「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。

外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【36品目】「私がスポーツジムに通う理由」をご賞味あれ!





【36品目】私がスポーツジムに通う理由

 



 我ながらどう考えても運動不足である。幸い体質的にいくら食っても飲んでも太らないのでダイエットの必要はまったくないのだが、筋力および筋肉量の低下はいかんともしがたい。こう見えても【14品目】に書いたとおり中学、高校と一応運動部に所属していて、一番体力のあった高校時代は腕立て伏せギリギリ50回、腹筋ならわりと余裕で100回以上できた。その貯金もあって若い頃は体力的に無理も利いたが、今はもう全然ダメ。朝起きたら疲れてるし、メシを食っても疲れるし、息をしてるだけで疲れる。



 これではいかん! というわけで、意を決してスポーツジムに入会したのが2019年の夏のこと。わざわざお金をかけなくてもジョギングとかスクワットとか腕立てとかすればよさそうなものだが、そんなことが自主的にできるぐらいならとっくにやっている。お金を払えば、その分、元を取ろうと思って頑張るはず――というのが私の目論見だ。というか、ジムに通ってる人はだいたいみんなそうですよね?



 最初に体組成計でいろいろ測る。体脂肪率が低いのはいいとして、筋肉量もやっぱり少ない。

細かい数字は覚えていないが、トレーナーさんがカルテみたいなのに記入しながら「まずは筋肉量を◯%増やせるよう頑張りましょう」とか言ってたような記憶がある。



 器具の使い方を教わり、推奨メニューと適切な負荷レベルの説明を聞く。そこからは基本的に自由である。私の場合は、ストレッチで軽く体をほぐしてから、まず3分ほどウォーキング。体が温まったところでレッグプレス、レッグカールなど足腰を鍛えるマシンをガシャガシャやって、アブドミナルクランチ、バックエクステンションで腹筋と背筋、チェストプレス、ショルダープレス、バタフライマシンなどで胸や肩周り、腕を鍛える。それらをひととおりこなすのに30~40分。最後にジョギングとランニングを交えたインターバル走を2㎞ほどやって終了というのがルーティンだった。



 全体でだいたい1時間弱。多いのか少ないのかわからないが、自分にはそのぐらいがちょうどいい。実は若い頃に一度、別のジムに入会したことがあったのだが、そのときは今より仕事も忙しく、1年で10回も行かずに退会してしまった。その点今回は、ほぼ週2回、少なくとも週1回は行くという習慣づけに成功。面倒くさがりな自分にしては快挙と言っていい。



 ただし、それにはちゃんと理由がある。フリーランスの特権で、私がジムに行くのは平日の日中だ。メンバーシップもデイタイム限定のプランで少し安い。だいたいお昼の12時ぐらいからスタートして、ルーティンをこなして着替えを終えると1時過ぎ。ひと汗かいた爽快感と「運動した!」という達成感に満たされながらジムの建物を出ると、道路を挟んだ真向かいに昼から呑める食堂ののれんが揺れているのである。



 



 そりゃもう猫に「ちゅ~る」の袋を見せたようなもんで、脇目も振らず突進だ。席に着くか着かないかのうちに「生ください」。待つことしばし、冷えたジョッキに注がれたビールをゴッゴッゴッと飲んだときの幸福感たるや……! このためにジムに通っていると言っても過言ではないというか、完全にこのために通っているとしか言えない。この一杯を最高の状態で味わうため、トレーニング中の水分補給も極力控えるほど。最後のインターバル走の頃には、もはやビールのことしか頭にない。



  至福の一杯で少し落ち着いたところで、次は栄養補給である。よく知らないが、筋トレのあとにはタンパク質を補給したほうがいいと聞く。

ここはひとつ、大豆タンパクが豊富な冷やっこをいただこう。夏の暑い日にビールと冷やっこは最高のコンビネーションだ。疲れた筋肉と同時に心も癒されていく。



 夏バテ防止のためにはビタミンや鉄分なんかも必要だろう。砂肝ポン酢も頼んじゃおうかな。これまたビールとの相性いいんだよね……とか言ってるうちにジョッキは空に。本当はここから焼酎ロックへとなだれ込みたいところだが、まだ昼間だし仕事もある。ぐっと我慢して、ハムエッグ定食(ご飯少なめ)で締めるのだった。 



 もちろん日によって冷やっこが厚揚げ焼きになったり、砂肝ポン酢が鶏レバ生姜煮になったり、ハムエッグ定食が豚しょうが焼き定食になったりするわけだが、この店で飲んで食うことがジム通いの原動力になっていたことは間違いない。ダイエット目的ではないので、飲み食いすることは全然OK。むしろそれで筋肉がつけばありがたいが、入会3カ月後に測定したら、体重も筋肉量も体脂肪も特に変化がなかった。それなりに真面目にトレーニングしているというのに、いったいどういうことなのか。



  結果が数字に表れないと、いささかモチベーションが下がる。季節が夏から秋、さらに冬へと移り変わると、ビールの至福度も下がっていく。それでも週1~2回の習慣として地道に通っていたのだが、好事魔多し。そこにコロナがやってきた。



 最初のうちは使用後に器具を消毒するぐらいで済んでいたが、2020年4月には1回目の緊急事態宣言が発令され、ジムも飲食店も休業を余儀なくされる。その後、一旦は解除されたものの、2021年にはまた長期にわたって発令された。東京都による「まん防」こと「まん延防止等重点措置」や「東京アラート」なんてのもあった。都庁やレインボーブリッジが赤く染まったのを覚えている方も多いだろう。



 



 その間、ジムも営業再開したり、また休業したりと右往左往で、こっちもなかなか判断に迷うところだった。感染リスクのある場所はなるべく避けたいというのもあるし、マスクをしてのトレーニングというのも息苦しい。そのうえ、飲食店に対して時短だの酒類の提供禁止だの、意味不明の措置が取られていた。



 コロナ禍における飲食店いじめのような施策については言いたいことが山ほどある。

少なくとも一律の「8時閉店」には何の意味もなかった。限られた時間帯に客が集中して、むしろ密を招いたと思う。制限すべきは「閉店時間」ではなく「単位面積当たりの人数」だろう。時間を制限するなら「トータルの営業時間」と「客の滞在時間」を制限したほうが密を避けられたし、客側にとっても利便性が高かったはず。酒類の提供禁止についても、酒がダメなのではなく会話、会食がダメなのだ。一人で黙って飲み食いする分には問題ない。とにかくすべてが的外れだった。



 そんななか、私のジム通いもピンチを迎える。せっかく習慣化していたものが中断したうえに、マスクというハードルができ、至福の一杯も味わえないとなれば、モチベーションはダダ下がり。2021年の2月に休会し、結局そのまま行かなくなって退会してしまう。人生2度目のスポーツジム退会である。



 しかし、そこからまた少し年齢を重ねてますます体力の低下を感じる今日この頃。

コロナが収束したわけではないが、運動後のあの一杯のうまさと楽しい時間を再び味わうためにも、もう一度入会してみようか……と思っていた矢先に、肝心の昼呑み食堂が閉店してしまった。建物老朽化による建て替えのための閉店で、再開予定はあるらしいが具体的にいつになるかはわからない。 



 ほかにも昼呑みできる店がないわけではない。が、ジムを出て目の前の店に飛び込んでジョッキのビールを飲む快感は何物にも代えがたかった。生涯3度目(そしてたぶん最後)のジム通いが始まる日は来るだろうか。





文:新保信長 

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