多彩なアニメ作品が放送・上映・配信された2022年。
記憶に残ったタイトルは? アニメ作品やアニメビジネスの新たな傾向とは?
昨年2021年に続き、アニメ評論家・藤津亮太とアニメージュプラス編集長・治郎丸が1年のアニメシーンを振りかえる対談を、2回にわたってお届けしよう。

第2回のテーマは、2022のTVシリーズ注目作とTVと配信の今後だ。

>>>要チェックの2022年TVシリーズ、新作アニメはこれだ!(写真6点)

【気を吐くオリジナル作品とガンダムの新機軸】

編集長 2022年のTVシリーズ、藤津さんはどんな作品が印象に残りましたか。

藤津 個別の作品で言うと、TVに関してはオリジナルが予想より強くてよかったですね。まず『リコス・リコイル』がヒットしたのは大きかった。

編集長 『リコリコ』は完全なオリジナル作で、足立慎吾監督もアニメーター、キャラクターデザイナーとしては名前が知られていたものの初監督作品ですから、当初はどこに注目すべきか見えにくかった。それが、始まってみたら内容の面白さが評判になり、一躍人気作に。


藤津 「正しいオリジナルアニメのヒットの仕方」ですよね。同じくオリジナルで気を吐いた作品では『機動戦士ガンダム 水星の魔女』も挙げられます。こちらも、今の若い人に”ガンダム”を届けるという目標をはっきり打ち出し、それをクリアしている。

編集長 『水星の魔女』はシリーズ初の女性主人公、しかも学園をメインの舞台にしているという、異色づくしの作品です。にも拘わらず、見事にガンダム作品として成立させているのが凄い。

藤津 そうですね、毎週バトルするというわけでもないですし。


編集長 「ガンダムとは何なのか?」という問いを柱に物語が進むので、MSバトルがなくとも作品の中心にガンダムの存在を感じ続けることができる。そのストーリーテリングが実にクレバーで巧みだなと思いました。

藤津 玩具メーカーの要請というファクターは一旦置いておいて、かつてロボットアニメが隆盛だった時代ってハードウェアに人々が魅力を感じていた時代、さらに言うなら子供がお父さんの持っている自動車やライターといったガジェットに憧れていた時代だったと思います。当時だと、ラジカセもメカニカルなボタンの作動感などに魅力がありましたよね。
それが今はソフトウェアの時代になり、ガジェットそのものに対する憧れが減ってしまっている。それが大きな時代の変化となっていて、今の10代の人からすると作品内に「ロボットを出す理由」がわからなく感じる理由にもなっていると思うんですね。


編集長 なるほど、それはありますね。

藤津 そういう時代にロボットものをどう作るのか、というのが命題となってきます。そこで”世界の謎型ロボット”というジャンルが出てきまして、その象徴が『エヴァンゲリオン』です。

編集長 つまりロボットという存在に対するフェティッシュな欲望が一般的でなくなったため、その存在自体を物語のテーマ、みんなが知りたい「謎」の位置に据える、ということですね。

藤津 そうです。『エヴァ』は特にTVシリーズ前半は実直にロボットアニメをやっているのですが、後半に進むにつれて「そもそも、このメカは何だ?」ということ自体がテーマになりますよね。
作品の間口を広くするとなると、ロボットの存在そのものがドラマに絡んでいく必要があるわけです。

編集長 『水星の魔女』はまさにそういう展開になっています。そのような新機軸がある一方、同じガンダムで劇場版作品の『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』のような、ファースト回帰の動きもありました。今年はそれらが両立したところも、おもしろかったですね。

藤津 『ククルス・ドアンの島』は「歌舞伎『機動戦士ガンダム』ククルス・ドアンの段公演」的な感覚だと思うんですよ。長い演目のここだけ抜いてお見せしますが、ガンダム的な要素は全部入っていますよ、というのがミソ。


編集長 富野由悠季監督のガンダムではなく、安彦良和監督のガンダムというところもひとつのポイントですよね。

藤津 その一方で、富野監督も劇場版『Gのレコンギスタ』2作(『IV 激闘に叫ぶ愛』、『V 死線を越えて』)が公開されて意気軒昂で。
そういう意味では、作品の幅が広がると共に、『水星の魔女』が若年層を取り込んだことで、ガンダムというブランドのポテンシャルがさらに上がった1年、という言い方ができるかもしれません。

【何気ない日常描写の追求が現在のアニメの目標に】

藤津 2022年の思わぬ拾い物といえば、中国で制作された『時光代理人-LINK CLICK-』。先に中国で配信された作品を日本で放送したのですが、これがかなりおもしろかったんですよ。

編集長 これから第2期があるそうですね。


藤津 写真の中に入って過去を見に行くことができる男2人のコンビの話ですが、単純に「中国のアニメも出来がいいね」ということではないんです。監督はハオ・ライナーズ(絵梦アニメーション)で知られた李豪凌さんですが、キャラクターデザインは韓国人のINPLICKさん、美術監督は丹治匠さんなので、日・中・韓の合作のようなスタッフです。東アジアの中で”オタク”的な感覚って近いから、意外とこういう試みは可能性がありそうと実証された感のある作品でした。
あとオリジナルで気を吐いたといえば『BIRDIE WING -Golf Girls' Story-』ですね。

編集長 あれは正直ビックリしました。なぜ今このタイミングでこんな作品が、という感じで(笑)。

藤津 令和に蘇る昭和末期みたいな(笑)。稲垣隆行監督のお話だと、最初から ”おもしろ” を狙ったわけではなくいろいろな要素が組み合わさった結果、ああなったということらしいんですよね。
あと『ヒーラー・ガール』も設定が独特ですが、ミュージカルのシーンがたくさんあったり、ひとり原画の回が多く、丁寧に作ろうという意識を感じました。

同じような丁寧さで言うならキャラクターデザインのセンスが光る『Do It Yourself!! -どぅー・いっと・ゆあせるふ-』もありました。服の皺や影なし作画がいい感じでしたよね。センスという点でいうと、、原作ものですが『ぼっち・ざ・ろっく!』も演出の緩急、ライブシーンの見せ方、ドラマの語り方など多彩な画面をセンスよく見せていました。

編集長 『Do It Yourself!!』は、シルエットで見せる感じでしたね。

藤津 そうですね。『ぼっち・ざ・ろっく!』は表情変化に凝っていて、特に評判の第8話が良かったですね。前半のライブシーンで「緊張して失敗するけれど、ぼっちちゃんがギターで1発決めると流れが変わる」という展開をまず ”音” でしっかり表現する面白さ、続いて打ち上げの居酒屋に行く場面は日常系アニメの面白さがあって。最後に「一緒にがんばろう」と虹夏と話をするところは、ほぼ2人でお店の前に立っているだけのミニマムな画面で、切り返しだけで見せていく演出の緊張感があった。一粒で3度美味しい感じでした。
それから『その着せ替え人形は恋をする』と『明日ちゃんのセーラー服』が同時期(2022年1月放送開始)に好評を博したのも面白かったですね。女の子の可愛さをフェティッシュに描くところに力を入れたものが並ぶなぁ、と(笑)。

編集長 ああ、言われてみれば確かに(笑)。両作とも原作が既に人気作でしたが、アニメ化でさらに跳ねた印象があります。

藤津 両作を観ていると、何でもない日常を丁寧に描くことが今のアニメ表現のひとつの目標値になっているのかな、と感じさせられます。
しかし不思議ですね。80年代には「あの話数はバトルや派手なことが何もなくて、良いんだよ」とか言っていたわけですよ。例えば『超時空要塞マクロス』の第4話「リン・ミンメイ」とか、あるいは『魔法のスターマジカルエミ』のOVA「蝉時雨」みたいな、何も起きない普通の一日の話で。

編集長 言葉が悪いかもしれませんが「箸休め」的な感じ。安定した本線があるからこそ、逆にそういうエピソードが輝いて見える一面もありましたね。

藤津 当時はTVアニメらしからぬ変化球という認識だったものが、京都アニメーションの高精細な作画などを経た上でここまできたか……というのはオジサンとしては感慨深いですね(笑)。
【2022年アニメ総括】『水星の魔女』『ぼっち・ざ・ろっく!』注目すべきTVアニメ
▲精緻な作画でなにげない日常を輝かせた『明日ちゃんのセーラー服/(C)博/集英社・「明日ちゃんのセーラー服」製作委員会

【『うる星』『チェンソーマン』など話題作の手応えは?】

編集長 あと我々の世代にとって気になるタイトルといえば、やはり『うる星やつら』ですよね。

藤津 個人的に一番ドキドキしながら観ているのが『うる星やつら』ですね(笑)。それは内容の問題ではなくて、自分の記憶との葛藤といいますか……。
まず確認しておきたいのは、昔のアニメ『うる星やつら』も決して全話が大傑作だったわけではないということ。あとギャグアニメは90年代に大地丙太郎さんや桜井弘明さんの登場で、めちゃくちゃ「加速」したので、今の目線で観ると間延びした印象になるところもあると思います。
僕は時々、頭の中で『うる星やつら』をリメイクしたら……と妄想していたんですけど(苦笑)、その時は、面堂のツッコミ役の度合いを上げて、スピードを上げていくしかないんじゃないかなと思っていたんです。まあ、勝手な妄想ですが。その時は『おそ松さん』のチョロ松。つまり神谷浩史さんが演じて、自身もボケつつ突っ込みまくればいいんじゃないかと思っていたら、神谷さんがまさかのあたる役で(笑)。

編集長 でもあたる役の神谷さんと面堂役の宮野真守さん、それぞれバッチリ演じてくれていますよね。

藤津 そう、さすがの上手さです。キャラクターデザインとキャストは本当に「そうそう」という気持ちがいます。ただ僕はリアルタイムではアニメより原作に親しんでいたので、あの頃の原作がそのまま現在のクオリティで再現されているのを観ていると「……ここはどこだ? 今は何年だ?」みたいな気持ちになって(笑)。

編集長 時空がねじ曲がった感覚が(笑)。

藤津 良い意味で迷い込む感覚ですよね。『SLAM DUNK』のように今の人に向けてまっさらな気持ちで作った感じでもなく、かといってオジサンだけがターゲットでもないし。

編集長 カラフルでポップな80年代イメージは、懐かしさというよりは今それを新鮮に受け止めている若い世代に向けてのアピールを感じます。

藤津 そう、浅野直之さんが現在の流行を上手く取り入れてリファインしたキャラクターと、ポップな色彩設計はやはり成功していると思います。気楽に楽しんで観られるアニメなのは間違いないので、もう少しスピード感でギャグが弾けてほしいなという気もしますね。
【2022年アニメ総括】『水星の魔女』『ぼっち・ざ・ろっく!』注目すべきTVアニメ
▲80年代の世界観をポップな方向にアップデートして展開する『うる星やつら』/(C)高橋留美子・小学館/アニメ「うる星やつら」製作委員会

そうだ、同じように時空を越えている感じで言うと『東京ミュウミュウ にゅ~▲(▲=ハートマーク)』や『令和のデ・ジ・キャラット』もありますね。特に『デ・ジ・キャラット』は今回もぷちこを沢城みゆきさんがやっているという驚きやタイムスリップ感に、何となく癒されます(笑)。

編集長 あと今年の話題作といえばもうひとつ、『チェンソーマン』はいかがですか。

藤津 『チェンソーマン』は何と言うか……立派なアニメ過ぎて、「少しは隙があってもいいんですよ?」という気がしますね(笑)。

編集長 ああ、何となくわかります(笑)。「全方位の期待に応えよう」という気迫を感じる出来ですよね。

藤津 もっとも、あのレベルで全編コントロールをしているわけですから、非常に立派な作品だと思います。原作は少しヒネくれていて、ポップとシリアスの絶妙なバランスが独特の味になっていますよね。でも、アニメの表現ってポップな方向に振り切れがちなので、アニメはあえて「抑えて、抑えて」と言う方向で演出や絵作りをしているところが特徴的だと思います。でも話数を重ねていくごとに、「隙を作らない」というところを経て、アニメの『チェンソーマン』のテイストが定まってきた印象もあるので、この続きが楽しみですね。

【TVアニメの”存在理由”が問われた】

編集長 あらためて、2022年のTVアニメ全体を振り返っての印象を聞かせていただけますか。

藤津 やはり「TVと配信」という話にならざるを得ないと思います。2022年は”ネットフリックス・ショック”的な話も広まりましたが……。

編集長 ネットフリックスの加入者が減少し株価が下落したことが明らかになって。東洋経済オンラインが「ネットフリックスが日本でのアニメ製作を縮小する」と報じましたね。

藤津 これは書き方が難しいけれど……ネットフリックスはネットフリックスで確かに、いろいろな事業の再構築を考えるだろうと思いますが、それって今作られているアニメの中のごく一部の作品に関することなんですね。
実際、オリジナル企画がいくつか潰れるのかもしれませんが、今後、アニメが配信中心に展開していくこととは別問題だと僕は感じています。日本動画協会が11月に刊行された「アニメ産業レポート2022」の中でも、松本淳さんが「配信はもうアニメビジネスのメインウインドウになっている」とはっきり書かれています。東洋経済の記事では「現場にはTV回帰の声もある」と書いていましたが、実際には「TV回帰」ではなく、配信ありきはもう揺るがない前提で、そこにTV放送をどう組み合わせるかというフェイズに入っている。

もちろんTVが依然として日本では最大の拡散力を持つメディアで、その優位性は基本的には揺るがないとは思います。その拡散力を、配信前提のアニメの宣伝戦略の中にいかに組み込むか。今年は本当にTVアニメがTVアニメである理由がビジネス的な側面から問われ始めたということですかね。

編集長 現時点で期待する2023年の新作はありますか。

藤津 映画だと、試写で観させていただきましたけれど『金の国、水の国』は丁寧にできていて良かったですよ。原作も読んだ上で「ああ、これをこうやってまとめたか」と感じました。ひとつ言うなら、原作以上に主役の男が大泉洋さん的な雰囲気が強く仕上がっていて、これは現代のヒーローとしてありだなと(笑)。あと『BLUE GIANT』も未完成のものを観ましたが、かなりおもしろかったです。
【2022年アニメ総括】『水星の魔女』『ぼっち・ざ・ろっく!』注目すべきTVアニメ
▲岩本ナオ原作の名作コミックを丁寧にアニメ化した劇場作品『金の国 水の国』/(C)岩本ナオ/小学館 (C)2023「金の国 水の国」製作委員会

個別の作品として挙げられるのは今のところそのくらいですが、映画もTV・配信も作品の層の厚さは非常に増しています。かつての劇場版レベルのクオリティがTVシリーズで楽しめるようにもなっている一方で、アイデア勝負の作品、ローコストだけどキャラが可愛くて面白い作品も出てきている、この面白い状況をこのまま維持してほしいな、というのが来年に期待することですね。

編集長 ありがとうございました、またいろんな驚きや楽しさと出会える1年であると良いですね。

藤津亮太(ふじつ・りょうた)
1968年生まれ。アニメ評論家。新聞記者、週刊誌編集部を経てフリーライターに。アニメ・マンガ雑誌を中心に執筆活動を行う。近著は『アニメと戦争』(日本評論社)、『アニメの輪郭 主題・作家・手法をめぐって』(青土社)、『増補改訂版「アニメ評論家」宣言』。

治郎丸慎也(じろまる・しんや)
1968年生まれ。1991年徳間書店に入社、月刊誌・週刊誌の編集部などを経て、2020年よりアニメージュプラス編集長に。