「まさかオレが!? 脳梗塞に!」ある日突然人生が一変。衝撃の事態に見舞われ仕事現場も大混乱!現役出版局長が綴った「半身不随から社会復帰するまでのリアル奮闘日記」。

連載配信前から出版界ですでに話題に!だって名物営業マンですから!



誰もが発症の可能性がである「脳卒中」。実際に経験したものでないと分からない〝過酷な現実と絶望〟。将来の不安を抱えながらも、立ち直るべくスタートした地獄のリハビリ生活を、持ち前の陽気さと前向きな性格でもって日々実直に書き留めていったのが、このユーモラスな実録体験記である!



リハビリで復活するまでの様子だけでなく、共に過ごしたセラピストや介護士たちとの交流、社会が抱える医療制度の問題、著者自身の生い立ちや仕事への関わり方まで。 克明に記された出来事の数々は、もしやそれって「明日は我が身!?」との声も!?  笑いあり涙ありの怒涛のリハビリ日記を連載で公開していく。



第2回は「17日間の急性期病院を退院しリハビリテーション病院へ。真夜中に漏らす前にナースコール!」



50代働き盛りのオッサンは必読! 出版局長~~!明日はどっちだ!?



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第2回17日間の急性期病院を退院しリハビリテーション病院へ。真夜中でも漏らす前にナースコール!



◆小は多い日だと15~6回。動けない体では頻繁ゆえに難儀



■6月24日火曜日午後~7月8日火曜日

急性期病院を17日で退院。



その日の午後にはリハビリテーション病院へと転院した。



介護タクシーを降りてから病室へ直行。



そこで車椅子を乗り換えたら、主治医のY先生始め、看護師長Nさん、担当の看護師Tさん、作業療法士A塚さん、理学療法士O本さん、言語聴覚療法士Mさん、ソーシャル相談員のHさんと、各担当者さんたちに囲まれ、この病院のリハビリの時に着るゆったりした服に着替えた。



右半身麻痺の患者だけに、みなさん手助けしてくれようとするのを、自分でしますと断る。



左手を駆使して自ら着替えると、器用ですねと感心された。



その後、主治医のY先生から



「真柄さん、あなたの症状はかなり重いです。リハビリで麻痺した右半身が動くようになるとは確約出来ないことを先にお伝えしますね」



と宣告をされた。



もしかしたら私は死ぬまで半身不随の寝たきりになってしまうのだろうか。



そんな厳しい現実を突きつけられた後に、治療やリハビリについて説明を受け、病院でのルールなどを聞いて終わりとなった。



コロナ禍以降、入院する患者は個室に72時間隔離。



経済的なことを考え大部屋を希望していたが、思わぬ形で個室での生活が始まった。



72時間は食事もリハビリも個室で行う。



時間になったら食事は介護士さんが運んできて、リハビリはその時間の担当者さんが訪れるのであった。



トイレに行きたくなったらナースコールをして来てくれた介護士さんにズボンを脱がしてもらう。



終わったらナースコールで呼んでズボンを履かせてもらう。





追記)こんな生活が翌月の8日まで続いた。



病気のせいか小用の回数が増え、1日12~3回は用を足していた。



大は急性期病院の頃から朝御飯を食べた後に1回で済んでいた。



小は多い日だと15~6回の時もあり、真夜中でも漏らす前にナースコール。



個室はトイレが付いているので切迫したことはなくて良かった。



個室では電話もできたから、頻繁に会社や友人たちに電話をしていた。



すでに朝の自主トレらしきものも始めていた。



4人部屋だったら他の患者さんたちに迷惑をかける訳にはいかない。



妻に保険で支給される金額など聞いて、相談して個室での療養を継続することにした。



そんな訳で72時間経過するのを待たずして、退院まで個室でのリハビリ生活が始まったのである。



【脳梗塞】出版局長 17日間の急性期病院を退院しリハビリテーション病院へ……真夜中でも漏らす前にナースコール!【真柄弘継】連載第2回
病院の個室(写真:PIXTA)



◆女郎が日がな一日部屋で客が来るのを待っているかのような気分に



72時間が経過して食堂での食事となった。



7月8日の自立1[注]まで誰かが迎えに来てくれるのを、ひたすら待つ日々が続いた。



食事が済んでも勝手に戻ることはできない。



食べ終えたら手を上げて介護士さんに合図。



食堂の横にある洗面台へ連れて行ってもらい歯磨き。



終われば部屋に送ってもらうのだが、自立になっていない患者さんたちの車椅子の列で静かに待つのだ。



部屋に戻ってもトイレで呼んで、終われば呼んでの繰り返し。



リハビリも担当者さんが迎えに来るのを待つ。



その日の最初のセラピストさんが1日の予定をメモしてくれ、その日のだいたいの流れが分かるのである。



こんな待つばかりの身を、女郎が日がな一日部屋で客が来るのを待って、外には出られない不自由な身と重ね合わせたりした。



それでも夜中にトイレの介助で来てもらった介護士さんたちとは身の上話などで盛り上がった。





追記)それぞれの人柄を捉えて次回以降の話のときの大事なファクトにしたのだ。



最初に話しをしたのはE原さん。



シングルマザーで子ども二人を育て上げた肝っ玉母さん。



この仕事で身体の不自由な高齢者を大勢見ているから、自分は老いたら子どもの面倒になることなく、安楽死を認めている国に移住したいと言っていた。



姉御肌の性格のようで、見守り期間が過ぎて1ヶ月程経った時のこと。



朝の自主トレが終わり、腕が筋肉痛になっていたから膏薬を塗ってもらおうとナースコール。



すぐ近くの病室にいたE原さんが血相変えて部屋に飛び込んできた。



なぜ血相変えてだったのか?



彼女は朝の5時前に私がナースコールを押したので、何か緊急の事態になって呼んだのかと心配して飛んで来てくれたのだ。



これには心の底から感謝し、またその気持ちが嬉しかった。



雰囲気も話し方も、とても穏やかで優しさが滲み出ているWさん。



つい甘えそうになってしまうほど、その存在には癒される思いばかりである。



彼女のパーソナルな話からは、その年齢には見えない若さに、思わず明石家さんまさんの口調をまねて「見えない!?」と驚いた。



8月の半ばに、最近Wさんを見かけないので聞いたら、別のフロアに異動になっていた。



もう会うことは叶わないので、とても寂しくなった。



Sさんはとてもシャイな方で、夜中のトイレコールの際に初めてお会いした。



彼女の固い表情に、この方は人見知りなのかな?と思った次第。



その予想は当たっていた。



後日思いきってSさんに、もしかして人見知り?と聞くと、なんでわかるんですか!と驚かれた。



初対面のときのことを話すと、彼女も思い当たる節があったようだ。
これでいっきに打ち解けたのである。



一度打ち解けると、この方ほど心強い介護士さんはおらず、以降は会う度に一言二言交わすようになった。





[注]
自立
リハビリの自立度は、**FIM(機能的自立度評価法)や「障害高齢者の日常生活自立度」**など、いくつかの評価方法があります。
この日記では病院の中での評価基準を基にしています。
自立1=車椅子で2階フロアは自由に移動できる。
自立2=車椅子で病院の1階と5階のフロアを自由に移動できる。
自立3=杖で2階フロアを自由に移動できる。
自立4=杖で病院の1階と5階のフロアを自由に移動できる。
自立5=杖無しで2階フロアを自由に移動できる。


自立6=杖無しで病院の1階と5階のフロアを自由に移動できる。



【脳梗塞】出版局長 17日間の急性期病院を退院しリハビリテーション病院へ……真夜中でも漏らす前にナースコール!【真柄弘継】連載第2回
リハビリテーション病院の介護士さん(写真:PIXTA)



◆「脳の病気は他人と話すこともリハビリですよ」



男性介護士のK藤さんは、とても謙虚で素直な物言いに好感が持てる好青年。



別の職業を経て介護士となったとのことで、私の話す処世術や経験談を真摯に受け止めてくださる度量の広さ。



私が他の患者さんたちと挨拶したり話したりするのを見ていて、脳の病気は他人と話すこともリハビリですよと教えてくださり、益々とコミュニケーションを図るようになったのである。



もう一人、男性介護士のY井さんは壮年のがっちりした方。



剽軽な受け答えに雰囲気が和む。



どんなに無理なことを言う患者さんにも、軽くいなして悪くなりそうな場の空気も柔らかくしちゃう、言うなれば病棟のムードメーカー。



誰であれY井さんに何かを頼むと、



「はいっ、喜んで!」



と答える姿は安心の存在である。



看護師のA垣さんは、気さくで素敵な方。



見守り期間が終わりナースコールをしなくなった頃の話。



たまたま夜勤のタイミングで挨拶に来られたときに、



「自立してからナースコールをしなくなったから久しぶりですね。最近は見守り期間でお世話になった方々に会いたいですが、そんなことでナースコールするわけにもいかないですよね」



というと、



「気軽にナースコールしてくれていいですよ。夜勤の日は一晩で二回まではOK(笑)」



と冗談で返された。



調子に乗った私は



「なら呼ばないで一晩終えたら、その権利は積み立てで退院まで貯めたら何か特典あります?」



と聞いてみた。



「おりがみなら差し上げますよ(笑)」



と軽く躱(かわ)されてしまったが(泣)





【脳梗塞】出版局長 17日間の急性期病院を退院しリハビリテーション病院へ……真夜中でも漏らす前にナースコール!【真柄弘継】連載第2回
看護師のA垣さんが作ってくれたオリジナル折り紙作品がこれ!今も大事にとってある(写真:自宅にて著者撮影)



追記)他にも素敵な看護師さんや介護士さんがたくさん。
日々の生活の手助けをしてくれたお陰で、長いリハビリ生活も乗り切ることが出来た。



【脳梗塞】出版局長 17日間の急性期病院を退院しリハビリテーション病院へ……真夜中でも漏らす前にナースコール!【真柄弘継】連載第2回
楽しみな入浴タイム!(写真:PIXTA)



◆入院生活、最大の楽しみは月水金の入浴タイム!



リハビリテーション病院での生活で、最大の楽しみは月水金の入浴タイム。



全身を洗ってもらい、湯船を3分味わい、身も心もスッキリとなるのである。



4週間ほどは服の脱ぎ着に、洗体も人任せだった。



そのうち出来ることは自分で行い、左側の洗いやシャワーで流したりをお願いするくらいとなった。



どうしてもカミソリで髭剃りがしたい。



見守り1週間目に作業療法士A塚さんのチェックを受けて合格した。



院内への刃物の持ち込みは禁止。



理美容のカットはハサミでなく、吸い込み式のバリカン。



髭剃りは最初食堂の脇の歯磨き洗面台で、入浴後に済ませていた。



自立1(注) から髭剃りは自分の部屋で朝食後に毎日済ませた。



そして自立度チェックの幾つかの項目を早々にクリアして、7月8日から第一段階(車椅子でフロア内を移動とナースコール不要でトイレに行ける等)の自立1となったのである。





文:真柄弘継





◆第3回「【脳梗塞】緊急入院していなければ、酷暑の夏〝心筋梗塞〟で死んでいたかもしれない !?」へつづく…明後日(7日)配信





【脳梗塞】出版局長 17日間の急性期病院を退院しリハビリテーション病院へ……真夜中でも漏らす前にナースコール!【真柄弘継】連載第2回





◆著者プロフィール

真柄弘継(まがら・ひろつぐ)

某有名中堅出版社 出版局長
1966年丙午(ひのえうま)の1月26日生まれ。1988年(昭和63年)に昭和最後の新卒として出版社に勤める。以来、5つの出版社で販売、販売促進、編集、製作、広告の職務に従事して現在に至る。出版一筋37年。業界の集まりでは様々な問題提起を行っている。中でも書店問題では、町の本屋さんを守るため雑誌やネットなどのメディアで、いかにして紙の本の読者を増やすのか発信している。



2025年6月8日に脳梗塞を発症して半身不随の寝たきりとなる。急性期病院16日間、回復期病院147日間、過酷なリハビリと自主トレーニング(103キロの体重が73キロに減量)で歩けるまで回復する。入院期間の163日間はセラピスト、介護士、看護師、入院患者たちとの交流を日記に書き留めてきた。



自分自身が身体障害者となったことで、年間196万人の脳卒中患者たちや、その家族に向けてリハビリテーション病院の存在意義とリハビリの重要性を日記に書き記す。
また「転ばぬ先の杖」として、健康に過ごしている人たちへも、予防の大切さといざ脳卒中を発症した際の対処法を、リアルなリハビリの現場から当事者として警鐘を鳴らしている。

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