「まさかオレが!? 脳梗塞に!」ある日突然人生が一変。衝撃の事態に見舞われ仕事現場も大混乱!現役出版局長が綴った「半身不随から社会復帰するまでのリアル奮闘日記」。

連載配信前から出版界ですでに話題に!だって名物営業マンですから!



誰もが発症の可能性がである「脳卒中」。実際に経験したものでないと分からない〝過酷な現実と絶望〟。将来の不安を抱えながらも、立ち直るべくスタートした地獄のリハビリ生活を、持ち前の陽気さと前向きな性格でもって日々実直に書き留めていったのが、このユーモラスな実録体験記である!



リハビリで復活するまでの様子だけでなく、共に過ごしたセラピストや介護士たちとの交流、社会が抱える医療制度の問題、著者自身の生い立ちや仕事への関わり方まで。 克明に記された出来事の数々は、もしやそれって「明日は我が身!?」との声も!?  笑いあり涙ありの怒涛のリハビリ日記を連載で公開していく。



第3回は「【脳梗塞の出版局長】緊急入院していなければ、酷暑の夏〝心筋梗塞〟で死んでいたかもしれない !?」



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第3回【脳梗塞】緊急入院していなければ、酷暑の夏〝心筋梗塞〟で死んでいたかもしれない!?



◆半身不随のリハビリ日記を書くきっかけ



①から⑤はこの日記を書くきっかけとなった友人たちへのラインです。



毎日リハビリ以外はすることがなく、一般社会との繋がりがほしくて友人たちへ近況報告をしていたのが始まりです。



その時のラインの文章をそのまま載せます。改行などラインの文章のままです。
8月16日土曜日から日記を毎日書くようになりました。





①7月13日日曜日

こんにちは。



リハビリ病院で日々リハビリしてます。



だいたいのスケジュールは、こんな感じです。



朝4時頃に目覚めて、しばらくぼぉっして、5時から自主練習を1時間みっちり。



6時になったら起床で部屋を出られるので、自由スペースでメールしたり、院内で知り合った人たちと朝の語らい。



7時から食堂で新聞読みなから8時の朝食待機。早いと8時40分からリハビリ始まるので、部屋に戻り歯磨き快便など。



リハビリは1日3時間を20分1単位で18時まで。



月水金はお風呂がリハビリの合間に入ります。



12時にランチ。



リハビリの合間は平日地方競馬、土日中央競馬。



18時夕食。20時くらいまで車椅子でフロアをぐるぐる。



21時頃に眠くなり就寝。



夜中はまだぐっすり眠れなくて、一時間二時間おきに目覚めます。



そして4時過ぎに起きちゃいます。



7月13日で発症から35日、リハビリ病院に転院して20日目。



リハビリは土日と言えど休みはありません。毎日あります。



脳梗塞の入院期間は6ヶ月ほどらしいです。



人生終盤戦で神様からもらった長い夏休みと思って、のんびり、けど日々一生懸命楽しくリハビリしてます。



いまの状態です。





②7月18日金曜日

発症41日目、転院24日目。



みなさん、辛いリハビリ頑張ってと応援してくださいます。
今日はリハビリについてわたしの思いを少々。



リハビリは辛いものというイメージは、どうしてできたのか?



たぶんトレーニングとリハビリを混同してるのでしょう。



トレーニングは更なる高みを目指し鍛えることですが、リハビリは機能停止(壊れたアレコレ)を修復していくのが目的。



だから、鍛えるというより、これまで出来た機能を呼び覚ます運動だから、然程辛くはないと思います。



けれど中にはトレーニングしている気分で辛く感じる人もいるのでしょう。



メンタルな面がポイントかなと思います。



わたしはリハビリで機能停止していた神経や筋肉が目覚めていくのが楽しく、辛いリハビリを耐えて頑張ってるとは決して思っていません。



頑張っているというより、楽しんでると思っていただけると嬉しいですね。





③8月4日月曜日

こんにちわ。



またしても勝手に私のリハビリ生活を一人語りして恐縮です。



実は8月1日に、元旦に救急車で入院した病院へ検査に行きました。



元旦の心臓での入院は、退院してから1月末に検診を受け、4月の検診を最後にあとは薬を近所の病院でもらえば良いとなっていたのですが、4月の検診で先生が念のためもう一度エコーしましょうとなり、8月1日に行きました。



途中、6月8日に脳梗塞になりましたが、リハビリ病院からでも来てくださいと言われたので行ってきました。



1月の時点では将来的にはペースメーカーを入れますとなっていましたが、今回の検査で思った以上に心臓が弱っており早めに心臓ペースメーカーとなりました。



この弱りかたは脳梗塞とは関係ないそうで、振り返ると1月に退院したあとも脳梗塞で入院するまでの間に、毎日歩くだけで息切れしてたので、重い身体を動かすだけで負担となっていたようです。



もし脳梗塞にならず、この酷暑の中を息切れしながら毎日動いていたら、もしかしたら不整脈で心不全となりパラダイスへ旅立っていたかもしれず、なんと運の良いことかと、いつもの自分に都合のよい解釈をしております。



脳梗塞になっても高次脳機能障害もなく、リハビリで健康的に体重も減り、心臓への負担も減って、まさにWinWinな関係です。



と、そんなこと言ってリハビリ頑張りすぎてタヒたらさーせん。‍長々とすみません。



結論としては、脳梗塞になったのは、生半可な気持ちでは治せなかった悪い生活習慣を、しっかりと治す機会を得られて幸運でした。



人生何が起きるか、なんともドラマチックな展開で面白いですね。



それでは、スリムになって再会できるよう、本日もリハビリライフを楽しんできます!



【脳梗塞の出版局長】緊急入院していなければ、酷暑の夏〝心筋梗塞〟で死んでいたかもしれない !?【真柄弘継】連載第3回
リハビリの様子(イメージ写真:PIXTA)



◆リハビリ病院で過ごす患者の半分は「脳疾患」。そのほか病状は様々



④8月7日木曜日

おはようございます!



真柄式朝の自主トレメニューを披露します。



4時起床。



着替えをしてベッドに横たわり、右手首のストレッチ。



次に右腕の筋トレ。



右足の腿の筋トレ。



右側腹筋の筋トレ。



全身の腹筋(両足揃えて身体を起こす)。



股割りストレッチ。



ここまでがベッドの上です。



次にベッドサイドに腰掛けます。



口周りの筋トレ&ストレッチ。



発声&滑舌の筋トレ。



右足の腿の筋トレ。



両手を組んで腕の上げ下ろし。



そのまま正面向いて両腕組んだまま左右に身体を捻るストレッチ。



あとは全身のこわばりをほぐして終了。



1時間ほどで汗だくとなります。



着替えたら、病室の反対側にあるラウンジ(談話コーナーのような場所)で、いまこれを書いているような時間を過ごします。



これが毎日朝のルーティンとなってます。



ストレッチは絶対に欠かすことが出来ず、特に右手右腕は一晩で固くなってしまうので、常に柔らかくなるよう一日中揉んでいます。



また、筋トレは面白いくらい効果が表れます。



いままで絶対に出来なかった、寝た状態で上半身起きるのが、いまは足を振り上げてから振り下ろす起きかたでなく、脚はそのままで腹筋だけで起き上がることが出来るようになりました!



これらの筋トレ&ストレッチは、退院しても続けていけるくらい習慣化させて、毎日必ず実行しようと決意しました!



またしても長々と失礼しました。





⑤8月12日火曜日

こんばんわ!



今回は少しブラックが入ったお話をばいたします。



私は脳梗塞にならなかったら、リハビリテーション専門の病院を知ることはなかったでしょう。



そしてただ知るだけでなく、実際に入院し日々リハビリをすることで快方に向かっていくなかで、リハビリ病院の存在意義を広く知って欲しくなりました。



また実際に入院しているからこそ見えてくる、厳しい現実もあわせて知って頂けたらと思います。



一言でリハビリと言っても患者の病状は様々です。



この病院の患者の半分ほどは脳疾患、いわゆる脳卒中(脳梗塞、脳出血など)ですが、そのほかは脊髄関係の疾患や糖尿病による下肢切断、交通事故をはじめとする様々な骨折、老齢による肉体の衰退など多岐に渡ります。



これらの多種多様な患者が、セラピストによる補助を受けながらリハビリに励みます。



これまで、私の心境や心情をお伝えしましたが、どうやら私のような能天気で前向きな患者は稀有なようで、多くの人はなかなか病気を受け入れられず、誰かを責めることができないけれど、何かに恨み辛みを言う心情の人は少なからずいるようです。



例えば、大声をだすでもないですが、いつも不機嫌な物言いをしたりする人。ずっと車椅子に乗っている生活だからでしょう、自由にならない身体にイライラを溜め込んで、つい看護師や介護士にキツく当たってしまう人もいます。



また脳卒中の後遺症で円滑なコミュニケーションをはかれない人などもいます。



これらの患者に日々接する看護師や介護士、そしてセラピストは常に安定した精神状態を維持しており、とてもメンタルが強い。私は彼らに敬意を抱いております。



だからこそ、そういった心情とは別に、認知症や病気による脳障害の後遺症などがある人たちが集まっているリハビリテーション病院は、健康な人からすれば地獄のような場所であることも否めません。



私は右半身麻痺となりリハビリで回復をはかっていますが、下肢を切断した人は義足を着けねば立ち上がることは叶いません。



この病院に来て知り合った方は、糖尿病で右足の膝から下がありません。
年齢は私より二つ下で、ほぼ同世代です。



彼も車椅子ですがトレーニングルームにあるマシンへの移乗は軽々としたものです。



とてもクレバーな方で、リハビリの合間はマシンで自主トレを、それもとても負荷の多い状態で行っており、腕も健康な脚も筋肉ムキムキなマッチョです。
しかし彼曰く、元々は太ってブヨブヨだった言われますが、いまの姿からは想像ができません。



これから義足を造るそうですが、自分の脚でないだけに、まだまだ続くリハビリの大変さは想像するに難くありません。



ちなみに、私は脚も腕も失ってないので、機能が回復すれば自らの足で歩けて、自らの手で物を持てます。



ですから、彼ほどマッチョになるトレーニングはしておりません。



本当に様々な人たちが、セラピストに励まされ、時にはご機嫌をとられるようにしてリハビリをしています。



どんなに辛くても己の身体を健康なときの状態に限りなく近づける、そのため日々リハビリに取り組んでいます。





◆懸命にリハビリしたその先に身体が元に戻る保障はないけれど…



懸命にリハビリしたその先に身体が元に戻る保障はもちろんありません。



どこまで自分の気持ちに折り合いをつけられるかと悩むこともあります。



しかし厳しい現実を突きつけられながらも何もしなければ治ることは叶わないと思って、自分を納得させ、とにもかくにもリハビリに励もうと思う。そんな人は思っている以上に多くいるようです。



私は、完全回復は無理だと頭では理解していますが、能天気な性格だからか完全の一歩手前くらいは治るんじゃね?と思ってますが(笑)



それらを踏まえて、脳梗塞も交通事故も脊髄損傷も、いつなんどき、その身に降り掛かるか、神のみぞ知る、です。



もしかしたら誰もがお世話になるかもしれないリハビリテーション病院。
医療に関して日本は恵まれています。



一般の総合病院だけでなく、リハビリテーション病院で回復期を過ごせる。そのための制度を知っているか知らないかではその後の人生では雲泥の差です。
だからこそ多くの人たちにリハビリテーション病院を知ってもらいたい。



いつの日か本にして世に知らしめたい!



そして、あわよくばソコソコ売れて儲けたい!



そんな気持ちであります(笑)



またしても長々と失礼しました。



いつもありがとうございます!





文:真柄弘継



(第4回「【脳梗塞】で半身不随に! とはいえ歴史的酷暑とは無縁の快適リハビリ生活」につづく…)





◆著者プロフィール

真柄弘継(まがら・ひろつぐ)

某有名中堅出版社 出版局長
1966年丙午(ひのえうま)の1月26日生まれ。1988年(昭和63年)に昭和最後の新卒として出版社に勤める。以来、5つの出版社で販売、販売促進、編集、製作、広告の職務に従事して現在に至る。出版一筋37年。業界の集まりでは様々な問題提起を行っている。中でも書店問題では、町の本屋さんを守るため雑誌やネットなどのメディアで、いかにして紙の本の読者を増やすのか発信している。



2025年6月8日に脳梗塞を発症して半身不随の寝たきりとなる。急性期病院16日間、回復期病院147日間、過酷なリハビリと自主トレーニング(103キロの体重が73キロに減量)で歩けるまで回復する。入院期間の163日間はセラピスト、介護士、看護師、入院患者たちとの交流を日記に書き留めてきた。



自分自身が身体障害者となったことで、年間196万人の脳卒中患者たちや、その家族に向けてリハビリテーション病院の存在意義とリハビリの重要性を日記に書き記す。
また「転ばぬ先の杖」として、健康に過ごしている人たちへも、予防の大切さといざ脳卒中を発症した際の対処法を、リアルなリハビリの現場から当事者として警鐘を鳴らしている。

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