「ジブリの大博覧会」、そして現在名古屋で開催中の「アニメージュとジブリ展」で展示された『風の谷のナウシカ』の腐海世界をモチーフにした立体展示物は、圧倒的な世界の構築、そして細やかな造形描写で来場者の心を強く捉え、大イベントの大きな目玉となった。
そんな腐海世界のメイキング写真集『腐海創造 写真で見る造形プロセス』(徳間書店)が現在発売中だ。
稀代の造形作家として世界に多くのファンを持つ竹谷隆之さんを中心としたチームが作り上げた、もうひとつの『ナウシカ』の世界の裏側にはどんなドラマが隠されていたのか。本書の著者である竹谷さんに、お話をうかがった。
【腐海創造】竹谷隆之が語る「チームワークで生み出したナウシカの世界」
▲作業中の竹谷さん。

――まず、本書の企画のきっかけからお聞かせいただけますか。

竹谷 うちのカミさん(たけやけいこ)が写真をやっていて、作業現場の写真を撮ってもらっていたのが始まりです。ゆくゆくは写真集にできれば……というフワッとしたこちらの思いが、(編集を担当した)岸川靖さんと話している中で急速に具体化していった感じですね。


――今まで手掛けられた作品でも、このような記録はされていたのですか。

竹谷 これまでも、造形の過程や完成したものは自分で撮影していたんですが、こういう内容は初めてかもしれません。カミさんは人物撮影が好きなので、今回掲載している写真は人が働く姿であったり、現場の臨場感に向けた視点を大切にしたものになっています。

――確かに、いわゆる造形物を扱う写真集とは一味違う読後感を覚えました。

竹谷 僕は普段一人、もしくは周りの近しい仲間だけと作業することが多いので、大勢でのチームワークには懐疑的だったんですけれど(笑)、今回集めて頂いたチームの方々の作業は本当に素晴らしくて感動したんです。そこから、カミさんの写真を通して、ここで作られたものすべてがそんな人たちの手によって生み出されたということを伝えたい、という気持ちを強く持ちました。


――スタッフへの感謝の気持ちが、本書制作のモチベーションとなったわけですね。

竹谷 そうです。皆さん、ただ優秀な技術を持っているというだけでなく、気遣いも素晴らしいし、率先して自分の担当の垣根を越えた仕事をしていただいたことにも感動しました。

――竹谷さんがジブリ作品に触れたきっかけはなんでしょうか。

竹谷 やっぱりアニメージュに連載されていたコミック版の『風の谷のナウシカ』ですね。当時、美術の専門学校に通っていたんですが、友達がアニメージュを毎月買っていたので読ませてもらっていました(笑)。
これはすごいマンガが始まったな、と。

――どういうところに惹かれたんでしょうか。

竹谷 最初は絵の密度に圧倒されていたんですが、読み進めていくと、それ以外のいろんな要素もそれぞれ深まっていくところですね。あと世界観の設定も、人間が生態系のピラミッドの頂点でない、というところが個人的にツボでした。

――その頃から「この世界を自分の手で作ってみたい」という思いがあった?

竹谷 いえ、その頃僕はイラストレーターを目指していたので。ところが、学校には僕より寺田克也くんみたいな絵の上手い人がゴロゴロいて、「絵はこいつらに任せとけばいいや」となりまして、現在に至っています(笑)。


――2012年に開催された「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」で公開された短編映画『巨神兵東京に現わる』で、巨神兵像を手掛けられたのが、竹谷さんとジブリとの最初の関わりですよね。

竹谷 そうです。その時に樋口真嗣さんから連絡をいただいて、そこからスタジオジブリと繋がりができて、その後「ジブリの大博覧会」(2015~2021)の「王蟲の世界」を手掛けることになりました。

――本書のあとがきに書かれていた、鈴木敏夫さんへのプレゼンの様子はすごかったですね。「蟲とか腐海とか、だれも興味ないんだよね!」と鈴木さんが言い放ったという。

竹谷 あれ、何の誇張もありませんから(笑)。
でも、あとで「俺、そんなこと言った?」って話されていたらしいですけれど(笑)。

――「王蟲の世界」を手掛けるにあたり、宮崎さんの世界観に竹谷さんならではのどんなサムシングを加えたいと思われましたか。

竹谷 やはり立体物ならではの実在感、リアリティです。そういう部分に自分はすごくワクワクするんですけれど、……例えば昆虫だからといって、現実の昆虫に即した要素を足していくと、かえって宮崎さんのデザインの味を殺してしまう部分もありますので、その辺りは気を付けましたね。
【腐海創造】竹谷隆之が語る「チームワークで生み出したナウシカの世界」
▲ナウシカの世界観が圧倒的な実在感で迫ってくる。

漫画『風の谷のナウシカ』 宮崎 駿(C)Studio Ghibli
※宮崎の「崎」は立つ崎

――竹谷さんは宮崎さんのデザインの魅力をどういうところに感じますか。


竹谷 どこか愛嬌がある、というところでしょうか。ヘビケラの顔は「怖くしすぎちゃったかな」と反省しているんですが(笑)、ウシアブなんかは可愛らしくできていると思います。
【腐海創造】竹谷隆之が語る「チームワークで生み出したナウシカの世界」
▲ヘビケラの顔は怖すぎた?

――作業中に苦労したことやトラブルなどはありましたか。

竹谷 それはほとんどなかったですね。大きいものを組み上げるのは専門家のチームの方たちにテキパキと進めて頂いて、僕はただ宮崎さんのファンアートで遊ばせて頂いているという感じでしたから。もしかしたら、僕の知らないところで何かあったのかな……?(笑)

――とはいえ、先ほどのお話だと竹谷さんにとってチームワークはある意味新たなトライであったわけですよね?

竹谷 そうですね、映画の現場などには参加したこともありますが、座長的な扱いをされたのは今回初めてです、まあ、こちらはただただ手を動かしていただけですけれど。

――チームワークだと竹谷さんのイメージを皆さんで共有する必要があると思うのですが、その辺りも問題なく進められたのでしょうか。

竹谷 こちらで作った雛形を基本として、皆さんそれぞれで作業を進めていただいたんですが、それでもうバッチリだったんですよ。打ち合わせで「腐海の植物、こんな感じで良いですか?」みたいなやり取りは何度かありましたけど、そもそも皆さんが宮崎さんの世界観を愛しているのが大きいと思います。
【腐海創造】竹谷隆之が語る「チームワークで生み出したナウシカの世界」
▲腐海の個性的な菌類の存在感に圧倒される。

――本書には主に4つの作品が紹介されていますが。特に印象に残ったお仕事といえばどれになりますか。

竹谷 「風使いの腐海装束」は衣装を専門の方にお願いして、小物は僕らが担当したんですが、これは楽しかったですね。本当に仕事というより、「好きなものを作ってるだけ」って感覚で。博物館の展示物というコンセプトなのでナウシカ本人を作らなくていいし、気も楽でしたよ(笑)。

――こういう形での衣装というのも、ある種のチャレンジではなかったですか。

竹谷 実は僕、民族衣装が大好きでいろんな書籍や資料を買い込んで眺めていたので、そういうエッセンスを扱う良い機会になりました。例えばアイヌ民族の衣装などを見ていると、袖口や襟口、背中に模様が入っているんですね。それって、そこから悪い病気が入って来るのを防ぐための魔除けの意味合いがあって、他の国や地域でも共通した考え方が多いんですよ。なので、そういう考えを意匠に取り入れたりしました。

――今回の書籍で面白いと思ったのは、制作の工程を追う普通の本ならばあまり載せないような写真が掲載されているところです。例えば「王蟲の世界」の王蟲は、補修をする際に内部へ入るための入口が後方に作られていることが、初めてわかりました。
【腐海創造】竹谷隆之が語る「チームワークで生み出したナウシカの世界」
▲巨大な原型を扱うため作業は倉庫で行なうことに。

竹谷 僕の普段の仕事だと造形で終わるので、そこはまったく考えないところなんですよ(笑)。王蟲は目を光らせる部分のメンテナンスが必要な時がありますので、中に入れるような構造にする必要がありますし、さらに言えばいろいろなところを巡回するので、バラして運んでまた組み上げてということが合理的にできるように作られているんです。

――竹谷さんのイメージを各会場に持ち運びできるよう、スタッフの方が再設計されているということですね。「朽ちゆく巨神兵」を車で輸送する写真からも、そういった苦労が感じられました。

竹谷 王蟲に比べたら巨神兵のサイズはまだ可愛いものなんですが、コロナのせいで2年近くイベントの開催が延びたので、完成させないままずっと家に置いてあったんですよ。これがもう邪魔で邪魔で(苦笑)。あと、家から出す時に引っかからないよう、周りのサイズ確認をしていたんですが、2年経ったら出し口近くに生えていた銀杏の木の幹が太くなって邪魔をするようになったので、それも困りましたね。

――展示を見たスタジオジブリの反応などで印象に残ったものはありますか。例えば、件の鈴木さんの感想などは……。

竹谷 「王蟲の世界」を鈴木さんは、初めて展示を組み上げた2019年の福岡会場で見たんですよ。福岡のテレビが密着して初対面の様子を撮ると聞いたので、「酷いことを言われたらどうしよう」とドキドキだったんですが、「すごいね!」と言ってくれました。でも、その後「(安心して任していたので)心配がないのもつまんないよね」と続けられたので「いや、僕はずっと心配していましたけど!」と返しましたよ(笑)。

――今まではナウシカの世界を手掛けていらっしゃいますが、今後トライしたいジブリの世界はありますか。

竹谷 妄想はいろいろ膨らみますね。『天空の城ラピュタ』も大好きなので、ロボット兵を作ってみたいですね。

――この本を読んで「自分もこういう世界を作ってみたい」「造形作家になりたい」という方が出てくると思うのですが、そんな方たちに、最後に何かアドバイスの一言を戴けますか。

竹谷 造形をやるんだったら、まずいろんなものに興味を持って観察することでしょうか。そしてこれはどんな仕事にも言えると思いますが、いろんな人と話す機会を持つこと、憧れる「誰か」を追いかけるではなく今の自分の先を目指すことが大事だと思います。
この本が造形に限らず、様々な創作活動へ進むきっかけになってくれると嬉しいですね。

※宮崎駿監督の「崎」はたつさき
【腐海創造】竹谷隆之が語る「チームワークで生み出したナウシカの世界」

竹谷隆之(たけや たかゆき)
造形家。1963年北海道生まれ。阿佐谷美術専門学校卒業。映像、展示、ゲーム、トイ関連でキャラクターデザイン、アレンジ、造形を手がける。
「巨神兵東京に現わる」で巨神兵の雛形制作、映画「シン・ゴジラ」ではキャラクターデザイン、「ジブリの大博覧会・王蟲の世界」の雛形制作・造形監修。タケヤ式自在置物シリーズでは「ヘビケラ」、「王蟲」、「大王ヤンマ」、「トルメキア装甲兵」などの企画・デザインアレンジを担当。
主な出版物 /「漁師の角度 完全増補改訂版」(講談社)、「ROIDMUDE竹谷隆之 仮面ライダードライブ デザインワークス」(ホビージャパン社)、「畏怖の造形」(玄光社)、「腐海創造 写真で見る造形プロセス」(徳間書店)など。

>>>腐海の世界を生み出していく竹谷さんたちの作業風景を見る(写真15点)

漫画『風の谷のナウシカ』 宮崎 駿(C)Studio Ghibli
※宮崎の「崎」は立つ崎

「腐海創造 写真で見る造形プロセス」
著:竹谷隆之
【腐海創造】竹谷隆之が語る「チームワークで生み出したナウシカの世界」

発行・販売:徳間書店
定価:4950円(税込)
判型:天地 21㎝×左右21㎝/本文152P/オールカラー
>>>書籍紹介ページ

「アニメージュとジブリ展」名古屋展 
※「朽ちゆく巨神兵」「風使いの腐海装束」を展示中
会期:開催中~6月11日(日)
会場:松坂屋美術館(松坂屋名古屋店 南館7階)
   〒460-8430 名古屋市中区栄三丁目16番1号 松坂屋名古屋店 南館 7F
開館時間:10時~18時※最終日は17時閉館(最終入館はいずれも閉館時間の30分前まで)
     会期中無休
主催:中京テレビ放送、松坂屋美術館、中日新聞社
企画協力:スタジオジブリ・三鷹の森ジブリ美術館
協力:徳間書店、マクセル、特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構、ヴィレッジヴァンガードコーポレーション
協賛:NTTコノキュー
企画制作:ニュートラルコーポレーション
後援:名古屋市、名古屋市教育委員会

展覧会に関する問い合わせ・松坂屋美術館:052-251-1111(大代表)10:00~18:00

☆名古屋展公式サイト>>>  
☆「アニメージュとジブリ展」公式サイト>>>  
☆「アニメージュとジブリ展」公式Twitter>>>  

<チケット情報>
入館料:一般・大学生1500円、中高生1000円、小学生600円(全て税込)
※未就学児は無料。未就学児は必ず保護者(18歳以上)同伴でご入館を。
※中・高校生券の方は、学生証等の提示が必要。

漫画『風の谷のナウシカ』 宮崎 駿(C)Studio Ghibli
※宮崎の「崎」は立つ崎