「まさかオレが!? 脳梗塞に!」ある日突然人生が一変。衝撃の事態に見舞われ仕事現場も大混乱!現役出版局長が綴った「半身不随から社会復帰するまでのリアル奮闘日記」。

連載配信前から出版界ですでに話題に!だって名物営業マンですから!



誰もが発症の可能性がである「脳卒中」。実際に経験したものでないと分からない〝過酷な現実と絶望〟。将来の不安を抱えながらも、立ち直るべくスタートした地獄のリハビリ生活を、持ち前の陽気さと前向きな性格でもって日々実直に書き留めていったのが、このユーモラスな実録体験記である!



リハビリで復活するまでの様子だけでなく、共に過ごしたセラピストや介護士たちとの交流、社会が抱える医療制度の問題、著者自身の生い立ちや仕事への関わり方まで。 克明に記された出来事の数々は、もしやそれって「明日は我が身!?」との声も!?  笑いあり涙ありの怒涛のリハビリ日記を連載で公開していく。



第4回は「半身不随から復活できるのか!?  歴史的酷暑とは無縁のリハビリ生活。とはいえ〝立って歩くこと〟が大困難の巻」



出版局長の明日はどっちだ!?  50代働き盛りのオッサンは必読!



【脳梗塞の出版局長】半身不随から復活できるのか!?  歴史的...の画像はこちら >>



第4回半身不随から復活できるのか!?  歴史的酷暑とは無縁のリハビリ生活。とはいえ〝立って歩くこと〟が大困難の巻



◆杖無しで歩くのはヨチヨチで数歩。直近の目標は車椅子からの卒業



◾️8月16日土曜日



フロア移動が出来る自立2になる。



早速トレーニングルームにあるマシンで新たな自主トレを始めた。
私のヤル気は空回りしがち。



リハビリの時に毎回マシンを10分していたから、いい気になって倍の20分にしたのである。



その結果、翌日は朝から疲れてしまい、本来のリハビリに影響してしまった。



本末転倒このうえない(泣)



さらに疲れは残った。



倦怠感で動けなくなった。



自覚はないけど、やはり焦っていたみたいだ。



なんだかんだオーバーワークになっていたようだ。



発症から一週間ほどでHCU(高度治療室)から一般病棟へ。



さらに17日間で急性期病院からリハビリテーション病院へ。



見守り期間は15日で終えて自立1[注]の移動の自由となる。



そこから約1ヶ月で自立2(フロア移動可)となる。



それで勝手に車椅子の卒業も8月24日(転院から2ヶ月)位を考えていた。



だからか無意識に焦り、そこから疲れがあちこちに出たみたいである。



自分の中で独りよがりなスケジュールが出来ていたのだ。



それが破綻しているにもかかわらず、勝手に一生懸命になり満足していた。



けれど、この事に早く気がつけて良かった。



すぐに切り替え、セラピストさんたちに相談してメリハリのある入院生活へ修正した。



翌日は日曜日。



これからは週一回、日曜日は朝の自主トレとリハビリ以外は、身体を休めようと決めたのだ。





[注]
自立
リハビリの自立度は、**FIM(機能的自立度評価法)や「障害高齢者の日常生活自立度」**など、いくつかの評価方法があります。 この日記では病院の中での評価基準を基にしています。
自立1=車椅子で2階フロアは自由に移動できる。
自立2=車椅子で病院の1階と5階のフロアを自由に移動できる。
自立3=杖で2階フロアを自由に移動できる。
自立4=杖で病院の1階と5階のフロアを自由に移動できる。
自立5=杖無しで2階フロアを自由に移動できる。
自立6=杖無しで病院の1階と5階のフロアを自由に移動できる。





◾️8月17日日曜日



リハビリテーション病院に転院して54日目。



発症してからは71日目となる。



一般的な回復期と言われるのは発症から3ヶ月。



リハビリでのトレーニングが始まってからの90日と捉える人もいる。



私も自分に都合よくカウントすることにしている。



そうすると回復期は残り40日ほどで、9月22日辺りが目安となる。



今現在の状態は足は杖を使って歩けるようになった。



距離は100メートルほど。



立ったり座ったりは自力で出来る。



杖無しで歩くのはヨチヨチで数歩。



歩幅は1センチ程度で、一人歩きを始めた赤ん坊よりヨチヨチである。



直近の目標は車椅子からの卒業。



そのためのチェック項目の中で最大の難関は、安定的に杖で歩けること。



今週はその為の筋トレと訓練に全力で取り組んでいる。



右手のほうはまだまだ時間が掛かりそうだ。



最初はピクとも動かなかったのが、右腕も上がるし、肘も曲がるし、掌(てのひら)を握ることは出来る。



けれど難しいのは、指を開いてパーをすること。



これを出来るように、リハビリの時間はいまもっとも注力している。



リハビリが始まって毎日自主トレも欠かさず、そのせいか疲れは溜まっていたようだ。



腸がくたびれたのか、先週の水曜日から下痢が治らず。



お腹は痛くないのだが、便意が短い間隔でくる。便座に座ると軟便ばかり。
ひどい時は2時間おきにトイレへ行く。



食事は三食残さず食べている。



けれど胃で消化しても大腸が水分を吸収しきらず、軟便となっているのだろう。
まずは、通常の快食、快眠、快便に戻したい。



ここで大腸のためにリハビリを休む訳にはいかない。



多少自主トレをセーブしつつ、リハビリはしっかりと取り組んでいくしかない。



リハビリは午前中二つ目が終わってから昼ご飯までベッドで横たわり休息。



午後一つ目のリハビリも部屋でストレッチだけ。



3時半までベッドで休息。



最後のリハビリでは、少し歩いてから疲れ具合をみてもらう。



緊張が高まった筋肉を解(ほぐ)してもらい、負荷の少ない運動で整えてもらった。



お陰で、かなり身体が楽になった。



今夜は早く就寝して、明日の朝までゆっくりと休もうと思う。





競馬は中京記念が当たり、万馬券を久しぶりに手中に納めた。



安田記念で得た11万円は減ってはいるものの、まだまだ馬券は買える。



地方競馬の軍資金2万円は底をついた。



中央競馬の軍資金は万馬券のお陰で少し回復した。



【脳梗塞の出版局長】半身不随から復活できるのか!?  歴史的酷暑とは無縁の快適リハビリ生活。とはいえ〝立って歩くこと〟が大困難の巻【真柄弘継】連載第4回
リハビリのイメージ(写真:PIXTA)



◆連日の下痢や疲労困憊で夜勤の看護師さんに弱音を吐く



◾️8月18日月曜日



身体を休めた結果、昨日の午前10時から便意も軟便も治まった。



しばらく出なかったオナラが復活。



放屁が出来る安心感に身を委ねる。



足の疲労具合は自分では判断できず、今日のリハビリで確認をするしかない。



昨夜は早く眠るつもりでベッドで横たわっていた。



夜勤の看護師さんが見回りにきた時に、下痢や疲労困憊について話す。



毎日のルーティンも大切だけど休息はもっと大切と言われてしまった。



焦っていないつもりが、いつの間にか焦っていたのだ。



話すことで気持ちが楽になった。



19時にトイレで小用を足し20時頃までうだうだ。



いつの間にか寝ていた。



4時には起床して着替え。



朝の自主トレが終わると、負荷は減らしても汗はいつも通りグッショリ。



着替えを済ませて濡れた衣服一式を洗濯籠に放りこみに車椅子でパタパタ移動。



すぐに部屋に引き返してから、スマホを持ってラウンジへ。



ラウンジとは大部屋の患者さんが面会者と話す場所。



他の患者さん(私のような)たちがスマホの電波を求めてきたりする場所でもある。



Wi-Fi事情は超絶悪い。部屋での電波が安定せずに困り果てた人は、ラウンジを利用している。



私は7月8日以降、毎日欠かさずにラウンジへ行っている。



ラウンジでは早起きのメンバーと世間話で会話のリハビリを。



初めてラウンジに来た時、S原さんとS田さんが語らっていた。



私は二人が退院するまで、毎日語らっていたのであった。



先にS原さん、次にS田さんが退院して一人になった日。



今度は入院した日が同じだったK宮さんが現れ、以降は今日まで語らっている。



K宮さんは9月2日に退院とのこと。



喜ばしいことだが、少しだけ寂しく感じるのは否めない。



6時を回るとラウンジから食堂に移動。



8時の朝食まで自室と食堂を行ったり来たり。



7時に届く朝刊に目を通したり、この日記を書いたり。



リハビリのスケジュールは日によって全然違う。



今日は朝イチの8時45分から1時間。



早めに朝食を終えて歯磨き髭剃り、そして快便を済ませて備える。



今日のスケジュールは午前中二つ、足と手。





午後二つ、足と足。



昨日の疲労も抜け、足も軽くなっている。



しかし一日休息で運動量をセーブしたことが影響していないか一抹の不安を覚える。



最初は足、所謂、理学療法士のセラピストさんが寄り添ってくれてトレーニングルームを歩く。



ちなみに今回のセラピストさんはメイン担当のO本さん。



ストレッチは重要だ。



しっかりと解(ほぐ)してもらわないと筋肉に疲労が溜まり筋緊張が高まってしまう。



ちょっとしたことで脚が痙攣を起こしてしまうのだ。



足の次に手。今日はこちらのメイン担当は作業療法士のA塚さん。



指を開いたり閉じたりを機械の力を借りて行う。



リハビリの時間は40分でも機械の装着やらで実質20分くらい。



指の開いたり閉じたりを繰り返す。



12時に昼食となり15分ほどで終える。



ちなみに健康な時なら三口で終わる分量。





午後は最初に入浴。



いつもなら自主トレでトレーニングルームにあるマシンをするのだが、本日までは自粛。



午後の足のリハビリが二つ。



最初は初対面のセラピストさん。



身体の状態を確認してから、それに見合った運動を行う。



最後のリハビリは右足への負荷の高い片膝立ち。



10秒以上を目標に5回行う。



健康ならなんでもない動作も、今の身体にはとてもハードルが高い。



5回で息が上がってしまう。



その為、最後に入念なストレッチをしてもらい、本日のリハビリは終了。



18時の夕食を終えてから、電波の良いラウンジで動画や競馬中継を観て過ごすのが日課になっている。



スケジュールを確認したら、会社へ翌日のグーグルミーツでの打ち合わせ可能な時間をメール。



いくつか連絡をしたら部屋に戻る。



面会終了予告の放送を聞いてトイレを済ませて、シーパップを装着したら、あとは睡魔に身を任せるのであった。





◆脂こってりのステーキや焼肉、パンケーキは一生分どころ二生分は食べた



◾️8月20日水曜日



このリハビリテーション病院では、毎年夏に院内でお祭りを催すらしい。



だがコロナ禍以降、去年まで開催できずにいたそうだ。



たまたま夏のこの時期にコロナが流行ったりして、やむなく中止だったそうだ。
今年は実に5年ぶりの開催となった。



言語・聴覚の担当A藤さんは夏祭りの実行委員。



今年も中止になったらと心配していたので、無事に開催されてなによりである。



院内の雰囲気も普段とは違う感じで、飾り付けなどで夏祭りらしさが増していた。



午前中は食堂で団扇作りをされており、女性陣が数人二つのテーブルに分かれて作業をしていた。



入院してからよく話す知り合いの患者さんたちに出来映えを聞くと、みなさん満足されていた。



このような催しは長く入院している方々に、ひとときの憩いを与えるのだと思った。



午後が本番。



ノンアルコールビールやサワー、ジュース、そして目玉はかき氷が提供されていた。



お酒が好きで病気になった人や、病院の食事では味わえない甘味を楽しむ患者さんで賑わっていた。



トレーニングルームでは、ヨーヨー掬いや、輪投げなど、縁日風の演出で盛り上がっていた。



私は甘味に制限はないが、自らに課した戒めがあるから、丁重にお断りした。



脂こってりのステーキや焼肉。生クリームたっぷりのパンケーキやアイスクリームを一生分どころ二生分は食べたから、さほど執着心はない。



甘味については、病気になって生活習慣を改善しているのだから、ここで気を緩める訳にはいかない。



元の生活に戻ってから自制心が保てるわけがなく、だからこそ今回はぐっと我慢であった。



心臓のペースメーカーも入れて、体重も落として、血圧も安定させたら、100%果汁の林檎ジュースをお猪口で味わいながら飲む。



この目標のためなら、禁欲生活も悪くないものだ。



15時過ぎには夏祭りも終わり、普段の日常が戻ってきたのであった。





◾️8月21日(木)~23日(日)



13日から軟便が続いていることは開き直った。



どこまで続くのか逆に楽しむ気分だ。



これで更に体重が減ったらスリム化計画も捗るなどと、呑気に考えていた。



頭と気持ちを切り替えたら、なんだかモヤモヤした気分も晴々としたものとなった。



自主トレも自分勝手なトレーニングでなく、身体に最適な運動をセラピストさんたちに教わる。



そのメニューに素直な気持ちで取り組めるようになった。



そんな心境を知るはずもない理学療法士のメイン担当O本さん。



なんと階段の昇り降りを提案されたのだ。



まさか階段なんてずっと先の事だと思っていた。



予想外の展開にウキウキしちゃった。



階段のある場所は、患者が勝手に入れないように罠のごとき鳴子が仕掛けられている。



私には禁断の領域の一つである。



そんな禁断の領域に軽々と入り、階段の下から上を眺めたら、行けるか?行けるな!となった。



まずは3段、元気な足から踏みしめるよう上がり、そこに揃えるように麻痺の足を上げる。



こうした3段上がると、今度は下りは麻痺の足から降ろして、そこへ元気な足を揃えて無事に昇り降りが出来た。



次に段差を交互に上がるとなり、元気な足から麻痺の足を一段上に上げると、意外といけたのである。



それで終わりかと思っていたら、



「どうです、踊り場まで行けそうですか?」



そう言われたら行くしかないでしょう!



元気な足から踏み出し、同じその段に麻痺の足を乗せ、一段一段昇ったのだ。
昇りきると踊り場の手摺りまで1メートルほど捕まるところがない!



はてどうしたものかと一瞬考えたが、ここも行くっきゃないでしょ!



ヨチヨチ歩きで向かい側の手摺まで歩いたのだ。



手摺りに掴まったところで背中を壁につけて休み、気分はこれ以上は昇るのは無理、降りるのはどうだろ?であった。



壁に凭(もた)れながらセラピストさんに、「いまここでギブアップしたら担いで降りるのに応援三人くらい呼ばないとね」なんて冗談で言うと、



 「降りられませんか!?」



O本さんが真顔でひきつっている。



こりゃマズイなと



「冗談冗談、大丈夫ですよ」



と余裕綽々な態度で深呼吸しなが体勢を整えた。



手摺に掴まりながら下り階段の前に移動。



結論から言えば降りるのは昇りの何倍も大変だった。



まず麻痺の足から降ろすのだが、コントロールが上手く利かない。



足の着き場所が悪いと踏ん張りが利かず転倒の恐れがあるのだ。



慎重に足を降ろすも、左足を曲げながら踏ん張り、左手も手摺に力一杯掴まり、そんな状態で降りて行くので、降りきった時は精魂尽き果てた。



ただの階段の昇り降りは、半身麻痺の身には想像を絶する困難さであった。
エスカレーターがあるから足が不自由でも大丈夫と思っていた。



けれどエスカレーターのほうがもっと困難で危険なことに思いが至った。



【脳梗塞の出版局長】半身不随から復活できるのか!?  歴史的酷暑とは無縁の快適リハビリ生活。とはいえ〝立って歩くこと〟が大困難の巻【真柄弘継】連載第4回
イメージ写真(PIXTA)



◆新たな禁断の領域へーー車椅子の身には、果てしなく遠い場所



次の日も新たな禁断の領域へ。



5階は外の屋上へ出られるトレーニングコースになっている場所だ。



歩く練習がメインだから車椅子の身には、果てしなく遠い場所であった。そこを杖を使って歩いたのだ!



限りなく外の道を模して作られたトレーニングコースだけに、凸凹で歩きにくさマックス。



その中でも比較的平坦な場所を歩いた。



屋内のトレーニングコースと大差なく歩けたのは嬉しかった。



更に部屋の中を杖で歩くのが許可されるかを見極める準備段階となった。



これまでトレーニングルームで直線を何度も歩く練習をしてきた。



一周するのに4つの広くゆったりしたコースがあるから歩きにくさはない。



反対に室内は小回りばかりで、トレーニングルームみたいな訳にはいかないのである。



バランスを崩さず、身体がふらつかないで部屋の中を移動出来るかを見極められるのだ。



このチェックを複数のセラピストさんにしてもらい、全員の許しが出て初めて合格となる。



早々にセラピストさんにチェックを受け、大丈夫との判定をもらった。



月曜日から本格的にチェック。



杖で部屋の中を移動できるだろうか?



気を引き締めて次なる段階に胸を踊らせている(笑)





◾️8月25日月曜日



日曜日は朝の自主トレとリハビリ以外は休みとした。



今日は身体が鈍ってないか心配。



最初は足のリハビリ。



久しぶりに入ってくれたセラピストさんに、



「まずは歩き方を見せてもらいます」



と言われ車椅子から立ち上がり一歩踏み出した。



あら? なんだか思いどおりに足を着けた!



ホンの数歩だけど、真っ直ぐに進めたのであった。



この後はバランスの練習。]



人間はいかに無意識に身体のバランスをとっているのか、今更ながら思い知った。



足を前後に置いて前に後ろに重心。



これだけの動作で息が上がってしまうのである。



麻痺した足と手を動かす練習は、どれほど困難なことなのか、なってみないと分からないものだ。





二つ目は手の練習。



手に神経の動きを電機信号で読み取るMELTz(メルツ)[注]という機械を着ける。



物を掴んで離すのだが、最近は腕の中の神経がしっかり動きをだしているようだ。



その信号をキャッチした機械が動きを補佐するのだ。



視覚的にも動きが分かり、開くときはグラフが緑となり、掴むときは青になる。
メルツを着けた最初の頃は青ばかりで、正直緑になるとは全然思えなかったのだ。



リハビリテーション病院に来て2ヶ月。



まだ自分の手の筋肉の力では指の開きは出来ない。



だが神経は生きている。



機械が助けてくれて握ったり開いたりできるようになった。





[注]
MELTz(メルツ)
MELTz(メルツ)は手指の運動機能回復に特化したロボットリハビリテーション機器です。 AIが筋肉の電気信号を分析し、患者さんが行おうとしている動きを認識することでスムーズな手指の運動をロボットによってアシストします。 正しい手指の運動を繰り返すことで、脳神経系による運動の再学習を促進します。



三つ目も手のリハビリ。



今度は腕の筋トレをベッドに仰向けに寝ながら行った。



ベッドに横たわり、そのまま右腕を真っ直ぐ上に伸ばす。



そこで止めて10秒。



伸ばしたときとは反対にゆっくり降ろす。



これを10回。



次は仰向けで腕を伸ばした状態で手首から上で小さく円を描く。



これまた難しくて手首から先のコントロールが効かず、カクカクとしか円を描けなかった。



最後に伸ばした腕を肘を曲げて指先で鼻を触る。



5回したら息が上がってはぁはぁとなった。



寝ながらの練習なのに前身に力が入って、特に左腕がなぜか痛くなってしまう。
最後は左腕をマッサージしてもらった。



セラピストさんから、



「左腕はストレッチしてます?」



と聞かれ、「マッサージも入院(6月8日)してから初めてかも」



と答えたら、



「あちこちコリコリになってますよ」



と言われ、左腕頑張ってるなと感動したのである。



最後は足のリハビリ。



バランスの練習や歩く練習。



残り時間でストレッチをしっかりしてもらい終了。



リハビリの空き時間はマシン。



今週から時間を5分から10分に延ばして踏み込む。



部屋でも新しく脚の振り出しの練習をする。



週始めからたっぷりとリハビリをしたのであった。



【脳梗塞の出版局長】半身不随から復活できるのか!?  歴史的酷暑とは無縁の快適リハビリ生活。とはいえ〝立って歩くこと〟が大困難の巻【真柄弘継】連載第4回
リハビリの様子(イメージ写真:PIXTA)



◆目が飛び出るほど痛いリハビリがこれだ!



◾️8月26日火曜日



今日も朝の自主トレを終えるとエンジンがかかり、リハビリに向けて体勢が整った。



スケジュールは午前中だけで、腕、足、足の三つ。



腕は掌を上にむけるためのストレッチ。



これが目が飛び出るほど痛く、リハビリを始めてこんなに辛いことはなかった。



腕を捻られてる間、呼吸をするのが精一杯で、普段の軽口どころではなかった。
いつ終わるのか、そればかり考えていた。



しかし終わると腕の筋肉が伸びたのか、不思議と痛さは消えている。



掌も上を向いて開いてるじゃありませんか!



嬉しい気持ちと、精魂尽き果てた気分とでヘロヘロであった。



足のリハビリは今回もバランスから始まった。



これも不思議と手摺を掴まなくてもふらつくこともない。



セラピストさんから腰回りの筋肉に力がつきましたねと褒められた。



そのまま装具無しで杖を使って歩く。



これも先週は出来なかった足のつき方が良くなっている。



三つ目の足の時間はトレーニングルームを3周しても息が上がらない。



どうやら少しづつではあるが体力も向上しているようだ。



自主トレでマシンの時間を増やした。



身体は疲れているが、昨日もそうだが肉体疲労で寝つきが良い。



腹の具合も一昨日から軟便から普通に治っており、この調子が続くことを願うばかりである。





◾️8月27日水曜日



今日は次なる自立3(フロア内を杖で移動)に向けてのチェックが始まった。



チェック項目を三人(看護師・介護士・セラピスト)に確認してもらうのだ。



この自立チェックを受けて合格したら、病院の点灯時間6時~消灯22時の間は部屋の中をトイレに行ったりパソコンの置いてある机への移動に車椅子を使わなくてもよくなるのだ。





ここで病室についてご説明しよう。



病室は特室(税込11000円)の個室を筆頭に、個室A(税込7700円)、個室B(税込5500円)、個室C(税込4400円)、二人部屋(税込3300円)、そして部屋代不要の四人部屋となる。



特室と個室Bにはトイレ(特室には風呂も)がついているが、他は共同トイレとなる。



共同トイレは左麻痺用と右麻痺用がある。



無理を言って個室Bにしてもらったが、下痢になり何度もトイレへ行った身としては、専用トイレのあることの大切さがわかった。



個室Bはベッドと机、椅子、棚が二つ、ソファ、丸テーブル、洗面台とトイレで、広目のワンルームといったところ。



室内もトイレも車椅子で移動ができるようになっている。



杖だと部屋の中は小回りが多いので、逆に難しい。



それでも部屋で杖を使って歩くことは、トレーニングルーム以外の歩行訓練となるのだ。



この自立3に向けてのチェックと合わせて、装具のオーダーメイドを申し込んだ。



装具は歩く距離が延びた時に足首の動きをサポートするのと、疲れなどからくる痙攣を防ぐ効果がある。



トレーニングルームで装具無しで歩くと、足のつき方で筋の緊張が高まり痙攣を起こし歩けなくなることがある。



クローヌス[注]という名称だが、必要以上に力が入ると筋肉に痙攣が起こるのだ。





[注]
クローヌス
クローヌスとは、自分の意思とは関係なく筋肉が反復的に収縮と弛緩を繰り返す異常な運動現象のことです。通常であれば、腕や足などの筋肉は意識的にコントロールできますが、病気やケガにより脳や脊髄などの中枢神経系に障害が起きるとコントロールが難しくなります。



装具はそれを防いでくれる。



無駄な力で変な筋肉が痙攣しないことで、本来の筋肉を鍛えることができる。



オーダーメイドで10万円ほどするが、社会保険3割負担分以外は手続きをして戻ってくる。



実質3万円となる。



この装具が出来て、歩きのチェックが合格すれば、フロアを杖で歩く(自立3)ことが許されるのだ。



自立2までくるのに1ヶ月半ほどを要したが、来月半ばまでには自立3となりたい。





◆杖を使って元気に歩く姿を目の当たりにして…



◾️8月28日木曜日



オーダーメイドの装具を作る前に、どれがぴったりフィットするのかを、トレーニングしながら探してみる。



私の現在の歩き方をみて、さらに先々の歩き方を想定して、これが最適じゃないかというのをセラピストさんと検討。



一日では決められないので、しばらく試行錯誤しながら決めることになった。



そうこうしていると、部屋の中での杖を使っての歩行が許された。



一人のときに恐る恐る歩いてみた。



これまでは広いトレーニングルームで、常に傍にはセラピストさんがいた。



部屋の中を一人歩くのは、正直言って怖かった。



それでも自立4に向けての第一歩だ。



意を決して踏み出したら、早速バランスを崩し、危うくインシデントレポートとなるところであった。



中途半端な心の躊躇いで足に力が入らなかったのだ。



けれども深呼吸して仕切り直して踏み出したら、トレーニングルームと同じように歩けたのである。



トイレに歩いて行き、すっきりとしてベッドへ戻ったら、じんわりと嬉しさがこみ上げてきた。



発症82日目、転院65日目に誰にも見守られずに歩けた(杖は使うが)のであった。
右半身麻痺で完全に半身不随から、どうにかこうにかここまで回復したのである。



リハビリの合間で自主トレでマシンへ行く。



1ヶ月ほど前に退院された方がおり、名乗って思いきって話しかけてみる。
同じ右麻痺であった。



A山さんといい、いまは週1回通院リハビリをしているそうだ。



この方は、食事中に右手が動かなくなり、そのまま意識を無くして緊急搬送されたとのこと。



脳出血だったそうで、3月にリハビリテーション病院に転院。



高次脳機能障害がなく5ヶ月での退院だったそうだ。



いまは杖を使ってはいるが、バスを使って通院できるまで回復されていた。



私の回復具合を話すと、A山さんも転院時は同じような状態だったようで、



「頑張って自主トレされてるんですね」



と褒められた。



同じような疾患の人が、杖を使って元気に歩く姿を目の当たりにして、とても勇気づけられた。





◾️8月29日金曜日



病室の中での杖を使った移動ができるようになった。



朝の自主トレが終わりラウンジでの語らいを終えたら、これまでのような食堂と病室を行ったりきたりするのを止めた。



その時間を距離にしたら6メートルほどだが、部屋で何度も往復して歩く練習を始めた。



リハビリの合間も1階のマシンと部屋の歩きとで、かなり時間を有効に使えるようになった。



部屋の中で歩きの練習が出来るのは、自主トレのメニューが一気に豪華になった感がある。



あとは装具を作って、車椅子を卒業できたら、ひたすら廊下(距離にして100mほど)を歩くのみ!



そんなことを考えながらトレーニングルーム一周をサクッと歩く。



午後一番目のリハビリでも一周歩き、筋トレやストレッチもして、しっかりと足を鍛えたのだ。



極めつけは最後の足のリハビリ。



16時からトレーニングルームが使えないと、二階の廊下で少し歩きを練習。
残りは病室でストレッチのため戻ることに。



冗談半分で、



「廊下の端に車椅子を置いて部屋まで歩いて戻りませんか」



と返したら、あっさり了承されてしまった。



引くに引けず思いきって歩き出した。



廊下は直線で70メートルほど。



装具も着けてない状態では歩いたこともない。



けれども朝から病室で何度も往復歩きをしている。



次の自立4になったら食堂まで歩いて行くのだ。



意を決して踏み出したのだ。



途中、他の患者さんとセラピストさんが部屋から出てきた。



一時停止して先に行ってもらう。



その後ふらつくこともなく自分の病室まで歩けた!



それもトレーニングルームのように装具をつけることなく辿り着くことが出来たのだ!



ベッドに腰掛けセラピストさんに車椅子を取ってきてもらった。



さすがに車椅子へ歩いて戻るのは無理であった。



ベッドでしっかりとストレッチで強ばった筋肉を解してもらい、一日が終わったのである。





◆6月24日のリハビリテーション病院への転院から69日目



◾️8月30日土曜日



ラウンジでの語らいタイムを終えたら、病室に戻って杖を使って部屋の中を往復を10回。



休み休み繰り返した。



途中、7時に新聞を読みに食堂へ行き、読み終えたらまた戻って歩く。



いままで持て余していた時間が、実践的な自主トレの時間となり、リハビリ開始までの時間がもっと欲しくなった。



午前中は手と足のリハビリ。



手は筋トレのレパートリーが少なく悩んでいたが、右腕を使っての筋トレとストレッチを覚えたので、明日の朝から早速始めることにした。



足のリハビリでは以前試して出来なかったマシンが出来るようになっていた。
しばらくはリハビリ内で操作など覚え、再来週から自主トレに組み込む予定だ。
午後は指をメルツを使って開いたり握ったり。



食事のときに出るおしぼりを右手の人差し指と親指で摘まんでビニール袋から引っ張り出す練習をしている。



摘まんで引っ張り出すことは出来るのだが、それを離すことが出来ないのだ。
この動作の練習にメルツを使っている。



メルツでは掴んで離すが出来るようになっており、自分の指だけで出来る日も遠くはないんじゃないか。なんて呑気に考えている。



最後の足のリハビリで、二つの装具を比較。



トレーニングコースをそれぞれ2周して比較。



二つ目の装具は1周半でクローヌスが出て終了。



それでも連続では最長距離となり、疲労感もさほど感じることなく終えることができた。



部屋での歩きの練習も早速効果が出ているのか、確実に体力はついてきているのを実感。



マシンも2回の自主トレをやり終え、部屋での歩きの練習と、リハビリの歩きの距離とで本日も身体を鍛えることができた。





◾️8月31日日曜日



週1回の休息日。



朝の自主トレとリハビリ以外はのんびりと競馬の予想や観戦で終える。



朝一番の中京第1レース、7番人気の単複と3頭へ馬連三連複を総額1000円で購入。



7番人気の馬がグングン伸びてきて、



「そのまま!そのまま!」



と叫ぶもゴール直前で交わされ2着。



複勝、馬連、三連複が当たり5300円が戻ってきた!



最終的には3000円の軍資金が6260円になった。



8月の競馬の収支は万馬券もあったから、プラスで終えたのではなかろうか。



明日からは9月になる。



6月24日のリハビリテーション病院への転院から69日目。



入院期限の150日はまだ半分以上残っている。



まだまだ回復具合が進むのは間違いない。



次なる段階に進んでいこう。





文:真柄弘継



(第5回「【脳梗塞の出版局長】病院では転倒に一番気をつけている。
もし転倒したらインシデントレポートだ!」につづく…)



◆著者プロフィール

真柄弘継(まがら・ひろつぐ)

某有名中堅出版社 出版局長
1966年丙午(ひのえうま)の1月26日生まれ。1988年(昭和63年)に昭和最後の新卒として出版社に勤める。以来、5つの出版社で販売、販売促進、編集、製作、広告の職務に従事して現在に至る。出版一筋37年。業界の集まりでは様々な問題提起を行っている。中でも書店問題では、町の本屋さんを守るため雑誌やネットなどのメディアで、いかにして紙の本の読者を増やすのか発信している。



2025年6月8日に脳梗塞を発症して半身不随の寝たきりとなる。急性期病院16日間、回復期病院147日間、過酷なリハビリと自主トレーニング(103キロの体重が73キロに減量)で歩けるまで回復する。入院期間の163日間はセラピスト、介護士、看護師、入院患者たちとの交流を日記に書き留めてきた。



自分自身が身体障害者となったことで、年間196万人の脳卒中患者たちや、その家族に向けてリハビリテーション病院の存在意義とリハビリの重要性を日記に書き記す。
また「転ばぬ先の杖」として、健康に過ごしている人たちへも、予防の大切さといざ脳卒中を発症した際の対処法を、リアルなリハビリの現場から当事者として警鐘を鳴らしている。

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