「まさかオレが!? 脳梗塞に!」ある日突然人生が一変。衝撃の事態に見舞われ仕事現場も大混乱!現役出版局長が綴った「半身不随から社会復帰するまでのリアル奮闘日記」。



誰もが発症の可能性がある「脳卒中」。実際に経験したものでないと分からない〝過酷な現実と絶望〟。将来の不安を抱えながらも、立ち直るべくスタートした地獄のリハビリ生活を、持ち前の陽気さと前向きな性格でもって日々実直に書き留めた。



リハビリで復活するまでの様子だけでなく、共に過ごしたセラピストや介護士たちとの交流、社会が抱える医療制度の問題、著者自身の生い立ちや仕事への関わり方まで。 笑いあり涙ありの怒涛のリハビリ日記を連載で公開。



第12回は「脳梗塞になって失った〝途方もなく大きなもの〟と新米身体障害者の〝自宅生活における課題〟」。50代働き盛りのオッサンは必読!



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第12回脳梗塞になって失った〝途方もなく大きなもの〟と新米身体障害者の〝自宅生活における課題〟



◆家屋調査で分かった生活上の課題とは



■9月28日日曜日

本日の休息日は約4ヶ月ぶりに自宅へ行く。



家屋調査というもので、実際に暮らしている家での生活上の課題をチェックするのだ。



本当は退院の直前に家屋調査を行う。



だけど今週の土曜日に次男の結婚式があり、一時外泊するので家屋調査をすることになった。



休息日の楽しみの競馬はスプリンターズステークスのみ楽しむのだ。





タイムトライアル。



3分28秒。





さて、私のリハビリは普通に歩けるようにするためだったり、手が動かせるようにするためだったりと、運動をメインとしている。



けれど他の患者さんのリハビリはそれこそ千差万別だ。





高齢者で認知機能が低くなっているH田さんは、まず朝の着替えをリハビリ。



食事もリハビリ。



食後の歯磨きもリハビリ。



セラピストさんと想い出話をするのもリハビリ。



生活全般の動作をリハビリしている。





高齢者でも認知は年齢並の人であるY野さん。



胆嚢手術後1ヶ月を急性期の病院で寝たきりで過ごしたとのこと。



それで歩けなくなり、最初は車椅子、次に歩行器、今は杖を持ってリハビリをしている。



ずっと歩く練習をリハビリしていた。





脳卒中のS藤さんは高次脳機能障害で、言語・聴覚療法士さんと会話から始まり、短い文章を読んだり書いたり。



片足を欠損したK宮山さんは、残った足を鍛えながら義足で歩けるようになるためのリハビリ。



介護士さんたちの手助けで移動も入浴も排泄も介護されながら病院で過ごしている。



高齢女性のK野さんは足のリハビリで入院。



このところは順調そうで、蒲団の上げ下ろし、掃除機の操作、炊事場の諸々、洗濯のリハビリと生活全般、多種多様だ。



呼吸器をつけている患者さんや尿道カテーテルをつけている患者さん、病室から出られず食事もリハビリも部屋の中という脳卒中の患者さん等々。



他にもたくさんの患者さんたちがリハビリテーション病院でリハビリに取り組んでいるのだ。





家屋調査。



まず畳の部屋で床へお尻をつけて座る。



そこから立ち上がることの難しさが判明。



廊下を壁を伝って歩くことは大丈夫だ。



玄関での靴の脱ぎ履き、車への乗車に降車、自慢の本棚部屋での本の出し入れ等々。



自宅での課題をチェック。





脳梗塞になって失った〝途方もなく大きなもの〟と新米身体障害者の〝自宅生活における課題〟【真柄弘継】連載第12回



脳梗塞になって失った〝途方もなく大きなもの〟と新米身体障害者の〝自宅生活における課題〟【真柄弘継】連載第12回
真柄氏の自室の本棚



健康ならなんでもない動作が難しく、退院するまでに足を鍛えるしかないと実感した。



課題が分かったことで、明日からリハビリで何をすれば良いのか?



その場でセラピストさんたちから具体的な練習についてアドバイスをもらう。



健常者のような動作が出来るように頑張っていこうと、決意を新たにしたのである。



時間にしておよそ40分ほど自宅に滞在。



車での移動含めて1時間半程なのに、リハビリで公道を歩くことよりも疲労は激しかった。



休息日なのに疲労困憊になってしまった。





追い打ちのように、スプリンターズステークスは、武豊のジューンブレアの単勝一点買いだったから頭差の2着に意気消沈。



夕食まで1時間30分ほどあるけど、気分は早く就寝したくてたまらない日曜日だ。





◆なぜきついストレッチをした後に下痢になってしまうのか?



■9月29日月曜日

朝のタイムトライアルについて日記を読んでくださっている方から指摘があったので、少し詳しく補足。





毎朝、着替えが済んで汗だらけのトレーニングウェアなどを洗濯籠へ入れに行く。



そこからは歩くだけの自主トレをしている。



コースとしては私の病室からラウンジを経由して食堂の自席までで、距離にしておよそ100メートル。



毎朝このコースを5周するのが日課。



杖で自由に歩けるようになった9月18日から毎日繰り返している。



3周目にタイムトライアルとして記録をつけているのだ。



この時間が短縮されること=速く歩けるようになっていること。だから記録をつけているのだ。



健常者ならゆっくり歩いて1分ほどの距離を、私の速度が日々どれくらい近づけるのか?



リハビリテーション病院に居られるのもあと51日。



人並みに、それも杖を使わずにどれほどの速さで歩けるのか?



このためのタイムトライアルなのである。





タイムトライアル。



3分48秒。





もう一つ、先週の日記に書いた粗相についてご報告。



きついストレッチをしてもらったら下痢になったことをセラピストさんに相談。



早速調べてくださり教えてくれた。





マッサージやストレッチで血液やリンパの流れが促進され、体内に滞留した老廃物や毒素が排泄されやすくなり、消化器系も一時的に活性化するため、下痢として排出されることもあるらしい。



これは身体が健康な状態に向かおうとする自然な反応で数日で治まる。



これは好転反応によるということ。





教えてもらって気持ちが楽になり、下痢も治まった。





毎朝、廊下を歩いて自主トレをしているときの様子を書いておこう。



朝6時をまわると見守りされている高齢者(一部50代)たちが、夜勤の看護師と介護士に車椅子を押されて食堂に連れてこられる。



彼らは連れてこられるときに目覚めているとは限らない。



たとえ寝ていても起こされて、次から次に連れてこられるのだ。



夜勤は看護師二人と介護士二人の計四人。



夜勤の彼らの朝は見守られ老人たちを食堂に連れてくるので多忙だ。



見守りでない私のような患者さんからのナースコールに対応しながら、なんとか7時30分頃までに見守られ老人たちを連れてくる。



7時少し前には早番の介護士が二人出勤してくる。



彼らは朝のルーティンである患者さんたちのお茶を用意したり、新聞をラックに並べたりと、何かと忙しい。



見守られ老人たちは静かに自分の席で所在無げにしているが、彼らの心中はいかばかりだろう。





私が見守りで自由に動けなかったのは2週間。



毎朝迎えに来られるのを心待ちにしていた。



食堂に連れて来られてからは新聞を取ってもらったりしていた。



食事を終えたら左手を挙手して介護士さんを呼ぶ。



そこから歯磨き待ちの車椅子の列に並び、歯磨きが終わったら部屋に送ってもらう老人たちと一緒に並んで待つ。



部屋に送ってもらったらリハビリのセラピストさんが来るのを待つ。



こんなのを2週間もよく耐えたもんだ。



身体が動かないから、列で待っている間は、ただただ周りの人たちを観察していた。



退院して急に居なくなった人や、新しく来た人のことなどを。





本日最初のリハビリは、昨日の家屋調査で課題となった膝立ちや床からの立ち上がり。



その後に公道を距離を延ばして歩いた。



歩くときの身体のバランスを指摘され、そのまま杖無しの際のバランスの練習を行った。



初っ端からリハビリというよりは、ハードなトレーニングになって、かなりくたびれた。



お次も足のリハビリ。



筋トレマシンと平行棒のところで前後に歩く練習。



地味な運動なのに身体はヘロヘロ。



午後イチで入浴して、その後も足のリハビリ。



このリハビリテーション病院に入院してから3ヶ月ちょっと。



理学療法士として私を担当してくれたO本さんが、この病院での最後の勤務となる。



左手でお手紙と言うには短いご挨拶文を書いて渡した。



彼女は系列のリハビリテーション病院から1年間の期間限定で勤務していたのだ。



私の退院まで見届けてはもらえないけど、こんなに早く杖で歩けるようになったのは、彼女の的確なサポートのお陰だ。



感謝しかない。





最後は手のリハビリ。



メルツでの指の開閉もだいぶ良くなった。



あとは自力で手を広げられるようにするだけだ。



一昨日の夜から疲労度は軽減してきた。



けれど週一回の休息日は家屋調査で身体は休めなかった。



今日は朝から足に力が入らない。



今週末は息子の結婚式があるから、木曜日か金曜日を休息日にして体調を整えよう。





◆脳梗塞になって失った「途方もなく大きなもの」とは?



■9月30日火曜日

タイムトライアル。



3分28秒。





脳梗塞を発症してからは少しのことで疲れが半端ない。



他の脳梗塞患者さんたちと話してみたら皆さん例外なく疲れやすかった。



ググッてみたら「脳梗塞になると疲労しやすくなる」と書いてある。リハビリで身体の機能は回復できても、疲れに対しては体力を増やしていくしかない。



脳梗塞の後遺症なのかわからないけど、私は眠りにつくのが難しい。



毎晩7時前後にはシーパップ(無呼吸症候群改善機器)を装着して眠る。



けれどどんなに疲れていてもそのままぐっすりとはならない。



30~40分で目が覚め、その後は眠ろうとしても短時間に寝たり起きたりを繰り返すのだ。



それでもだいたい午後11時~午前0時には眠りの間隔が延びて午前3時前後まで眠れる。



しかし午前4時頃には目が覚めるから、ルーティンである自主トレを始めて身体も目覚めさせるのだ。



目が覚めるのはトイレの場合もある。



頭の中がモヤモヤして目が覚める場合や、麻痺した身体を動かそうとして目が覚めたりもする。



私はこれを拷問と呼んでるけど、かなりしんどいものだ。



この先、生きている間はこんな睡眠しか出来ないのかと思うと不安になる。



月一の主治医との面談で聞いてみよう。



とにかく脳梗塞になってからの身体の変調は謎だらけなのである。





脳梗塞で失ったものを考えると、なんと途方もない大きなものを失ってしまったのだろう。



これまで当たり前だった日常は、もう二度と戻ってこない。



落ち込み期のなかった私でも、この現実を考えると「まいったなぁ」となる。



運のいいことに、私の思考はそこから「新しい日常をおくらなきゃな」となるだけで、落ち込みやふさぎ込みはないけれど。





このリハビリテーション病院の人事異動の季節なのか、看護師のT井さん、理学療法士のO本さんの二人が私の担当から外れた。



看護師はM上さん、理学療法士はO橋さんが新しく担当となってくれた。



組織に異動はつきものだから仕方がないことだけれど、作業療法士のA塚さん以外は皆変わってしまった。





今日から公道の歩行練習は病院の門を出て右側に行くコースから、左側へ行く上級者コースに変えてもらった。



こちらのコースは、まず坂道を下って行き、下りきってからしばらく平坦な道から再び上り坂となる。



帰りも同じように下ってから上っていく。足腰の筋肉を鍛えられるのだ。



トレーニングはより負荷をかけていかないとダメだから、敢えて左側へ変えてもらった。



二つ目は腕のリハビリ。



寝た姿勢で腕の上げ下ろし。



それだけのことなのにとても疲れる。



ここにきてようやく腕の筋肉が筋肉痛になってきたから、毎朝の筋トレの効果が出ているようだ。





昼ご飯の時にこんなことがあった。



おかずにかけるソースの小袋が開けられない老婆を、私の右隣に座るご婦人が手助けしようと立ち上がった。



すぐに介護士さんが来て「どうされました?」と声を掛ける。



手助けしようとしたご婦人はリハビリテーション病院の意味がわかっていないのだろう。



ここは患者同士が助け合いをする場所でない。



それぞれの人が日常へ戻るためのリハビリをする場所。



老婆は出来ないなら挙手して、介護士さんなり看護師さんを呼んで開けてもらえばいい。



それを考えるのがリハビリ。



ご婦人は自分で直接手伝うのではない。



老婆の声が小さくて介護士さんに届かないなら、代わりに呼んであげたらいい。



ご婦人は町中の食堂と同じようなことをする場所ではないことが理解できないのかもしれない。



食事についている小袋も、ヨーグルトのフタも、牛乳のストローも、病院を退院したあとは召し使いでもいない限り、自分でどうにかするしかないからリハビリテーション病院でリハビリをするのである。





それにしても本当に見た目だけではどんな障害があるのか分からない。



この親切なご婦人は足も手も、それこそ喋ることもなんら普通。



もしかしたら認知機能が低いからリハビリテーション病院にいるのかもしれない。



認知症というと多くの人が真っ先に思い浮かべるのが記憶障害ではないだろうか。



物忘れ、聞いたことを忘れる、何かをする手順を忘れる等々。



他にも見当識障害だと時間や場所が分からなくなる。



計画を立てたり整理したりが苦手な実行機能障害。



言葉がうまく出てこない言語障害などがある。



最初は本人も自覚するけど、それすら忘れてしまうらしく、実に厄介なことだ。



このような人たちと日々接する看護師さんや介護士さん、それにセラピストさんたちは大変な仕事をされているのだ。





午後の最初は足のリハビリ。



筋トレマシンから始めて、ストレッチをしたら駐車場での歩行練習。



久しぶりのセラピストさんだったから、杖無しで歩いていることに驚かれていた。



指のリハビリをメルツで指の開閉。



1日のリハビリスケジュールで指の、それもメルツを使ったリハビリは最後にしてもらうと非常に助かる。



なぜなら、脳が一番疲れるのがメルツだからだ。



終わった後は歩いたリハビリより疲れる。



だから朝一番でメルツだと、その後のリハビリで力が入らないから、最後だと嬉しいのだ。



17時には1日のリハビリが終了。



外界ではまだまだオンタイム。



リハビリテーション病院は疲れきった患者さんたちで溢れかえっている。



あとは18時の晩御飯を食べたら寝るだけだ。





◆薬は私の命をつなぐ大切な薬。飲み忘れなど言語道断



■10月1日水曜日

雨の夜明けで始まった10月。



いよいよロングスパートの始まりでもある。



脳梗塞になって116日。



リハビリテーション病院へきて99日。



発症から回復期の半年も、入院期限の150日も間もなくである。



何度か書いているけど、もうリハビリというレベルじゃなくトレーニングと言える内容を日々繰り返している。



昨夜は全身筋肉痛で何度も目が覚めた。



いつもの脳のモヤモヤで目が覚めるのと相まって、これまでにない苦しさであった。



これが治るという保証もない。



病院にいる間は気にせずにリハビリトレーニングに取り組むしかない。





タイムトライアル。



3分27秒。





毎日服用している薬について書いておく。



朝10種類、昼1種類、夜3種類の薬を毎日飲んでいる。



7月中は毎食後に看護師さんが持ってきてたけど、8月からは自己管理ということで一週間分をまとめて渡されるようになった。



渡されるのは毎食後呑む薬が一つの小袋に入っているもの。



この小袋を自己管理だから食事に行く時に自ら持参しなければならない。



自己管理できるのは認知機能に問題がない患者さんたちだ。



見守られ老人や脳卒中で極端に身体機能が低くなってしまった人は自己管理をさせてもらえない。



一週間分を渡されるから、朝昼夜ごとに小袋を小分けして準備をしておくのだ。



10種類も服用しているけど脳梗塞というよりは、血圧だったり心臓の薬だったりという具合だ。



これらの薬は私の命をつなぐ大切な薬だから、飲み忘れなど言語道断。





朝一番は足のリハビリ。



布団での寝起きの練習。



病室はベッドだから失念していたが、自宅は布団で寝ているから、その寝起きの練習をした。



右側が不自由だと布団に横たわるのも大変なのだ。



そこから起き上がるのはさらに大変。体幹がしっかりしてないと厳しい。



歩きのために自主トレで腹筋など体幹を鍛えておいてよかった。



膝をついて横になるのも、寝た姿勢から起き上がるのも、恐ろしく難しい。



この練習で会得しなければ布団で寝ることは生涯二度とは出来なくなってしまう。



外の気温が24度で涼しくても、汗を吹き出しながら繰り返し練習をした。



金曜日の夜から土曜日の朝まで自宅で眠るため、この練習は明日も明後日も続けよう。





二つ目も足のリハビリ。



歩けるようになる前はバランスや足への体重移動を何度も練習した。



杖無しで歩くのにも同様の練習を繰り返し行い、久しぶりに頭がこんがらがった。



考えるどころか無意識にしていたことを意識するのは難しい。



両足の重心を交互に移すことや、軸足側の重心を高くするとか、そんなこと考えながら歩くと躓いてしまう。



歩くだけなのに本当に大変なことだ。





最後も足のリハビリ。



異動で今日から来られた理学療法士のT本さん。



ベテランのセラピストさんで、今の私の身体の状態をチェック。



鍛えていくべき筋肉の場所と、具体的な鍛え方を教えてくれる。



合わせて自分で出来る新しいストレッチを教えてもらったので明日から早速実践しよう。



セラピストさんは経験を積めば積むほど知識が増える。



より実践的な運動の仕方を教えてくれるから、ベテランの人にはいろんな質問をしてしまう。



今日は足のリハビリを1時間3コマだったから、肉体的疲労は大きい。



新しいことを知ることが出来たから満足感も高い1日であった。





このリハビリテーション病院の症例別入院患者の割合は半分が脳疾患、いわゆる脳卒中が一番多い。



ところが最近は食堂で見かける患者さんは普通に歩いているし、両手でご飯を食べている。



こんな人たちも脳卒中だという。



見た目では分からない。



食堂に空席が目立つようになった。



入院患者が減ったのだろうか?



なんとなく気になったから看護師さんに聞いてみた。



私やN村さんのような自分で動けて食事も介助なく出来る脳卒中患者は少ないという。



ほとんどが病室で介助されながら食事をしているから少なくみえるそうだ。



そんな話をN村さんにすると、



「我ら中卒はいろいろ大変だよな」



とユーモアたっぷりに脳卒中をひっくり返して中卒と言い表した。



思わず、山田クン座布団あげてと言いそうになった。



今夜も土曜日に備えて早目の就寝。





◆「歩けた=治った」は大きな間違い



■10月2日木曜日

タイムトライアル。



3分21秒。





先週は会社のことでいろいろなことを書いた。



私のように現役で働いている人が突然会社を長期で休むことになったら?



様々なことを考える。



育休や産休なら引き継ぎをしてから休みに入る。



それでも休んでいる間は会社の業務の事なども時には考えてしまうだろう。



引き継ぎもなく休んだら、それこそ心配事だらけである。



病気で会社を離れていて一番感じるのは疎外感ではないだろうか。



その意味では私の勤める会社、というか社長はそのような気持ちにならないよう、様々な配慮をしてくださる。



会議にオンラインで参加出来るように取り計らってくれたり、日々の業務でもなにかと私の考えを聞いて、一緒になって仕事をしている気分にさせてくれたりするのだ。





下肢切断で急性期病院とリハビリテーション病院で合わせて1年近く会社を休んでいる患者さんは、この先の雇用条件を心配していた。



脳出血で倒れて入院していた方は、警備員という仕事柄、身体が不自由で勤務を継続できないと退職されていた。



もう一人の脳出血で入院中の患者さん。



リモートでの仕事だそうで、会社は外資系だからか制度的にはしっかりしているからと、あまり困った感じはしない。





私はといえば、年内休職としたけど、復職してからのキャリアなどは心配していない。



いまも要所要所で業務にも関わっているから、それほど浦島太郎状態にはならないと思う。



それでも実際の業務に復帰して体力的に大丈夫なのかという心配はあるけれど。



いずれにしても、現役で働いている患者さんたちの心中は悲喜こもごもだ。





今日のリハビリのスケジュールは1時間の枠が三つ、それも昨日と一緒で足だけ。



二日間も手のリハビリがないのは初めてだ。



それにリハビリとリハビリの間隔が長く、これは私的にはダルいスケジュールだ。



リハビリがない時間はただただ歩きながら過ごしている。



変わらぬ風景の中をただ歩くのはつまらないからダルい。



そんなことを言っても始まらないから、気持ちを切り替えていこう。





自力で歩けるようになってはいるけれど、自分が歩くイメージが上手く伝わっていないように思う。



健康な人が歩くのとは明らかに違う私の歩き方。



杖を使って歩くとは言っても、ハイハイから歩けるようになった乳幼児より少し速い程度なのだ。



それに持続力もなく、300メートルくらいを30分かけて歩いた後は疲労困憊となる。



病院の中は身体障害者向けに凹凸のない廊下。



まわりのスタッフさんは神経を使って、我々の歩く邪魔にならないようにしている。



そんな空間でさえ時に躓いて杖を支えに立ち止まることがあるのだ。



だから、「歩けた=治った」は大きな間違いなのである。



健康な人より少し遅いくらいの速さで歩けるようになって初めて歩けた、と言えるのだ。





最初の足のリハビリで昨日練習した布団での寝起きを今一度練習する。



コツが掴めたのか昨日と違ってふらつくことなく寝起きが出来た。



明日の夜の自宅での就寝は一安心かな。



その後は筋トレマシンと腹筋トレーニングの新しい方法にチャレンジ。



昼御飯を挟んで午後イチのリハビリでは公道を歩く。



一昨日歩いた坂道の上級者コースを距離を延ばして歩いたら、所要時間が大幅に短縮されてびっくり!



けれど、その後に低い位置に腰を下ろしてから立ち上がろうとしたら、これがかなりの難しさ。



新たな練習課題が出来た。



最後も足のリハビリ。



杖無しで歩く練習をして、その後はしっかりとストレッチ。



1時間3コマのリハビリは今日も足だけだったから、指が固くなること!



自分で出来る指のストレッチでしのぐしかない。





明日は16時には病院を出る。



そこから土曜日の20時まではリハビリはお休み。



明日の夜は118日ぶりの自分の家での就寝。



夜中のトイレの回数を減らすのが課題。



明後日は早朝から車での移動。



トイレに行きにくいので、脱水状態にならない程度に水分摂取量を考えなければ。



都合4食を病院の外で食べるから、その分の薬を準備したら本日も早目の就寝。





10月3日と4日は一時帰宅で外泊。



家屋調査で分かった生活上の課題……リハビリで練習した成果はあるのか?





文:真柄弘継



(第13回「息子の結婚式に車椅子で参列はしたくない。その一念で歩けるようになったのだ!」につづく…)





脳梗塞になって失った〝途方もなく大きなもの〟と新米身体障害者の〝自宅生活における課題〟【真柄弘継】連載第12回



◆著者プロフィール
真柄弘継(まがら・ひろつぐ)

某有名中堅出版社 出版局長
1966年丙午(ひのえうま)の1月26日生まれ。1988年(昭和63年)に昭和最後の新卒として出版社に勤める。以来、5つの出版社で販売、販売促進、編集、製作、広告の職務に従事して現在に至る。出版一筋37年。業界の集まりでは様々な問題提起を行っている。中でも書店問題では、町の本屋さんを守るため雑誌やネットなどのメディアで、いかにして紙の本の読者を増やすのか発信している。



2025年6月8日に脳梗塞を発症して半身不随の寝たきりとなる。急性期病院16日間、回復期病院147日間、過酷なリハビリと自主トレーニング(103キロの体重が73キロに減量)で歩けるまで回復する。入院期間の163日間はセラピスト、介護士、看護師、入院患者たちとの交流を日記に書き留めてきた。



自分自身が身体障害者となったことで、年間196万人の脳卒中患者たちや、その家族に向けてリハビリテーション病院の存在意義とリハビリの重要性を日記に書き記す。
また「転ばぬ先の杖」として、健康に過ごしている人たちへも、予防の大切さといざ脳卒中を発症した際の対処法を、リアルなリハビリの現場から当事者として警鐘を鳴らしている。



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