1.「大阪都構想」は大阪市民に正しく理解されているのか?

 11月1日(日)に、いわゆる「大阪都構想」(正確には大阪市廃止・特別区設置)に関する賛否を問う住民投票が行われます。この大阪都構想というものは、ここでもわざわざ「いわゆる」をつけてカッコ書きで補足しなければならないように、非常にわかりにくい構想です。

その原因の一つは、現実の都構想が「大阪市を廃止・分割して、財源と権限が縮小された特別区という自治体を新たに設置する」という行政機構の再編案であるのに対し、「大阪を立派な都市として成長させる構想」という曖昧で広い意味を込めて「都構想」が語られることも多かったからです。



 この行政機構改革の内容を、大阪市民が正確に理解できているのかどうかについては、現時点においても心配にならざるを得ません。最近報道されている世論調査でも、都構想に関する行政当局の説明が「十分でない」と感じる市民が7割にのぼるとされています。(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65437620V21C20A0000000/



 もし、市民の理解が十分でないまま住民投票が行われるとなれば、将来に大きな禍根を残すことになりかねません。理解が仮に不足しているなら、それを補うべく制度案の周知に一層力を入れなければならないでしょう。



 そこでこのたび、私も兼務で所属している京都大学のレジリエンス実践ユニットでは、大阪都構想の制度案の内容が大阪市民にどれだけ正確に理解されているのかを確認すべく、アンケート調査を実施しました。



http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/resilience/documents/tokoso2020survey.pdf



 結果の詳細については上記リンク先をお読みいただければと思いますが、簡単に言うと、前回(2015年)の住民投票時に比べれば改善していると言えるものの、依然として少なくない割合の市民が、都構想の制度内容を誤解しているようです。そして憂慮すべきことに、都構想「賛成派」ほど、都構想の制度内容を誤解しているという実態が浮かび上がりました。



2.都構想について正確な知識があればあるほど、「反対」したくなる

 アンケートは10月21日から25日にかけてウェブ調査の形式で実施され、回答者は大阪市に住む20から90代の男女1200名でした。



 まず、都構想に賛成か反対かを尋ねた上で、構想に関する基本的な知識を問うために、



【A】大阪都構想を実施すると、大阪府の呼称が「大阪都」になる。



【B】大阪都構想を実施しても、大阪府の呼称は「大阪府」のままである。



【A】大阪都構想を実施すると、現行法の下では、元の大阪市に戻すことはできない。



【B】大阪都構想を実施した後でも、再度住民投票を行えば、元の大阪市に戻すことができる。



 というように対をなす文章を7組提示し、それぞれA・Bのどちらが正しいと思うかを回答してもらいました(上の例では、1組目はB、2組目はAが正解)。分からない場合は「分からない」と答えていただきます。



 そしてそれぞれの回答者の「正答数」(0~7)と「都構想への賛否」の関係をみると、驚くべき傾向が明らかになりました。



 正答数がゼロの人たちは、都構想への賛否についても「分からない」と答える人が大半で、これはある意味素直な回答だと言えます。そして正答数が3~4、つまり半分程度しか正解しなかった人の場合、50%以上が都構想に「賛成」もしくは「やや賛成」でした。

ところが正答数7、つまり全問正解した市民の場合は、なんと65.5%もの人が都構想に「反対」で、「やや反対」も含めればじつに7割以上の人が反対しているのです。(ちなみに全問正解者は145名おられました。)



 要するに、「都構想について正確な知識を持っていればいるほど、都構想『反対』派になる」という関係がみられるのです。言い換えれば、大阪都構想の制度案が、「正確に知れば知るほど、大阪市民にとって好ましくないものであるように思えてくる」ようなものであると考えられるわけですね。





3.都構想「賛成」派ほど「誤答」が多い

 上の基礎知識問題の回答結果を、別の面から眺めてみましょう。7組の文章はいずれも、A・Bのどちらかが間違った文になっています。

その「間違った文」を「正しい」と誤解して選択してしまうケースは、一貫して都構想「賛成」派のほうが「反対」派よりも多いという傾向がありました。



 例えば、



「大阪都構想を実施した後でも、再度住民投票を行えば、元の大阪市に戻すことができる」



「大阪都構想を実施すると、現在の大阪市の財源(お金)は、新しく設置される特別区にそのまま配分されるので、特別区の予算の総額は元の大阪市とおおよそ変わらない」



「大阪都構想で新たに設置される特別区は、4つ合わせれば現在の大阪市と同等の権限を持つことになる」



といった文章はいずれも間違いで、実際には、現行法の下で大阪市に戻す方法はありませんし、財源や権限は一部が大阪府に移譲されるので、特別区の財源・権限は大阪市よりも小さなものになります。ところが都構想「賛成」派の市民は、「反対」派の市民の2倍以上の割合で、これらを「正しい」記述であると誤解して選択してしまっていました。



 つまり大阪都構想の制度案の内容が、とりわけ賛成派の市民において、歪んだ形で受け止められているということです。特に、都構想で新たに設置される特別区が、政令指定都市である大阪市よりも小さな財源・権限しか持たないものだということが、あまり理解されていないようですね。



 さらに言うと、都構想「賛成」派のうち約3割の人が、「都構想を実施すると大阪府の呼称が『大阪都』になる」とか「大阪都構想を実施しても大阪市は政令指定都市のままである」と誤って考えているようです。

誤答の割合は全体として、2015年の住民投票時に比べれば、さすがにマシになっているとは言えます。しかし、前回の住民投票から5年もの歳月をかけて議論されてきたにもかかわらず、このような「基本中の基本」とも言える点を誤解をしている人が賛成派の中に3割もいるとは、頭を抱えざるを得ません。



4.都構想の経済・財政効果は「過大評価」されている

 大阪都構想はもともと、大阪府と大阪市で仕事が重複している「二重行政」を解消することで、財政の無駄を減らすことができるのだという趣旨で提唱されてきたものです。2011年頃は「年間4000億円の歳出カットが可能になる」とも言われていたのですが、この金額の中には都構想と無関係な施策の効果が多数含まれていたことが明らかになり、その後、様々な関係者によって試算のやり直しが行われました。



 そして最新の試算の一つが、2018年に大阪市が嘉悦学園に委託して作成した正式な報告書に記載されているもので、その額は「年間約4億円から7億円」。随分小さくなったものですね(笑)。

法定協議会の資料によると、都構想の実施には初期費用が241億円、ランニングコストで毎年30億円が必要になるとされていますから、まったく割に合わない規模です。



 さて、今回のアンケート調査では、各市民がこの「二重行政の解消効果」についてどれぐらいの規模だと理解しているのかも尋ねました。これも例によって都構想賛成派と反対派に分けて集計したのですが、「賛成」派のうち21.9%が「10億円以上」、12.5%が「100億円以上」、12.2%が「1000億円以上」と回答していました。これらを合わせると賛成派の46.6%、つまり半数近くの人が二重行政の解消効果を過大評価していることになります。



 「10億以上」は誤りであるとしてもまだ理解できますが、年間数億円しかないとされている効果を「100億以上」とか「1000億以上」と誤解している人が賛成派の4分の1を占めているというのは大きな問題です。これまでに華々しい「効果額」が謳われてきたことで、多くの市民が都構想に対し過剰な期待を抱いているのが現状なのです。





5.「経済効果1兆円」の根拠も誤解されている

 大阪市の副首都推進局が作成した都構想の説明パンフレットには「特別区の設置による経済効果」というページがあって、「特別区の財政効率化効果が、10年間で1.1兆円」といった試算が掲載されています。これも市の委託に基づいて嘉悦学園が試算したものなのですが、金額が途方もなく大きいので、発表当時は「都構想の経済効果 1兆円超」として新聞等でも大きく取り上げられましたし、大阪維新の会も積極的に紹介している数値です。



 ちなみに、この「1兆円」の効果の計算根拠を私も確認したのですが、データに対する解釈が根本的に誤っているとしか思えませんでした。簡単にだけ説明しておきましょう。



 日本の全市町村の「住民1人あたり歳出」を比較すると、小規模な町村では非常に大きな額になるのですが、人口が増えて中規模の市になるにつれて、スケールメリットが生まれてかなり小さな額になってきます。ところが、さらに人口規模が大きい政令指定都市になると、1人あたり歳出が、中規模の市よりもむしろ少し高い額になります。



 これはなぜかというと、一つは、政令指定都市は一般の市と違って多くの仕事が都道府県から移譲されており、権限の幅が広いからです。また、政令指定都市というのは「大都会」であり人口や事業所の密度が高いので、より高度なインフラが必要になりますし、市営の動物園・美術館・大学など充実したサービスを提供してもいるので、必然的に歳出は多めになるわけです。



 ところが先ほどの報告書は、「政令指定都市で費用が高くなるのは行政の効率が悪いからだ」と解釈し、政令市を分割して「中規模の自治体」にすれば無駄がなくなり、結果として10年で1兆円の費用が節約できると主張しているのです。これはあまりにもひどい曲解だと言わざるを得ません。



 実際には、政令指定都市は「大都会だから」「権限が大きいから」多くの費用がかかっているわけです。大阪市を分割しても大阪が突然「田舎」になるわけではないし、都構想で手放す権限は大阪府に移管されるだけですから、1兆円の効果など出てきようがないはずです。



 アンケート調査に話を戻しましょう。この、報道を賑わせた「1兆円の経済効果」が何によって生み出されると思うかを尋ねたところ、多くの人が「二重行政の解消効果」だと誤解していることが判明しました。とくに、都構想「賛成」派のじつに54.2%もの人が、誤って理解しています。先ほど述べたように、その報告書では「二重行政の解消効果」は年間たったの数億円とされているのですが、完全に混同されて伝わっているのでしょう。(混同しなかったとしても、その1兆円の計算自体が、上で述べたように信用に値しないわけですが。)



6.正確な情報の周知を

 10年で1兆円もの効果が生み出されるというなら、大阪都構想もやる価値があるかも知れません。しかしその試算の根拠は上のとおりいい加減なもので、しかもその上、効果が生まれる理由も多くの人に誤解されて伝わっています。このような状況で、都構想を実施すべきか否かについて冷静な判断をすることは、難しいと言わざるを得ないのではないでしょうか。



 また本稿で述べたきたように、都構想は「正確に知れば知るほど反対したくなる」ような改革案であり、「賛成派ほどその中身を誤解している」のであり、少なくない割合の人が「基本中の基本すら理解せずに賛成している」のが現状です。



 せめて住民投票までの残り数日間で、少しでも多くの市民に正確な情報が周知されることを、願ってやみません。





文:川端祐一郎(専門=公共政策論)/京都大学大学院・レジリエンス実践ユニット助教、表現者クライテリオン編集委員





【著者略歴】





大阪都構想、事実を知るほど「反対」になる〜これこそ「大阪都構...の画像はこちら >>



川端祐一郎(かわばたゆういちろう)



京都大学大学院助教。大阪府立豊中高校、筑波大学第一学群社会学類(政治学専攻)卒業、京都大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。隔月刊オピニオン誌『表現者クライテリオン』編集委員。メールマガジンも連載(https://the-criterion.jp/author/kawabata/)。大阪都構想に関連して、2019年12月に論文『自治体の「適正規模」論の系譜と自治体「分割」への適用の妥当性に関する研究』(実践政策学、5巻2号)を執筆。共著に『名言読解日本語』(多楽園出版)、『流行語で学ぶ日本語』(外語教学与研究出版社)、『日本がわかる、日本語がわかる―ベストセラーの書評エッセイ24―』(凡人社)。