「プレーヤーとしては無理でしょうね。1シーズンで1点も取れないフォワード、あるいは出場試合数が少ない(ことは)責任問題じゃないですかね。

雇っているほうのね」



 辛口のサッカー評論家・セルジオ越後氏が、自身のユーチューブチャンネルでキングカズこと三浦知良に対して引退勧告とも言える発言をしたのは記憶に新しい。その動画で舌鋒鋭く次々とカズへの批判の言葉が飛び出した。



 「彼がCMに出てクラブにお金が落ちる」



 「それが財源になって戦力がアップする」



 「彼がいなくなったら横浜FCは大変なことになる」



 「ただ、お金が入ればいいだけだったら、ちょっと利用されているみたい」



 「プレーヤー以外の価値観で彼を置いていることに、ちょっとどうかと思いますよね」



 動画ではこうした発言にテロップを付けて流し、橫浜FC及びオーナーでもある小野寺裕司会長を名指して批判した。一方、橫浜FC側はセルジオ氏の発言を事実無根として小野寺会長名義で、カズのCM出演を介してクラブ側が収入を得られる契約は一切ないとした上で「このままでは虚偽の内容が拡散されることにより当クラブの名誉が著しく毀損される」と遺憾の意を表する抗議文書をリリースした。



 セルジオ氏は抗議を受けて新規動画で「不適切な発言は本当に反省し、申し訳ないと思っています」と謝罪。しかしながら「ここ何年も試合にほとんど出ないし、得点もしていない。他のチームは厳しいのに、なぜ横浜FCはあれだけカズをかばうのか」と疑問を投げかけた。



 2021年、三浦知良の出場試合は僅かに4つしかない。リーグ戦は残り時間1分と、顔見せにもならない時間でしか試合に出ていない。得点を挙げたのは橫浜FCがJ2時代に挙げた2017年が最後になる。J1での得点はそれから10年も前の2007年にまで遡らないといけない。



 FWという点を取る役目のポジションでありながら結果を出せていないのならば、他の選手だと当然0円提示(プロ野球でいう戦力外通告)をされても仕方ない。

しかしそれでもカズは現役選手として2022年もプレイをする。



 一つはカズの努力の賜物である。日本サッカーにプロ選手がいなかった頃に、盟友だったラモス瑠偉と一緒にプロ意識をチームに植え付け、読売サッカークラブ(現東京ヴェルディ)を戦う集団にさせた強烈なまでの意識の高さがカズの武器である。今でもプロとして最高のコンディションでプレイをするために、体の手入れを欠かさない。練習がある日は誰よりも早くクラブハウスを訪れて準備をし、全体練習が終われば個人練習を行う。練習が終わればストレッチをし、体中に入念なマッサージを受けて帰る。



 誰よりも早くグランドを訪れて、誰よりも遅く帰るのがカズの日課である。その姿を見ているコーチや選手はカズから多くのことを学び、プロサッカー選手として一段上へと上がっていくのだ。





 カズの同じ橫浜FCに所属する中村俊輔はカズの存在についてこう語った



 「カズさんの前では、恥ずかしいプレーはできないし、したくない。サボれないし、この人にサボっている姿や、ミスしているところを見られたくない。それは、監督に見られるのと、また違った感じ。



 カズさんに良いボールを出したいし、点を決めてほしい。そう思わせてくれる人って、なかなかいない。有名だからとかではなく、やっぱりその人柄によるところが大きい。とにかく、めちゃくちゃ緊張する」



 パスがほんの僅かずれただけでも「ごめん」と謝ってくるストイックな姿勢は、ワールドカップにも出場を果たし、ヨーロッパで活躍したレジェンドクラスのプレイヤーにも尊敬の念を抱かせるほど。



 昨年橫浜FCでこんな出来事があった。チームの紅白戦でカズと俊輔がチームメイトになった。当時二人はベンチ入りすらできない状況のためサブ組である。相手にするのはリーグ戦を戦うレギュラー組だ。通常紅白戦というのはレギュラーがチームの心臓である戦術をさらに高めるために行われたり、試合に向けたコンディション調整のために行われたりする。



 ところがカズと俊輔はレギュラー組の戦術の穴をついて見事なパスワークを見せて勝利を収めてしまったのだ。その時にカズは俊輔に向かってこういったそうだ。





 「俊輔、サッカー、楽しいな。

やっぱさ、サッカーってこうだよな」





 これがカズが現役を続ける二つ目の理由だ。2011年に発売された著書『やめないよ』(新潮新書)では「学ばない者は人のせいにする、学びつつある者は自分のせいにする、学ぶという事を知っている者は誰のせいにもしない。僕は学び続ける人間でいたい」と記している。それは、大好きなサッカーをいつまでも続けるために必要なことだからだ。



 当時のカズは43歳で橫浜FCで30試合出場をするなど40代とは思えない活躍をしていた。だからこそ言葉にも説得力を持つ。しかし現在のカズが同じ事を言っても共感は得られにくいだろう。



 それは、冒頭に述べたセルジオ越後氏の言葉のほうが遙かに今のカズに当てはまっているからだ。



 プロスポーツ選手は活躍してなんぼである。活躍できれなければ消え去っていくしかない。そうやって新陳代謝を繰り返して新しい選手が羽ばたいていった。カズはJリーグ発足直後にMVPを獲得した文字通りのスター選手であった。

日本代表のエースでもあり、当時のサッカーブームの立役者の一人である。サッカーに興味はなくてもカズの名前は知っている。そんな人がたくさんいるだろう。それは恐らく今でもそうである。



 はっきり言ってJ2の取材にマスコミが大勢集まることはほとんどない。来るのはサッカー専門誌の記者とスポーツ新聞の担当記者くらいのものだ。しかしカズが出場をすれば普段はJ2なんか見向きもしないメディアが橫浜FCへ取材に行く。それは橫浜FCというクラブに興味があるからではない。単にカズが最年長出場を更新するかどうかをニュースとして流したいからだ。



 カズが出場をした試合に橫浜FCが勝ったかどうかを言えるのは関係者、ファンサポーター以外に聞いたら、答えられるのは普段から取材に来ている記者だけだろう。多くのマスコミ関係者にとって橫浜FCはその程度の存在でしかない。サッカークラブとして情けないと言いたくなるが、言い方を変えたらカズがそれ以上の存在だと言える。



 だからカズが出場をすればマスコミは取材へ行くし、海外からも注目される。イギリスのBBCは、2020年に「三浦知良、53歳のサッカー選手はなぜ現役を続けられるのか」という特集を組むほどだ。そこで流れるのはカズがいかに努力を惜しまずにサッカーを続けてきたのか、栄光と挫折、そして苦悩といった彼の人生にスポットライトが当たる内容が流れる。



 それを見た人々がカズに共感をし、カズのように自分も努力を続けないといけないと頭を垂れる。そういった人が増えれば増えるほどカズの存在はアンタッチャブルになる。それに辟易する人が出てもおかしくはない。何せここ数年サッカー選手としての実績はゼロに等しいからだ。客寄せパンダのドキュメントなんか見たくないと思う人がいても不思議ではない。筆者は、こんな形でマスコミに取り上げられることにカズは満足しているのだろうかと思ってしまう。もしかしたら単純にサッカーが好きで、ただプレイしているだけで良かったかもしれないのに。





 メディアが取り上げることで現役選手としての悔いが残り、辞めるためのきっかけが掴めずにズルズルと続けていることになっているかもしれないのではないか? もしそうならば、この状況がカズにとって、そしてサッカー界全体のために良いことなのだろうか?



 筆者はそうは思わない。どちらかといえばセルジオ越後氏の意見に賛成である。

サッカー界全体をみれば、カズは現役選手ではなくプロクラブの指導者に回るなり、セルジオ氏のように全国サッカー教室を開いてサッカーの楽しさを子ども達に伝える役割を担ったほうがいいと考える。もちろん、カズ本人が現役選手でいたいと思うのは自由だからこちらの考えを押しつけるのは良くない。カズ本人が描く姿で最後の決断をするのが一番だろう。



 しかしながらカズが今年下した決断が、現役選手としての道を終わらせる事になるのかもしれないのだ。



 ご存じのようにカズは、今年からJFLの鈴鹿ポイントゲッターズへレンタル移籍が決まった。出場機会を求めての移籍だという。やはりセルジオ氏から指摘された「選手は試合に出てなんぼ」という考えに触発されたのかもしれない。JFLは4部相当なのでカテゴリーを下げたならば、橫浜FCに残るよりも出場機会は増えるかもしれない。しかもGM兼監督は実兄の泰年氏が務めている。最初の頃はマスコミも注目しているだろうから試合に出る機会が巡ってくる可能性はある。



 筆者はそこに落とし穴があると思っている。JFLはJ1同様全34試合を戦う長丁場である。53歳のカズが試合に出続けながらコンディションを保つのは難しい。しかも最後に得点を挙げた2017年以降、出場試合数は軒並み一桁である。何年も連続して試合に出場していなければ、コンディションを保つのは困難を極めるだろう。気力だけで乗り越えられるとは思えない。ましてカテゴリーが下がればプレイはラフになりがちだ。J1ならテクニックのある選手はファウルをしなくても止められるが、レベルが下がればわざとファウルをして止めてくる選手が出てくる。もし、試合中に起きたファウルでケガでもしたらと思うと怖くて仕方ない。



 もう一つの懸念材料はJFLの環境である。橫浜FCはJ1のクラブであるからサッカーをする環境というのは整っている。専用の練習場を備えており、クラブハウスも完備。練習場は天然芝で足腰にも優しいし、照明も明るく日が暮れても練習ができる。クラブハウスにはトレーナーがいて、メディカル面でもサポートも万全だ。しかしJFLにはどれも揃っていない。そもそも専用の練習場なんか持っていない。毎回練習場が変わるし、練習に使う荷物も全部自分で管理しないといけない。クラブハウスなんてもちろんあるわけない。だからトレーナーなんていないところもある。カズが行く鈴鹿ポイントゲッターズは、トレーナーは在籍しているがたった一人である。他の選手もマッサージや治療が必要になるから、カズ一人だけをみられるわけではない。コンディション調整をするのにも今までと勝手が違うのである。



 試合会場もJ1やJ2のように芝の手入れが行き届いているわけではない。会場によっては、芝がはげてしまって土が剥き出しのグランドで試合をしなくてはいけない。そんなコンディションの場で試合をするのは、体にかなりの負担がかかるはずだ。カズほどのキャリアならば、そんなグランドでの試合はブラジルやJリーグ創設前に経験があるかもしれない。しかし年齢が当時と明らかに違う。回復力も対応力も格段に下がってくるはずだ。



 だからこそ少しでも調整に失敗したり、アクシデントによって現役選手としての道が絶たれるかもしれないのだ。



 カズはそんなことをわかって移籍したのかもしれない。そんな環境の中でも選手として挑む姿は美しいのかもしれない。



 しかしカズに自分の思いを乗せて応援している人達は、彼をみる前に己を振り返ってほしい。「カズほどストイックな姿勢で生きているのか?」と。そうやってカズに思いを乗せている余裕があるならば、彼のように自分の好きなことをやるために思い切りストイックに努力をしてみたらいいだろう。どれだけキツいのか、どれだけつらいのか身をもって体験できるだろう。そしてマスメディアはいつまでもカズに依存せずにサッカーの記事を書いてもらいたい。



 筆者はカズが今シーズンをケガなく乗り切ることを祈っている。





文:篁五郎



1973年神奈川県出身。小売業、販売業、サービス業と非正規で仕事を転々した後、フリーライターへ転身。西部邁の表現者塾にて保守思想を学び、個人でも勉強を続けている。現在、都内の医療法人と医療サイトをメインに芸能、スポーツ、プロレス、グルメ、マーケティングと雑多なジャンルで記事を執筆しつつ、鎌倉文学館館長・富岡幸一郎氏から文学者について話を聞く連載も手がけている。

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