■有印私文書偽造

 
 数日後、Fさんが地方出張に行くという情報をつかんでいました。ぼくは見た目が悪い従業員を数人連れ、Fさんが留守の会社に乗り込みました。


 
「あ、テツクルさんこんにちは。今日、社長は出張で」
「知ってるよ」
 いつもはひとりで来ていたぼくが、ガラの悪いのを数名引き連れ、社長の留守に来た。社員の人たちがざわつきます。
 たいした仕事もないのに、社員たちはいつも忙しそうにしていました。ということは、Fさんの詐欺行為に加担していた可能性が高い。そのときです。

 いつもFさんの運転手や雑用係をしていた男の子が、紙袋をかかえて出口の方へダッシュで逃げようとしました。
「トォーウッ!」
 ガラの悪い従業員のひとりが男の子にタックルを決め、捕まえました。男の子の持っていた紙袋から、偽造のハンコが大量に出てきました。どれも大企業のものばかり。
「おいこら、おまえ、これ使ってオレをだましたの? 有印私文書偽造だよ?」
 泣きじゃくって何も答えない男の子。
 面倒なので、パソコンのパスワードだけ聞き出して解放します。

 
 残りの社員も全員帰し、そのまま籠城です。
 Fさんやほかの債権者が入ってこられないようにドアの鍵穴を瞬間接着剤で埋めて、社内の換金できそうなものを探します。
 担保にしていた売掛金がぜんぶニセモノだったわけですから、片っ端から没収です。
「おいおまえ、何やってんだ! 警察呼ぶぞ!」
 解放した男の子が知らせたらしく、Fさんから電話です。
「オレ、大株主だし。そんなことよりおまえ、ハンコぜんぶ押さえたよ。
おまえこそ偽造書類の印刷屋じゃねーか」
 Fさん、沈黙。
「さっさと帰ってこいよ。話しようよ」
 電話を切り、回収作業を続けました。
 派手でブランド好きなFさんらしく、社内で結構根の張りそうなものをいくつも見つけることができました。
 Fさんの机の中から、高級腕時計が3本出ていました。1本は本物でしたが、2本はコピー。
回収できるんだろうか……。



◼︎ドアぶちやぶってやろうかコラッ!

 籠城は3日続きました。入り口のドアを開けると、Fさんやほかの債権者が押し入る可能性があるので、食料や着替えは、会社に残っているウチの従業員に買い出しに行かせ、排煙用の窓に向かって投げ込んでもらいます。
 風呂には入れなかったけど、給湯室でシャンプーはできました。
 途中、ほかの債権者が来て、入り口で大騒ぎしてました。
「おいこら! 開けろこら!」
「ドアぶちやぶってやろうかこら!」
 やっぱり、回収現場って、楽しい。


 
 買取業者を呼んでは現金化を繰り返しました。机やイス、キャビネットも有名ブランド物を使っていたので、予想以上の回収ができました。
 めぼしいものをひと通り持ち出し、回収が終わったころ、Fさんが来ました。
「アメックスのビジネスカード、月500万くらい遣ってますかね」
 ほんの数ヶ月前、得意げに話していたFさん、ガランとした社内でガラの悪いウチの従業員たちに囲まれて、泣いて土下座しました。
 
 ぼくは、回収が終わった債務者と会うことはほとんどありません。
 その後どうなったのか、ロクなことになってないことは容易に想像できるからです。

「テツクルさん、友だちが金借りたいって言うんで連れてきました! 紹介料ってもらえるんすか?」
 こんな元債務者もいますが、そのくらいです。
 
 籠城騒ぎの数年後。Fさんから電話がありました。
「テツクルさん、ぼくいまLAにいて。面白い仕事があるんですけど、お金貸してもらえませんか?」
「……」
「ストリートファッションの横流し品を安く仕入れられるんです。これ日本に入れて転売すれば絶対儲かるやつです! いましかできないんです! 仕入れる資金、振込んでください!」
「何なのおまえ」
「はい?」
「もうさ、おまえに金出すわけないだろ。仕入れ資金振込めとか図々しいの、ほんと何なの?」
「いやいやいや、マジですって! これ見てください」
 送ってきた写真には、服がずらっと並ぶ倉庫にFさんの姿。少し太ってました。
「ね? ほんとでしょ! この倉庫、誰でも入れるわけじゃないんですから。こないだなんかアリアナ・グランデが……」



 何なのこのメンタルの強さ。