「まさかオレが!? 脳梗塞に!」ある日突然人生が一変。衝撃の事態に見舞われ仕事現場も大混乱!現役出版局長が綴った「半身不随から社会復帰するまでのリアル奮闘日記」。
誰もが発症の可能性がである「脳卒中」。実際に経験したものでないと分からない〝過酷な現実と絶望〟。将来の不安を抱えながらも、立ち直るべくスタートした地獄のリハビリ生活を、持ち前の陽気さと前向きな性格でもって日々実直に書き留めていったのが、このユーモラスな実録体験記である!
リハビリで復活するまでの様子だけでなく、共に過ごしたセラピストや介護士たちとの交流、社会が抱える医療制度の問題、著者自身の生い立ちや仕事への関わり方まで。 克明に記された出来事の数々は、もしやそれって「明日は我が身!?」との声も!? 笑いあり涙ありの怒涛のリハビリ日記を連載で公開していく。
第9回は「車椅子から脱却し、自力で歩くことの嬉しさとキツさと言ったら……リハビリの本質は自主トレの継続!?」
出版局長の明日はどっちだ!? 50代働き盛りのオッサンは必読!
第9回車椅子から脱却し、自力で歩くことの嬉しさとキツさと言ったら……リハビリの本質は自主トレの継続!?
◆リハビリテーション病院には高齢者がわんさか
■9月15日月曜日
この日記はラインで友人たちへ送信しており、たまに感想をもらえると嬉しいものだ。
既読はつくけど読んでいるかは不明な友人も。
今のところ未読スルーは一人もいないから、送られて迷惑になっていないと、自分勝手に解釈している。
このリハビリテーション病院には高齢者がわんさかいる。
だからといって、本日は敬老の日でも祝ってもらったりということはない。
頭のしっかりとした高齢者も認知が低下した高齢者も、みな等しくリハビリをするのみである。
休息日明けで自主トレもリハビリもしっかりと負荷をかけていく。
今日は珍しく足一つに手が三つ。
足はトレーニングルームを4周して部屋に戻って自立チェック[注]のための準備。
手はメルツ、腕はストレッチ、最後は全身ストレッチで終える。
入院患者さんたちがガラリと入れ替わり、このところは日記を食堂で書いて時間をやり過ごしている。
食事の時間は隣のN村さんと四方山話をしている。
リハビリの合間のその他の時間は寡黙な男だった。
夕食を終えて食堂で日記を書いて、翌日のスケジュールを確認したら、部屋に戻って就寝。
[注]
自立
リハビリの自立度は、**FIM(機能的自立度評価法)や「障害高齢者の日常生活自立度」**など、いくつかの評価方法があります。 この日記では病院の中での評価基準を基にしています。
自立1=車椅子で2階フロアは自由に移動できる。
自立2=車椅子で病院の1階と5階のフロアを自由に移動できる。
自立3=杖で2階フロアを自由に移動できる。
自立4=杖で病院の1階と5階のフロアを自由に移動できる。
自立5=杖無しで2階フロアを自由に移動できる。
自立6=杖無しで病院の1階と5階のフロアを自由に移動できる。
■9月16日火曜日
連休明けの朝は曇天の空。
病院の中は空調が整っているから、テレビで蒸し暑い朝ですと言われてもピンとこない。
どちらかといえば院内はひんやりした朝だもんな。
毎日午前4時頃に訪れる便意が、なぜか今日はまったくない。
朝御飯を食べたら出るかなと思ったけど、9時になってもない。
先月は下痢がしばらく続いたけど、今度はなにかな?
リハビリの時間に催さなければよいのだが、出物腫れ物ところ構わずでは困ってしまうからね。
靴が届いたから早速ではあるが自立のチェックを受ける。
まずはセラピストさん。
部屋の中から廊下に出て、一番遠いラウンジを通ってから食堂へ。
そこで自席へ行って椅子の出し入れ。
もちろん着席も。
そこから雑誌ラックへ行き、一冊手に取って再び自席。
そして雑誌を戻したら部屋に戻ってベッドに腰かけたら終了。
間髪入れずに看護師さんと介護士さんにも同じ動作をチェックしてもらう。
安全確実な歩行で三人から合格をもらう。
ちなみに、いまでは歩きながら気軽な会話もできるようになった。
道中看護師さんと介護士さんと入院当初の思い出を語らいながら歩いた。
介護士のE原さんからは
「何千人と自立チェックの付き添いをしてきたけど、ベスト3に入る綺麗な歩き方だわ」
と絶賛され、どちらかといえば辛口な方だけに気分は最高(笑)
今夜22時から明日の5時までに、自室でのトイレ移動のチェックを三人から受けて合格したら、24時間自室の中は杖で移動が可能となる。
1階と5階へも杖で行ける自立4まで、あと少しだ。
この結果は明日の日記で明らかとなる!
◆発症から102日間は車椅子で座りながら移動していた日々
■9月17日水曜日
現在朝の5時45分。日記なのに朝から早々に書いている。
昨夜の22時から明け方の4時の間で、三回の自立チェックを無事にクリアした。
7月8日に車椅子で移動が自由になった日から毎日訪れたラウンジ。
車椅子で来るのは今朝が最後となるかと思うと、一歩確実に前進した高揚感とともに嬉しさがこみ上げてくる。
今日のリハビリの予定で朝一番に足の担当O本さんが入ることになっている。
その時にチェックシートを渡せば、早ければ夕方には2階を杖で歩けるようになるのだ!
朝一番の足のリハビリで屋上のトレーニングコースを歩きに行った。
階段、砂利道、スロープとふらつくことなく無事にクリア。
午後一番の足のリハビリでは階段の昇り降り。
以前のような下りで左足が痛むことなく昇降でき、セラピストさんが驚いていた。
手は二回ともメルツ。
指を広げることに全力!
午後2時から2階を杖を使って自由に歩けるようになった。
早速リハビリへも杖で歩いていった。
昨夜の夜中の自立チェックや、自立初日で2階を歩いたからか、いつも以上に疲れた。
5時に食堂へ行きのんびりと夕御飯を待ちながらスマホでラインをしたりコミックを読んだり。
夕御飯が済んだら廊下を歩こうと思っていたが、車椅子で座りながらの移動と違い、常時立ちっぱなしは想像をはるかに超えて疲れるものだ。
それでも一晩寝たら体力も身体の機能も、今日より良くなっているはず(これまで全部で経験)。
ご飯をしっかりと嚙んで食べ、睡眠を可能な限りとり、明日のリハビリに備えるのだ。
■9月18日木曜日
いつものように午前4時過ぎから自主トレをして、汗で濡れた服を洗濯物として篭へ運ぶ。
これまでと最大の違いは車椅子でなく歩いていったこと。
一度部屋に戻り首からスマホをかけてラウンジへの100メートルほどを歩いた。
実に朝から素晴らしく効率の良い自主トレだ!
なぜ効率が良いのか?
歩くだけなのにトレーニングとなるからである。
これからは体力増強は歩くことで可能だから、リハビリは筋肉増強(左足も)マシンへとシフトしていくことをセラピストさんと相談して決めた。
歩く=自主トレとなり、時間を無為に過ごすことがなくなる。
私としてはとても喜ばしく嬉しい。
今日からタイムトライアルで部屋からラウンジをまわって食堂までの歩いた時間を記録していく。
朝イチは身体も軽快だから、何周か歩いた後の歩きでタイムトライアルとする。
初日の今日は5分。
来週の木曜日にどれくらいになっているのか?
時間短縮=回復だから楽しみだ(笑)
さて、昨日までと今日とで大きく変わったことがある。
これまで発症から102日間を車椅子で座りながら移動していた。
立ちっぱなしとなり、疲れかたが想定以上に増えたのだ。
朝起きてからトイレとベッドに腰かける時と、食事のとき以外は立っているのである。
もちろん所々にある椅子に腰かけて休むことはある。
だが基本は立っている時間の方が格段に多い。
健康なときは何キロも歩いて営業していた。
僅か100日ほどを座りながら移動していたら、こんなにも体力はなくなるのか!
人間の身体とは実に脆いものだな。
◆リハビリの本質はその人なりの自主トレの継続ではないか!?
現在の時間は午後1時。
半日の疲れ具合でこれだから、この調子でいったら、どれほど疲れるのだろう?
けど一晩寝たら体力も筋力も回復するはずだから、午後のリハビリと2階の廊下を歩き回るのだ。
思い返せば発症前は、痛む膝を気にしつつゆっくりとしか歩けなかった。
息は上がるは、血圧は180超えるは、そのせいで冬でも汗だらだら。
心臓の負担は凄まじかったことだろう。
新宿駅を東口から西口へ抜けるのに途中休みながら30分以上もかかっていた。
いまは足の筋力が弱くて歩くのに時間がかかる。
けれど足は確実に良くなっているから、以前より健康ではなかろうか。
足に関しては体力筋力増強でパワーアップすることは間違いないと確信している。
この日記を16人へラインで送っているのだが、たまに感想を返信してもらったりする。
中にはリハビリの本質がまだまだ伝わってないなと思うことがある。
車椅子からの脱却は嬉しさのあまり、日記を書く前にラインで報告した。
「リハビリ頑張った成果」と思われているような返信がきた。
たしかにリハビリも頑張ってる。
けれど1日3時間のリハビリだけだと、こんなに早くは車椅子とお別れ出来なかったんだよね。
何回か書いているけど、リハビリの本質はセラピストさんとのトレーニングではなく、その人なりの自主トレの継続だと思う。
どんな些細なことでも毎日毎日続けることがリハビリなんだと思う。
私は持って生まれた身体の機能が著しく低くはなかったようだ。
アドバイスされた筋トレを愚直に毎日毎日繰り返し、こんなにも早く一人で歩いて動けるようになったのだ。
トレーニングルームでは多くのセラピストさんたちが気にかけて見てくれている。
だが一人でする自主トレは本人しかどれくらいやっているのかわからない。
急激に回復してもリハビリのお陰と思われてしまうのだろう。
たぶん、いや絶対に自主トレ効果だと私は確信している。
最後のリハビリは足を1時間。
昨日から歩きに歩いて強張った筋肉をしっかりとストレッチで解してもらう。
セラピストさんは初期の頃に一度だけ入ってもらった方で、回復具合に目を見張っていた。
自主トレは欠かすことなく続けていると報告。
「ストイックですね」と言われたが禁欲的なわけじゃない。
反対に欲望に忠実だから毎日の自主トレも続けていられると説明をしておいた。
一日中、歩いて歩いて歩きまくった割には、昨日のこの時間ほどは疲れていない。
やはり身体は確実に回復しているのだろう。
けれど晩御飯を食べ終え部屋へ戻る際に、気持ちとは裏腹に身体は疲労困憊で動きが鈍い。
そのため早目に横たわり、明日の朝までしっかりと身体を休めることにした。
◆脳梗塞患者になり身体障害者の身として公道を初めて歩く
■9月19日金曜日
夏の名残りのようなゲリラ豪雨が夜中にあり、厚い雲に覆われた夜明けとなった金曜日。
昨日から歩きに歩いてはみたものの、一晩寝たらすっかり爽快な気持ちで朝を迎えられた。
まだ二日目だけに歩く速度が急激に速くなることはないが、10日後の歩く速さが楽しみだ(笑)
午前5時55分のラウンジは私の独占状態が続いている。
このまま退院の日の朝まで独り占めなのかな?
なんてことを考えながら外の変わらぬ風景を眺めている。
タイムトライアル二日目。
5分。
歩く距離を延ばしながら体力もつけられるという、まさに一石二鳥の自主トレ。
時間の有効活用で気分がいい。
大幅な予定変更でスタートが9時30分から8時45分に前倒しとなった。
さらにセラピストさんも変更。
廊下を自主トレで歩いてると、急に声をかけられ、そのまま5階のトレーニングコースへ。
段差や砂利道など二回まわってから1階のトレーニングルームでストレッチ。
二つ目も5階のトレーニングコースを歩きにいく。
都合3周障害物コースを歩いたからか、廊下を歩くよりも段違いに疲れる。
三つ目は外の駐車場を歩いた後に筋トレマシン。
午前中だけでかなりの運動量となり、部屋へ戻る足の重いこと。
部屋からすぐに食堂へ移動して昼ご飯となり、もうへとへとになりベッドに横たわったしまった。
午後は入浴があり、湯船で足を揉み解したらだいぶ楽になった。
またしても廊下を一周して自主トレに励んだのだ。
四つ目も足のリハビリだが、20分と短くトレーニングルームまでの移動時間を考え自室でのストレッチとした。
最後のリハビリは腕。
これも変則なためラウンジでストレッチ。
すべてのリハビリが終わり、歩いて自室や食堂へ移動したら、累計の距離は1キロを超えている。
これだけの運動量が来週水曜日の体重測定で結果として現れるのか楽しみだ(笑)
それにしても身体は正直なもので、いまこれを書いている17時30分現在、疲労困憊している。
晩御飯を食べ終えたら昨日と同様に早目に就寝。
身体をしっかりと休めよう。
■9月20日土曜日
朝のタイムトライアルは5分。
自主トレのレベルというか運動量は歩くだけなのに格段に増えた!
とにかく今までの自主トレやリハビリが生易しく思えるほどだ。
自立してから車椅子を使わなくなって身体の疲労度が桁違いに高いのだ。
これまで能天気なんて言っていたが、水曜日の午後からは全然別物になっている。
まさに一般的なリハビリは辛いというイメージ通りのハードさだ。
不自由な身体で歩きまくることや、その場で休むための直立不動も、なにもかも車椅子に座っての行動よりも負担が大きい。
この負担を乗り越えた先に普通に歩ける人生が待っている。
激烈な自主トレ(歩くだけなんだけど)もリハビリも、文字通り歯を食いしばって耐えるしかない。
今日は土曜日。
今週は自立チェックを挟んで一気に身体への負担が増えた。
明日の休息日にしっかり休むためにも、今日は今週最後の追い込みだ。
これまで外を歩くことはあったが、いずれも病院の敷地内。
歩道とはいえ公道となれば人だけでなく自転車など、敷地内とは比べ物にならない障害がある。
そこを今日、脳梗塞患者になり身体障害者の身として初めて歩いたのだ。
距離にして往復40メートルほど。
自転車は前後から来るし、行きは緩やかに登り坂だし、帰りは緩やかな下り坂。
その道を一歩一歩ゆっくりゆっくりと歩いたのだ。
病院の敷地に戻ったときは、身体中力んでいたからか、一気に脱力して深呼吸で息を整えた。
かなりの疲労度だけれど、まだ午前中だし、午後も足と腕のリハビリがある。
朝御飯の前に10日前に入院してきたO木さんと初めて話しをした。
右脳の脳出血で左側が麻痺している。
最初見掛けた時はベッドに寝ながら食事も食べさせてもらっていた。
今日は大きめの車椅子になっており、若いからか回復が早いようだ。
年齢は48歳とのこと。
私の残り入院期間60日ほどでO木さんがどこまで回復していくのか興味深いものだ。
昼ご飯が済んで午後からのリハビリまで1時間以上の空き。
廊下をゆっくりと歩いたが、かなり疲れがきた。
足のリハビリはストレッチをメインにした。
あとは部屋での自主トレのメニューを点検してもらった。
最後は指のリハビリ。
足と違い回復具合がまったくわからない。
だからと言って諦めているわけではない。
足を万全にすることで手のリハビリに集中できるようにと考えているのだ。
最初に指は時間が掛かると聞いた。
そこに注力するよりかは、俄然治りが早い歩行を早く終わらせてしまえば、手に割ける時間が増やせると考えたのだ。
足に関しては想定より早く進んでいる。
目標は「杖なしでの退院」から「杖なしで尚且つ歩く速度が健常者並み」とした。
今日、公道を歩いたことで杖なし程度では東京までの通勤は厳しく思えたのだ。
普通に歩けて初めて通勤や外回りの営業が可能となるのだ。
この先の人生を自宅とその周辺をチンタラ歩いていれば事足りるような資産家とは違う。
社会復帰には、より一層厳しく臨むしかない。
車椅子を脱却してから身体は正直に言ってきつい。
それもマシンで自主トレできるようになった頃に疲労で元気が出なかったことと比べても、今は桁違いにしんどい。
たぶん日記で書いてきたことでも、こんなにも辛いことはなかった。
それだけに能天気から地獄のリハビリ日記と改題したいくらいだ。
おそらく、ここが正念場なのだろう。
今夜も早く寝て、明日は朝の自主トレとリハビリ以外は身体を休める。
月曜日からパワーアップしていると信じよう。
文:真柄弘継
(第10回「会社の仕事に関わるのが最高のリハビリ! 歩けるようになるための最強のモチベーション」につづく…)
◆著者プロフィール
真柄弘継(まがら・ひろつぐ)
某有名中堅出版社 出版局長
1966年丙午(ひのえうま)の1月26日生まれ。1988年(昭和63年)に昭和最後の新卒として出版社に勤める。以来、5つの出版社で販売、販売促進、編集、製作、広告の職務に従事して現在に至る。出版一筋37年。業界の集まりでは様々な問題提起を行っている。中でも書店問題では、町の本屋さんを守るため雑誌やネットなどのメディアで、いかにして紙の本の読者を増やすのか発信している。
2025年6月8日に脳梗塞を発症して半身不随の寝たきりとなる。急性期病院16日間、回復期病院147日間、過酷なリハビリと自主トレーニング(103キロの体重が73キロに減量)で歩けるまで回復する。入院期間の163日間はセラピスト、介護士、看護師、入院患者たちとの交流を日記に書き留めてきた。
自分自身が身体障害者となったことで、年間196万人の脳卒中患者たちや、その家族に向けてリハビリテーション病院の存在意義とリハビリの重要性を日記に書き記す。
また「転ばぬ先の杖」として、健康に過ごしている人たちへも、予防の大切さといざ脳卒中を発症した際の対処法を、リアルなリハビリの現場から当事者として警鐘を鳴らしている。
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