梅雨明け早々、八月に入るや猛暑続き。新型コロナ感染しかり、この殺人的な暑さもなんとかしてほしい。
■未来予測YouTube動画に猛暑を忘れる
4月下旬あたりからYouTube界では未来予測動画が氾濫した。「アフターコロナはこうなる!今から準備せよ!対策はこれだ!」のような文字が躍る動画が。
予測で多かったのが、「コロナ危機で経済活動が強制停止され、企業倒産が増え失業者も増え大恐慌になり、ハイパーインフレになり、国家財政破綻回避のために預金封鎖し財産税を課し、国民の金融資産を収奪し、新円切り替え(切り下げ)を断行し、政府負債を圧縮する」という内容だった。
2024年に紙幣がリニューアルされ1万円札の顔は福沢諭吉から渋沢栄一になることは公表されて久しい。しかし、そのときの渋沢栄一の顔の横に印刷される数字は10000ではなく、1000か100になっているのかもしれないというわけだ。
次に多かったのは、「超監視管理社会が来て、民主主義と自由は終わる」というものだった。民主主義と自由が今までもあったのかと、突っ込んではいけない。
中国では、スマホに持ち主の体温や体調を示すアプリを入れて、それを入り口で見せてチェックを受けないとイヴェント会場にも入れない。感染経路を突き止めるために国民の位置情報や移動情報はすべて当局に把握されている。
なるほど、アフターコロナ時代は、国民監視管理社会の本格的到来なのだろう。今でさえ、GoogleやAmazonやFacebookやTwitterを使用していれば、個人情報はダダ洩れであるらしいのだが。
他には、「オンライン化コンピューター化AI化ロボット化は、コロナ感染拡大回避のために一層に促進され、失業者が増え、国民救済のために政府の財政出動が増え、MMT政策を採用せざるをえなくなり、日本を含めてどこの国も大きな政府の実質的な社会主義的国家になり、ユニバーサルベイシックインカムが導入される」という内容もあった。
このような内容のYouTube動画をいろいろ視聴していると、次第に感覚が麻痺してくる。大恐慌も国家財政破綻(つまり年金も国民皆保険も介護保険も破綻だ)も預金封鎖も新円切り下げも国民の金融資産消滅も、「起きて当然の既定路線」のように思えて、私は実に涼しくなる。
■某有料会員制インターネットセミナーの未来予測
無料で視聴できるYouTubeではなく、某有料会員制インターネットセミナーは、次のような未来予測を立てていた。
「新型コロナウイルス騒ぎはシナリオである。究極的には人口削減を実現し新しい世界を構築するための手段である。77億人もの人口を抱えていては、地球がもたない。
さらにこのようにも予測していた。「人と人の接触でウイルス感染することを恐れて人々は引きこもるが、第三次世界大戦でどこかで核爆発が起こり、放射能汚染を恐れて人々はさらに外出できなくなる。そのために人と人の出会いはなくなり恋愛も結婚も消え、子どもは生まれず、人口は減る」と。
「金融資産はひとり1000万円まで補償されるとされているが、多くの銀行が倒産したら預金保険機構も預金者に保証できなくなる。有事の金(ゴールド)ということで、買い込んでも没収されるか、いずれ暴落する。コロナ危機でオフィスが減り人口が減るので不動産投資もアパート経営もダメ。カネがあるなら農業法人設立して食糧だけは確保しよう。地方の菜園付き中古住宅を確保しよう。農家で働かせてもらって食糧だけ確保しよう」とも予測していた。
実に涼しいシナリオだ。シナリオならば、シナリオを書いた誰かがいる。人類の数を何とか減らさねば人類にも地球にも未来がないから、なんとかしなくては!と思い詰めるほど責任感旺盛な「誰か」が。
しかし、そういうシナリオを実現する実働部隊の名前は、ビル・ゲイツだの、ジョージ・ソロスだの、Deep Stateだのと言えるが、肝心の「誰か」の名前は口に出すと危険が及ぶので言えないと、セミナー講師は言っていた。
YouTubeに氾濫している未来予測・対策動画の元ネタは、このセミナーなのかもしれないと、私は推測している。あまりに自分が影響を受けた見解については、その出典を明らかにしないのは、研究者でも作家でもYouTuberでも同じなのだろう。
■書籍による未来予測
7月になると、アフターコロナ後の未来予測・対策本はいっぱい出版されたが、それらのかなりは、経営者はどうあるべきか、若者は何を努力し、どんなスキルを身に着ければ、生き抜けるかを教えるものだった。
しかし、私は思う。どうあがいても、ほとんどの人間は「無用階級」になる未来が待っていると。ビッグデータを蓄積した「学習できるAI」は、すでにチェスでも囲碁でも人間に勝っている。
AIにはできずに人間ができる仕事は、理不尽で相手にするのも無駄な類の人間への濃密接触ケア労働および感情労働ぐらいだろう。そういう「理不尽で相手にするのも無駄な類の人間」も、いずれは遺伝子工学の発展で生まれてこなくなるので、そういう類の人間へのサーヴィス労働も、いずれは消える。
この「無用階級」(useless class)というのは、イスラエルの歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリが2015年に発表した
HOMO DEUS:A Brief History of Tomorrowに出てくる言葉だ。
「二一世紀の経済にとって最も重要な疑問はおそらく、膨大な数の余剰人員をいったいどうするか、だろう。ほとんど何でも人間よりも上手にこなす、知能が高くて意識を持たないアルゴリズムが登場したら、意識のある人間たちはどうすればいいのか?」(『ホモ・デウス---テクノロジーとサピエンスの未来』(柴田裕之訳、河出書房新社、2018)下巻147)
ほとんどの人間は「無産階級」であることで苦しんできた。とはいえ、無産でも労働すれば賃金を得ることができた。しかし「無用階級」になったら、どうすればいいのか。無用階級でも死ぬまでの暇潰しをしなくてはならない。労働は最も合理的な暇潰しであった。しかし、雇用が消える未来が近い。これは人類史始まって以来の大衝撃で大変化だ。人類に突き付けられた大挑戦だ。それを考えると、猛暑なのに私はさらに涼しくなる。
副島隆彦の『日本は戦争に連れてゆかれる---狂人日記2020』(祥伝社新書、2020)も涼しくなる未来予測本だ。
さらに、副島は、コロナ危機は「ショック・ドクトリン」(shock doctrine)として利用されると予測している。副島の定義によると、ショック・ドクトリンとは、「権力者、支配者が、目の前に起きた大災害の脅威と、戦争の危機を煽り、民衆を脅かして、恐怖に叩き込んで、青ざめさせて、思考力と判断力を民衆から奪い取ること」である。
人気ブロガーであり、有料メルマガやネットコラムでも多くの読者を持つ鈴木傾城の近著『ボトム・オブ・ジャパン 日本のどん底』(集広舎、2020)の惹句は、「コロナショックで世界は地獄と化した。普通の生活は簡単に崩れ去る。落ちないはずだったところに落ちていく。この恐怖、覗く勇気がありますか?」だ。
鈴木は、『ボトム・オブ・ジャパン 日本のどん底』において、近未来予測として「低所得層はさらに増加する。少子高齢化はさらに加速する。結婚率はさらに低下する。虐待はさらに増加する。日本国民の自信喪失はさらに深まる。
この本の最後に、鈴木は、リストラや収入減が恒常化する社会における「できてあたりまえの生活防衛」を30項目列挙する。「無駄なものは買わないこと」や「稼げる仕事は辞めないこと」とか「自暴自棄にならないこと」とか「見栄を張らないこと」とか「友人を選ぶこと」とか常識的なあたりまえの30項目だが、このようなあたりまえのことこそ実践は難しい。
いずれにしても、未来予測・対策本は、最悪の未来図を提示してくれるほうがいい。見通しの甘さは命取りだ。希望的観測で誤魔化さず、悲観的に想定し備えつつ、感情は楽観的に保持するのが、生き抜くには有効な姿勢だろう。
だから、副島の『日本は戦争に連れてゆかれる---狂人日記2020』の「私は、孤独死(ソリタリー・デス)こそは人間のこれからの生き方、死に方である、と思っている。誰かひとり、自分の死体(遺体)を片づけてくれる近親者がいてくれればいい。葬式も仏僧(坊主)もお墓もいらない」という最後の文は、私にはいささか感傷的に思える。
近未来の日本では、結婚も出産も減り、感染症や放射能汚染が怖くて人は人と接触しなくなるのだから友人関係も乏しく、今よりも無縁社会になる。孤独死しても、近親者は遺体を引き取りに来ない可能性が高い。
そのかわりに、死後何週間も何か月間も遺体が発見されず腐敗放置されることはなくなるだろう。人体にマイクロチップが埋め込まれた近未来の管理監視社会においては、生体反応がなくなった人間はすぐに探知され、遺体はロボットが回収し焼却場に運び処分してくれるだろう。これはこれで素晴らしい新世界だと、私は思う。