10月31日に総選挙が行われ、自民党と公明党、維新の会、国民民主党のいわゆる「改憲派」と呼ばれる政党が3分の2の議席を確保した。特に維新の会は議席を倍以上に伸ばし、松井一郎代表は来年夏の参議院選挙で国民投票も一緒に実施する考えを示した。
その言葉を裏付けるかのように維新の会は国民民主党と接近し、憲法改正に向けた議論を加速させるよう与党側に働きかけていくことで一致。日本維新の会の馬場幹事長は「国会が機能しておらず、国会議員は仕事をしていないという声が国民から寄せられている。まずは国会から変わっていかなければいけない」と述べた、国民民主党の榛葉幹事長は「これまでの野党の枠組みから一線を画し、独自路線で身を切る改革を進めていく。政策実現のために是々非々で連携したい」と応じ、衆参両院で毎週憲法審査会を開会するように与党に求めていくよう行動を共にすることが決まった。
一方の自民党も岸田総理が総選挙翌日の記者会見で「党是である改憲に向け、精力的に取り組む」と述べ、10日の記者会見でも「党総裁として党改革と憲法改正が重要」と語り、憲法改正に向けて党改革を行っていく考えを示した。
読売新聞の報道によれば、岸田首相の会見前日に茂木幹事長と維新の会の馬場幹事長が会談をし、改憲の国会発議と国民投票実施に向けて国会を進めていくことを確認したという。
ハト派の宏池会会長で改憲には慎重と呼ばれていた岸田首相の下でどんどん改憲に向けて話が進んでいっている。改憲が念願だった右派系の言論人やネトウヨは大喜びをしているだろうが、果たしてこのまま憲法改正に突き進んでいっていいのか? 筆者には疑問しか残らない。
ここで誤解なきようスタンスを明らかにするが、筆者はバリバリの改憲派である。できれば今の日本国憲法を廃止して、もう一度憲法を作りたいくらいである。しかしながら、今の改憲派の動きにはストップをかけるしかない。なぜなら彼らの動きには危険が孕んでいるし、改憲したところで良くなるかと言われると良くなるどころか更に悪くなるとしか思えないからである。
どうして断言できるのか、順序だてて解説をしていこう。
■維新の会の道州制は日本を弱体化へと導く
いきなり物騒なタイトルだと思われるだろうけど、実際に道州制なんぞ導入したら弱くなるのだから仕方がない。道州制は維新の会の綱領に書いてあり、党是でもある。維新の会の生みの親でもある橋下徹元大阪市長も「道州制の導入」を盛んに言っていた。政治家を一応引退している今でも「権力を持っている側は大反対する。20年、30年はかかる」としながら道州制実現を望む発言を繰り返している。
道州制とは、簡単に言っておくと
1)都道府県を廃止して、代わりに「道」「州」を置く
2)市町村の区域を基礎として、「基礎自治体」を置く
3)道州と「基礎自治体」の二層制
となっており農業や道路などのインフラ整備といった内政部分は道と州、その下にある基礎自治体が担い、国は外交や軍事などの部分を担っていくというものである。道州制とやらを導入すると「地方分権体制が進み、国家機能を集約して強化され、地域間格差が是正される」と言っているが、はっきり言ってウソである。
国の機能を地方に移しても地域間格差は是正されないし、国の機能を集約しても国家が強くなることはない。まず、道州制になると地域間格差は益々強くなる。少し考えればわかるだろう。東京と鳥取県では人口が違うし、整備されたインフラも違う。
その理由は地方助成金である。国から地方に渡す助成金は人口が少ない地方に多く与えたりして地方税の地域間格差を少なくするための調整弁である。道州制になれば地方助成金はなくなるので大都市は今まで以上に税金が入ってくるし、人口が少ない地方は税収が減ってしまうのは明らかである。
しかも、インフラ整備も地域に任せたら大都市のインフラは整備されるが人口が減っている地方ではインフラ整備どころではない。寿命が尽きた橋や道路が放置され、災害に弱い集落となってしまう。高齢者ばかりの村はそのまま土地から人も地名も消えていくのが確実である。
どこが地域間格差をなくすのだろうか?
橋下氏は「国会議員の権限はものすごく少なくなる。権力を持っている側は当然、大反対するだろうね」なんて言っているが、これも大嘘である。自民党も旧民主党の議員にも賛成派がいくらでもいる。党を挙げて反対しているのは共産党くらいのもの。
では、どこの誰が反対しているのか?
それは全国市町村会である。
■財政健全化で国民はますます貧しくなる
自民党の憲法草案にはこんな条文が書いてある。
「第八十三条 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて行使しなければならない。
2 財政の健全性は、法律の定めるところにより、確保されなければならない」
財政健全化の明記である。一見すると良さそうな条文に見えるがとんでもない。この条文があることで国家は国民のためにお金を使うことはできなくなる。これから少子高齢化社会を迎えて税収が少なくなるのは明らかになっている。その穴埋めのために消費税増税をしたのはご存知の通り。しかしながら消費税は一般財源扱いされていて減税された法人税の穴埋めに使われていた。それは本筋ではないので横に置いておくが、財政健全化の条文があるだけで増税をしなくてはいけなくなる。
そもそも日本に借金問題などない。
それはなぜか?
自国通貨建ての国債は借金ではないからである。日本の国債は100%自国通貨建てである。日本円で発行しているのだから日本銀行に返さないといけないが、日本銀行は財務省が株式の50%以上を持っている。財務省が日本円で発行した国債は子会社である日本銀行に返すのだが、日本銀行は日本円を発行して終わり。
どうやって財政破綻をするのかわからない。今も予算を組むときにやっているが、国債は借り換えもできるし、長期国債というのもある。そうやって予算を確保してインフラ整備や社会保険料の積み増しなどの国民へ投資をすることで国の供給能力をアップさせている。
財政健全化が条文に入ると国債発行額に制限ができてしまい必要な予算が足りなくなり、国民への投資もできなくなってしまう。だから供給能力が下がってしまい国民は貧しくなってしまう。
投資の不足は平成の世に入ってから「無駄の削減」という名前で20年以上続いている。今、日本は投資不足のため確実に貧しくなっている。
これは日本人の頑張りが足りないのではなく、投資をしないからである。今ならまだ投資をすれば少しは遅れが取り戻せるかもしれない。しかしながら改憲で財政健全化が憲法の条文に入ればジ・エンドである。だから自民党の憲法草案から財政健全化の条文が残っている限り改憲には反対しないといけない。
■ナチスドイツの手口に学んだ「緊急事態条項」
自民党の茂木幹事長が11月12日に読売新聞のインタビューで緊急時に政府の権限を強化する「緊急事態条項」の創設を優先的に目指すと発言をした。茂木幹事長は「新型コロナウイルス禍を考えると、緊急事態に対する切迫感は高まっている。様々な政党と国会の場で議論を重ね、具体的な選択肢やスケジュール感につなげていきたい」と述べ、維新の会や国民民主党と連携する考えを示した。
改憲で緊急事態条項を入れるのは絶対に止めないといけない。
先ず、歴史上で緊急事態条項を発動させたらどうなるか? ナチスドイツが教えてくれている。「ナチスの手口に学んだらいい」と麻生副総裁が発言していたが、緊急事態条項を入れておくと知らない間に独裁政治が完成してしまう。
自民党の憲法草案に記載されている緊急事態条項にも同様の危険が孕んでいる。先ずは緊急事態条項の条文から紹介したい。
「第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。 」
問題なのは「特に必要があると認めるとき」との基準が明らかにされていない。「外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態」とあるがどの程度なのか記載がない。しかも法律で特別措置法を定めていても内閣の判断と国会で過半数を握っている党の思惑で独裁ができてしまう。国会の承認が必要とされているが、内閣を形成しているのは過半数以上の与党である。与党が反対をするわけないのだから100日ごとに承認を得ればいつまでも独裁を敷くことが可能である。
そもそも災害ついては災害対策基本法があり、相当大胆な緊急対応を行うことも可能になっている。戒厳令にならないように規定もある。しかもこうしても国会を開けない場合には、「緊急政令」を制定も可能だ。災害対策基本法では、内閣総理大臣に行政上の権限を一時的に集中させ、効率的な行政執行を行うための仕組みも整備されているのにどうして改憲して緊急事態条項を入れないといけないのか不思議である。
緊急事態条項は1946年の帝国議会で論議をされた上で「入れない」と判断されている。当時の金森国務大臣は以下の理由で入れる必要はないと答弁している。
1.国民の権利擁護のためには非常事態に政府の一存で行う措置は極力防止すべきこと、
2.非常時に乗じて政府の自由判断が可能な仕組みを残しておくとどれほど精緻な憲法でも破壊される可能性があること、
3.憲法上準備されている臨時国会や参議院の緊急 集会(衆議院の解散中に緊急で開催する)で十分であること、
4.特殊な事態に対しては平常時から立法等によって対応を定めておくべきこと、
この答弁を覆すだけの根拠を今の国会議員に示すことはできないだろう。
■自民党と維新の会には議論をする資格すらない
今回の改憲論議の中心は自民党と維新の会である。この二つの政党にそもそも民主主義における議論をする資格があるのだろうか?
自民党は、安倍元総裁が総理大臣在任中に起こした「森友学園問題」「加計学園問題」「桜の会疑惑」について当人から説明をすることなく総辞職をした。桜の会疑惑だけで国会で118回もウソを付いたのが明らかになっている。森友学園問題では公文書改ざんをしておきながら責任を取ることなくのうのうと権力の座に居座り続けた。公文書改ざんの罪の重さに耐えきれず自ら命を絶った赤木俊夫さんの遺書や公文書改ざんの全容が記されている赤木ファイルの存在が明らかになっても頑なに「再調査をしない」と拒否をしている。
しかも赤木さんが自殺をしたのは野党議員の追求に耐えられないからという大嘘を流したDappiというTwitterアカウントは、自民党と深いつながりがあることが明らかになっている。アカウント運営していた会社の社長が自民党の事務方トップである元宿仁事務総長の親戚を名乗り、党本部や東京都連に出入りしていたこと。社長に政党や国会議員を介して国会通行証が貸与されたことや政党職員や議員秘書でないと開けない銀行口座があるのも判明している。
ただの取引関係にあるだけとは思えない。
この疑惑は総選挙の前に明らかになったものの自民党は誰一人知らん顔をして選挙を戦っていた。Dappi疑惑、森友学園問題、加計学園問題、桜の会疑惑についてだんまりを続けるならば議論の土台である「信頼」を完全に失うことになる。信頼できない相手と議論はできない。
維新の会ついては口にするのもおぞましい。公然わいせつから詐欺まで犯罪者のオンパレードである。先の総選挙でも運動員が買収行為をして公選法違反で逮捕されている。また、維新3回生・伊東信久議員が議員会館でマルチ商法のセミナーを行ったと週刊文春に報じられている。他にも参院議員の梅村みずほ議員の公設第1秘書で、維新府議の横倉廉幸の娘婿成松圭太氏が酒の席で口論になった男性を車でひき、ボンネットにのせたまま走り、男性が落下すると、車から降り、殴る蹴るの暴行を加え、殺人未遂で逮捕されたなど犯罪者の集まりかと錯覚するような集団でもある。
おまけに都構想とやらは住民投票は一回だけと言いながら二回もやるわ、否決されたにも関わらず「総合区」と名前を変えて大阪市を廃止しようと動き回っている。
そんな政党の連中を信用しろと言っても無理な話である。
つまり、自民党と維新の会は議論の根底にある「信頼」「信用」ができない人たちの集まりである。そんな連中が進める改憲など反対するのが保守と呼ばれる人間ならば当然であろう。
憲法改正はミラクル逆転装置ではない。
文:篁五郎