早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。

その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」を、神野藍がしずかにほどきはじめる。「どうか私から目をそらさないでいてほしい・・・」連載第16回。





 



 【善意の押し売りと、心の騒めき】



「これから先の未来に自分がやったことを後悔しないといいですね。」



― 30代女性、子ども有り



 



 数時間前にリリースされた記事の反応を確認しようと、画面をスクロールしていく。少し長めに整えた爪は画面に触れるとカツカツと音を立てる。その行為の最中に該当のコメントを発見した。こういうとき普通、人はどのような対応をするのだろうか。



 私はそこまで心が綺麗で完璧ではないから、心の騒めきを感じながらもコメントした人のアイコンをタップして、相手を把握しようとしてしまう。アイコンは初期設定のまま、簡潔にプロフィールがまとめられていて、日々の生活で浮かんだことをぽつぽつと呟いている。「子どもが熱を出して大変」とか「家族旅行の行先はどこにしようか」とかそんな内容だ。ざっと目を通したが誰かと深く交流している様子はなく、著名人やメディアの記事に対してリプライを送る一方通行のコミュニケーションをしているだけで、その内容はどれも似たような「あくまで善意」を無理やり押し込んだ形をしていた。



 そっとアプリを閉じ、画面自体をオフにして、携帯電話をベッドの上に放り出す。

未だに執筆した記事がリリースされる日はあれこれ色々なことを考えてしまい、何も手を付けられない状態になってしまう。何度も同じようなことを繰り返せば、ある程度慣れるかと思っていたけれど、そんなこともないようだ。今日はもう熱い湯に浸かって、とびきりカロリーのあるアイスでも食べよう。そしてそのまま眠りにつこう。それが一番良い。





【そもそも後悔のない人生って何だろう】



 そもそも後悔のない人生とは何だろうか。人間は生まれてから死ぬまで数えきれないほどの選択を迫られているが、その全てが「満足いく」または「失敗ではない」選択をしたときにそれが得られると定義するならば、それは本当に可能なのだろうか。



 私はごくごく当たり前に後悔の感情を抱く。その程度はどうであれ、「あのときこうしなければ良かった」というものから「あっちにしていればもっと楽に良い結果を得られたのに」というものまで。



 もちろんAV女優になったことを後悔した瞬間もある。仕事をしている上でひどく嫌な出来事に遭遇する度に「AV女優にならなければ、こんなことは起きなかったのにな」と何度も考えたし、自身の体調のことでも「仕事をしていなければ」と思いを巡らせてしまうこともあった。しかしながら大きな感情の揺れ動きが発生するぐらいの勢いで取り組んでいたのだから、一連のできごとの一瞬を切り取ったときに、後悔の念を抱いてしまうのは仕方がないことだと考えている。



 



 常にその瞬間の最善を選ぼうと努力はしているが、それが全て最高の選択ではない。加えて、どんなに好きなことや誇りに思うことでも何かの要因で簡単に「無理だ」と感じてしまうことはある。そんなときに自分の選択に対して負の念を抱くのは致し方ない。



 私が大事にしているのは、自身にとって重大またはそのときの状況をきちんと把握して、自分の中に「今後似たような選択が現われたときに、どのように対処していくか」をしっかり落とし込んでいくことである。生じた後悔を「後悔する」のステップで留めておくと恐ろしく悪いもののように感じてしまう。



 しかしながら、時間がかかっても、あるいはその瞬間から相当の時間が経過したあとだとしても、どうにか落としどころをつけて付き合っていくうちに、不思議と恐れみたいなものは消えて、自分の中に教訓としてしっかりと刻みこまれる気がするのだ。





【様々な経験と、そこで沸き起こる感情と…】



 「どうやったら色んなことに物怖じせずに挑戦できるんですか?」と聞かれることがある。物怖じしていないのはそのステップを世間に見せていないだけであるが、そもそも何かに挑戦するということにおいては、その方法を身に着けているからこそ、少し無茶かもしれないけれど、自分が大きく成長できるかもしれない賭けに踏み切れるのかもしれない。もちろん、だからと言って分かりきった馬鹿な選択はしようとも思わないし、自分以外の誰かをひどく傷つけてしまう可能性があるものに手を出そうとはならない。何かに挑戦することと、無謀に突き進んでいくことは似て非なるものだ。そこを取り違えてはいけない。



 



 私事だが、先日24歳になった。

ここ最近、数年前の自分と比べたら「安定的な思考」がこびりついているのを感じると同時に、どろどろとした己の欲みたいなものが薄まってきている気がしている。落ち着いた生活は十分に楽しんだ。ここからの一年はもっと貪欲に、もっと我が儘に、そしてまっすぐに、様々な経験とそこで沸き起こる感情を受け止めながら生きていくつもりだ。



 



(第17回へつづく)





文:神野藍





※毎週金曜日、午前8時に配信予定 

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