を制作
作りやすいレシピが紹介されているのも特長の一つ

作りやすいレシピが紹介されているのも特長の一つ

ページをめくると、単なる「おかず本」ではなく、「いわての食材図鑑」から始まって、穀物、果物、野菜、山菜、畜産、魚が、岩手33市町村の、どこで採れ、旬はいつなのか、とても丁寧に紹介されています。

さらにページをめくっていくと、「夏をいただく」から始まり、秋・冬・春と四季折々の食材とレシピがずらり!たとえば、「しだみ団子」「ひっつみ」「麦粥」「蕪粥」「まめぶ汁」「くるみ餅」などなど、岩手ならではのおかずが並びます。どれも家庭料理なので、意外なほど簡単に作れるのも魅力です。

読み物としても楽しめて、地元のお母さんたちの対談は味わい深く、後半には、岩手33市町村の風土やお祭り、特産品が詳しく紹介され、道の駅や直売所の情報など、ガイドブックの役割も果たしています。

152ページ、オールカラー。取材、写真、イラスト、文、編集、そのすべてを一人で手がけているというのですから驚きます。現地に単身赴任で住み込んで、1年に1冊ペースで『にほんのおかず』シリーズをつくり続ける服部一景さん。いったい、どんな方なのか、お話を伺いました。

個人で出版社を立ち上げ、その土地の四季折々の食材や伝統料理を紹介する料理本を制作
面相筆を使って透明水彩で食材を描く

面相筆を使って透明水彩で食材を描く

『にほんのおかず』シリーズを手掛けている服部一景さんは、76歳。

神奈川県葉山町で小さな出版社「開港舎」を営んでいます。服部さんは、もともと家庭画報で知られる「世界文化社」の編集者でした。

「当時は、児童書や子供の百科事典、写真集の編集をしていまして、ときどき料理本の編集も手伝っていました。正直なところ、料理の本にはあまり関心がなかったんですよ」

36歳で転職し、その後、読者に近い地域で仕事をしたいと、神奈川新聞の契約記者に。そして40歳半ばで独立し、出版社『開港舎』を横浜に立ち上げ地元・神奈川関連の書籍やパンフレットなどを制作していました。

あるとき、食を通した健康づくり活動に取り組むボランティア団体「食生活改善推進員協議会」(愛称=ヘルスメイト)を取材していると、「そのうちに家庭料理がなくなってしまうから、家庭で伝承してきた料理の本を作ってほしい」そんな要望を受けて、『かながわのおかず』を出版。これがとても評判が良く、新潟からも声がかかり、第二弾『にいがたのおかず』を出すと、なんと、書店ベストセラー週報でベスト1位に! 当時、還暦前だった服部さんは「これはライフワークになるぞ……」と密かに決意します。

その後、鹿児島、山梨、群馬、静岡、千葉、茨城、愛知、高知、石川と取材してきましたが、現地へは、自宅の神奈川から車で向かい、1ヶ月ほど車中泊、一旦自宅に帰って季節が変わると、また1ヶ月、取材に出かけます。4年前、コロナ禍があり、年齢的にも車中泊がキツくなってきて、福島、山形、長野、岩手と現地のアパートを借りて取材を続けています。地方では、家賃が安く借りられるのもメリットの一つだそうです。

1月1日生まれの服部さんは、今年の元日、盛岡市内のアパートで、76歳の誕生日を迎えました。

個人で出版社を立ち上げ、その土地の四季折々の食材や伝統料理を紹介する料理本を制作
くるみだれをかけた「高黍の餅」

くるみだれをかけた「高黍の餅」

「アパートの窓から岩手山が見えるんですよ。

正月ひとりで地酒を飲んでいたら、岩手の久慈を取材したときのお母さんが、お餅に栃の実を練り込んだ栃餅を、わざわざ届けてくれたんです。『くるみだれをかけて食べてね。それが久慈地方のご馳走なのよ』と言うので、いただいてみたら、この「くるみだれ」が濃厚で、うまいのなんの!」

岩手では、美味しいことを「くるみ味」というそうです。料理にくるみが入っていなくても、美味しいものに使う言葉です。「岩手の食は、くるみをはじめ、どんぐり、あわ、ひえ、きびなど、木の実や草の実を縄文時代から食べてきたから、くるみ味という素敵な言葉が残っているんです。岩手県は食料自給率が100%を越えていて、地のものが何でも手に入るし、美味しいんです。この『いわてのおかず』では、母から娘へ、口伝えするように、レシピをあまり細かく書いていません。作ってみてあとは自分で工夫してみてください。それが皆さんの家庭の味になりますから」

服部さんは、その土地で採れた産物を、その土地に伝わる調理法で食べる『土産土法』が一番うまいし、旅の醍醐味だと言います。岩手山を眺めながら、地酒を飲んで「なっぱ汁」を食う……。それが服部さんのくるみ味だそうです。

「開港舎」
046−875−1488(faxのみ)
kaikousha1991@gmail.com

・『いわてのおかず 郷土の食材と料理』税別1,500円

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