「まさかオレが!? 脳梗塞に!」ある日突然人生が一変した現役出版局長。衝撃の事態に仕事現場も大混乱。
リハビリで復活するまでの様子だけでなく、共に過ごしたセラピストや介護士たちとの交流、社会が抱える医療制度の問題、著者自身の生い立ちや仕事への関わり方まで。 笑いあり涙ありの怒涛のリハビリ生活を公開していく。
第15回は「杖無し独歩目前で厳しい現実に息切れ。リハビリ生活最大の壁に未来が見えなくなった」。50代働き盛りのオッサン必読!
第15回杖無し独歩目前で厳しい現実に息切れ。リハビリ生活最大の壁に未来が見えなくなった
◆60代以下の人は健康であることが前提とされ介護福祉は無きに等しい
◾️10月12日日曜日
タイムトライアル。
2分51秒。
身寄りの無い中卒(脳卒中)の厳しい現実。
昨日の日記に書いた、脳に後遺症があるS藤さん。
50代独身で収入源がなく、生活保護を受けながら残りの人生を施設で送るそうだ。
なんでもそうだが、お金があれば有料の施設で、ある程度の自由を得ることが出来る。
生活保護では公的な最低限度の介護福祉しかない。
想像してしまった。
大部屋に何人もの身体障害者たちがオムツをされ寝かされている。
三度の食事はあってもたかがしれている。
眠かろうがダルかろうが、時間になったら食べ、決まった時間に寝かされ、決まった時間に起こされる。
死ぬまで続く無間地獄。
健康なら独身を謳歌できても、イザ何かあって身体障害者になったら?
40代50代で独身の人たちは、くれぐれも健康に心掛け、病気や事故で身体的機能をなくさないよう生きてほしい。
日本は70代以上の高齢者への介護は手厚いが、60代以下の人は健康であることが前提とされ介護福祉は無きに等しい。
医療福祉、介護福祉が適用されない年代は、自ら気をつけて生きるしかないのだ。
昨日、作業療法士A塚さんに脳疲労の回復に糖分をと言われたから早速看護師さんに確認。
入院当初は肥満体のため体重のコントロールで糖分は控えるようになっていた。
今は78キロまで減量できており、必要な栄養素であれば摂取可能とのこと。
連休中は主治医の先生に確認が取れないから、火曜日に摂取の可否と、摂るなら栄養士さんにも確認してくださるとのこと。
楽しみだ。
今日はのんびり休息日。
リハビリはO橋さんのスパルタ以外は無理の無い程度で終える。
O橋さんは開口一番、
「杖を預かりますね」
と、にこやかに杖を取り上げ、
「今日は杖を使わないで練習しましょう」
40分を杖無しで歩いた。
杖無しでも充分に右足は頑張ってくれたのだ。
のんびり休息日でもリハビリはしっかり取り組む。
しかし、他の時間はまったりと過ごす。
今週で別のフロアに異動するS藤さんと競馬予想をしたり、今年の新卒フレッシュM田さんと恋ばなをする。
リハビリの合間は、これまでの日記を推敲。
夕御飯の前に中卒仲間のO木さんに自主トレの重要性を強調して伝える。
O木さんは40代と若い。
左半身麻痺と私とは逆だが、症状は同じように重い。
若さである程度は回復するだろうが、退院までに車椅子と決別出来なければ、無間地獄かもしれない。
なんとお節介をと思うだろう。
O木さんが年老いた母親と二人暮しで無職と聞いたからだ。
まさにS藤さんと同じじゃないか。
充分回復可能な若さをフル活用してほしいから、お節介でも強く諭したのだ。
だがしかし、あとは彼次第だ。
世間的には三連休の中日。
競馬はハズレたが、まったりと1日を終えた。
◆リハビリテーション病院に来て今日で111日目。長距離列車に乗っているみたい
◾️10月13日月曜日
タイムトライアル。
2分58秒。
今日もO橋さん指導のリハビリ40分は杖無し、さらに装具を外して歩く。
明日から部屋の中は杖無し歩行が出来る。
杖で自立する時も、先に部屋の中で杖で歩き回って練習をしていた。
今度は杖無しで歩き回り、自立6を目指す。
この後の足のリハビリは、久しぶりに坂路調教。
前は35分要した距離を12分で歩く。
これを杖無しで歩けるようになるため、どんどん杖無しで歩行練習をしていくのだ。
リハビリテーション病院に来て今日で111日目。
脳疲労もあるけど、身体の疲労は確実にある。
脳梗塞による身体の変調。
病院という環境でのストレス。
周りには頭に障害を負った患者さんたちが多数。
ここは地球でなく異世界。
精神的安定を保つのも一苦労だ。
もし日記を書いてなかったら?
リハビリの無い時間をいかに過ごしていたのだろう。
看護師さん、介護士さん、セラピストさん、彼らには正常な世界へ帰れる時間がある。
けれど私はこの狂気の空間を、期限が来て退院するまで耐えねばならない。
スマホに左手で文字を打ち込んでいることで、なんとか正気を保っているのだ。
こんなことを書いているのは、かなり精神的に参ってきてるのかもしれない。
晩御飯のときN村さんとの会話も盛り上がらず。
食事を終えたら、睡眠は不安定ではあるけれど、眠ることで脳と身体を休めよう。
◾️10月14日火曜日
タイムトライアル。
2分44秒。
今朝も4時に起床。
と思ったら、テレビをつけてビックリ!
もう5時前じゃないか!
どうやら久しぶりの寝坊だ。
といっても5時は決して遅くはないのだけれど。
自主トレをしっかりとやり終え、汗で濡れた衣服を洗濯籠へ入れに行く。
ラウンジで空模様を見ると久しぶりの太陽。
気持ちが明るくなる。
体重が100キロから78キロになったことで困った事態になった。
パンツがユルユルで歩くと落ちてくるのだ。
これまで柏(千葉県)にあるサンキで下着はシャツもパンツも5Lを買っていた。
4日に結婚式へ行くときに妻が3Lの服と下着を用意してくれたから、その時はパンツがずり落ちることはなかった。
リハビリのトレーニングウェアのズボンはゴムが強く、そのお陰でパンツも落ちない。
部屋だとパンツ一丁でトイレへ行く際に、便座に座る前にずり落ちるパンツ。
サイズダウンのパンツが必要になったのだ。
だけど入院中は現在の5Lパンツで我慢するしかない。
なにせ所有枚数が20枚もあるのだから。
退院してから3Lパンツは買いにいこう。
8時45分から足のリハビリ。
杖を使わずに、昨日杖有りで歩いたところを歩く。
杖有りで12分の道を杖無しで20分。
健常者なら4分で歩ける距離。
現状の私の身体は5倍の時間を要する距離ということだ。
ここから時間を短縮していけるよう、体力始め筋力も持久力もつけることだ。
あと34日、頑張ってやるぞ。
糖分摂取について看護師さんから許可をもらう。
1日200mlのジュース(果汁100%)を1本、お昼ご飯のタイミングで飲むことを許された。
これで脳疲労を回復させるエネルギー源を得ることができる。
足の筋トレで消費される糖分にもなるかな?
なんにしても脳の修復と身体の回復に役立つだろう。
妻にお願いしてネットショップから48本のセットを病院宛に送ってもらった。
16日の木曜日に届くから、遅くても17日から毎日昼ご飯の後に糖分補給が出来る。
11日の土曜日から今日まで、この日記の原稿をwebサイトの連載のため読み返して推敲していた。
日記だけに日付があるから助かった。
日付ごとの日記形式になったのは8月も半ば。
それ以前は日々起きた出来事を、その都度書いていたから話が前後していた。
これを日付順に並び替えて、だらだらした文章もすっきりと書き換えた。
あとはwebサイトの編集者に読んでもらい、OKが出たら晴れて掲載となる。
直した文章が掲載してもらうレベルにあるのか、正直なところ実際に掲載されるまでは心拍数が上がりっぱなしだ。
新卒フレッシャーズのM田さんに腕の筋トレとストレッチをしてもらう。
彼女は見た目には勝ち気な印象を受けるけど、リハビリで何度も話して内面は繊細でナイーブな女性だと見抜いた。
セラピストとしては新人だが、将来を見据えた考えは新人らしからぬものがある。
きっと将来は優秀なセラピストとなるに違いない。
セラピストのS藤さんと廊下での会話。
「明日でこのフロアの勤務は終わりです。最後にご挨拶に来ました」
「ご丁寧にありがとう。4階でも頑張ってね」
「競馬の反省会は出来なくなりますが、真柄さんも来月の退院まで気をつけてリハビリに取り組んでくださいね」
「なんだかリハビリテーション病院って長距離列車みたいだね。偶然乗り合わせて、しばらくの間を一緒に過ごす。行き先はバラバラだけど方向は同じ【治す】こと」
「上手いこと言いますね。意味わかんないですけど(笑)」
「なんか閃いたかも(笑)」
こんなくだらない会話も、ここにいると大切なリハビリ。
脳には刺激も必要な栄養素なのだ。
今日から病室では終日杖を使わずに歩いてもよいとなった。
部屋の中を往復で15メートルほどだが、杖無しで歩き回る。
ベッドを挟んで冷蔵庫や薬が置いてある机までも杖無しで行く。
リハビリの合間に日記の推敲と杖無し歩行をしていたから、身体も脳も疲労感でいっぱい。
今夜も晩御飯を終えたら就寝するだけ。
◆脳卒中になるのは60代以上だと4人に1人。脳梗塞の再発防止のために決めたこと
◾️10月15日水曜日
タイムトライアル。
3分5秒。
またしても早朝の快便が不発。
体内時計が整わないのは蓄積された疲労のせいかな?
脳梗塞になって小さなことが気になるようなってしまった。
気分転換になるようなこともないし、朝からトホホな気分。
今週になって調子は低調。
日記を読み返したら内容も暗いものとなっている。
これは肉体的疲労がメンタルに悪影響なのか?
もしかしたら天気が優れないのもあるかも。
焦るなと思っても退院まで残された時間は減っていく。
どうしたらいいのか、答えの無い問い掛けで心が千々に乱れて苦しい。
前例がない、私だけが耐えていくしかない、不条理な試練。
最初のリハビリは足。
セラピストさんはベテランのA原さん。
私の今の身体と心の疲弊を話したら、
「今日は休まれた方がいいです」
きっぱりと言われた。
始めて4日になる下腹部の筋トレとスクワットの話をすると、
「それですね、疲労の原因は」
即断されてしまった。
今週と先週での違いは負荷の多い筋トレが増えたことだった。
ここはラストスパートの前の休息日と割り切って、一度立ち止まることにした。
腕のリハビリもベッドでストレッチメイン。
身体の固いところを入念にストレッチして、明日からの運動に備える。
午前中はリハビリの合間の時間にベッドで瞬間的に睡眠。
少しでも休めることを最優先とした。
昼ご飯のミートスパゲッティを食べる際、舌を噛んでしまい口中が血だらけに。
血液をサラサラにする薬を服用しているから、なかなか止まらない。
午後のリハビリはガーゼで止血しながら行った。
とはいえベッドに横たわり足と腕のストレッチをしただけ。
健康な頃も食事の時に舌を噛むことは何度もあった。
酷いと一週間ほど傷口が塞がらなかったこともある。
だから、この程度はたいしたことはない。
今日はいつも以上に早目の就寝。
明日からロングスパートだ。
◾️10月16日木曜日
タイムトライアル。
2分43秒。
日記は夜眠る前に書くのが一般的だと思う。
私の場合は朝から眠る前まで、書ける時間があれば日記を記している。
今も朝の自主トレが終わりラウンジで久しぶりの語らいを終えたところだ。
今日と明日、退院される二人の患者さんと脳梗塞の再発について語らっていた。
再発の確率は最初の発症から年月が経つほど高くなる。
お二人は軽度な脳梗塞だったから、入院期間も2ヶ月ほど。
身体は中卒らしからぬ動きをしている。
私は半身麻痺となり動けるようになるまで、それは厳しい時間だった。
再発は重度の後遺症となることが多いとのこと。
だから再発は絶対に防がねばならない。
もし彼等のように軽度な脳梗塞だったら、私の性格からして生活習慣の改善は今ほど重要とは思わなかっただろう。
肥満で心臓への負担が酷かったのに暴飲暴食を止められなかったことからもわかる。
脳梗塞の再発防止のため真剣に生活習慣を改める気になったのは、重い症状から厳しいリハビリで回復してきたことで甘い考えはなくなった。
脳卒中になるのは60代以上だと4人に1人という。
これ、凄く高い確率でなる病気じゃない?
脳卒中になるリスクは高齢ほど高まる。
70代以上は介護福祉の制度も整っている。
問題なのは40代~60代だ。
この日記を読んでくれている、貴方も、貴女も、明日は半身麻痺して動けなくなっているかも。
繰り返しになるが、健康を常に心掛けている人でもなってしまう可能性がある。
なってしまったら?
リハビリテーション病院で様々な機能を回復させるためのリハビリに全力で取り組む。
たとえ身体障害者となっても、リハビリで少しでも健常者と同様の生活を送るため諦めない。
治るじゃなく、治す!
強い意思を持ってリハビリと向き合うことが大切なんだと、何度でも書き記しおく。
介護士の好青年K藤さん。
年齢が30代と思っていたら、なんと40代だった。
介護士になる前に他の職業を経験されていたからか、対患者でなく対人間として向き合ってくれる。
看護師さん、介護士さん、セラピストさんはみな、患者さんと接するとき、弱い人に対する接し方をされる。
K藤さんは弱い人、元気な人、患者さん一人一人に応じて接している。
私に対しても元気に働く健常者と同様に対応してくれるから嬉しい。
お世話される人とお世話する人の構図ばかりの中では奇特な介護士さんである。
6月24日にリハビリテーション病院へ来た頃は身体の半分が麻痺で動かず。
それから4ヶ月経たずして2本足で歩いている。
右腕も手首から先は麻痺のままだけど、腕は持ち上がるし肘も曲がる。
脳梗塞の半身麻痺を毎日のリハビリによる運動でここまで回復させた。
まだここから回復させるため、リハビリによる運動がますます重要だ。
残された時間は93時間(1日3時間×31日間)。
1分、1秒も無駄にはしない。
今日最初は足のリハビリ。
今日は雨のため公道は歩けない。
トレーニングルームのウォーキングマシンで時速1.6キロの速さで10分歩く。
このマシンでの歩行練習は自分のペースではないからけっこうスパルタ。
時速3キロで歩けるようになれば、健常者より少し遅めな歩きとなる。
問題は、その速度をどれだけ維持させていけるのか。
私の体力次第だから、スタミナも増やしていかないと駄目だ。
そのために空いた時間はひたすら歩くのみ。
40分後に再び足のリハビリ。
まずは杖無しでトレーニングルームを1周。
次は2キロの荷物を背負ってトレーニングルームを2周。
途中、階段を2階まで上り、直ぐに折り返し、下ってコースへ戻る。
たった2キロなのに20キロの荷物を背負ったみたいに足が出ない。
階段が無限に続く急な階段のように感じられる。
歩き終えたら息が上がっていた。
午前中から負荷の高い運動。
これをリハビリ最後の日まで続けるのみ。
昼ご飯を挟んで午後1時から手のリハビリ。
メルツで指の開閉。
指はほぼほぼメルツ。
7月から3ヶ月以上をメルツで掌が開く練習。
最初は握る力しか無かったのに、いまでは開くことも出来るように。
あとはメルツに頼らず自力で開けるようになりたい。
半年、一年、それ以上に時間がかかるのか?
こればかりはわからない。
最後は足のリハビリ。
装具を外してトレーニングルームを3周。
クローヌスも出ることなく歩けた。
今日だけで歩きに関しては運動量が大幅に増えた。
これをあと30日続けられたら退院の時に手ぶらで病院を出られるかもしれない。
◆脳梗塞の後遺症で重度の半身麻痺を思うと、残りの人生をどう生きるか考えるようになった
転院10日目にあたる7月3日以来今日に至るまで、X(Twitter)のDMで交流させていただいている方がいる。
リプライやDMを交わしているNさんだ。
元書店員のNさんとは2011年頃からSNSだけのお付き合い。
顔どころか名前さえ知らない人。
そのような方だから飾らずに話せるのかもしれない。
なぜか脳梗塞で入院したことをDMでお知らせした。
すぐに丁寧なお返事が着た。
優しい労りの内容を読み、つい甘えて退院までのDMをお願いしたのだ。
Nさんは快諾してくださり、この日記よりも早く毎日の出来事や私の心情を書き送っていた。
以来100日以上続いている。
そのDMを読み返した。
リハビリテーション病院に入院して2週間目の時点で、車椅子はすぐに卒業するつもりでいた。
歩くのも1ヶ月ほどで出来ると思っていた。
退院は9月中頃を、勝手に想定していた。
無知とは愚かなものである。
私は日々のリハビリで現実と直面する度に、退院までどころか、一生手足の機能回復が難しいと理解してきた。
けれど8月上旬までは脳梗塞の影響か、ずっとハイテンションだったから能天気に治ると、それも短期間で完治すると思っていたのだ。
実際は9月中頃でようやく杖を使って歩けるようにしかなっていない。
完治は永遠に無理。
脳梗塞の後遺症、それもかなり重度の半身麻痺を理解すればするほど、残りの人生をどう生きるか考えるようになった。
日記もDMも、その時々の出来事や心情がわかるから、書き記していた自分を褒めたい。
それ以上にNさんには感謝を伝えたい。
ありがとうございます。
手のリハビリを終えて部屋に戻ると、脳疲労対策の糖分補給用果汁100%ジュースが届いていた。
果物や野菜とのミックスジュースが8種類各6本ずつで全部で48本。
リンゴやブドウにニンジンやホウレン草と、どれから飲もうか悩んでしまう。
看護師さんからは昼ご飯の後に飲むように言われていたが、今日だけ特別に午後2時のオヤツで1本。
栄養成分表示で糖分がもっとも多かったブドウ100%ジュースにした。
ゆっくりと味わって飲むつもりが、4ヶ月以上のご無沙汰に一気に飲んでしまった。
甘い味以外はブドウの風味も分からない始末。
冷えてはいないけど美味しかった。
グレープフルーツが入っているミックスジュースは血圧にNGだから除いて、他の7種類を各2本ずつ冷蔵庫に。
明日からは昼ご飯を食べ終えて部屋に戻ったら、冷えたジュースをゆっくりと味わって飲もう。
◾️10月17日金曜日
タイムトライアル。
2分50秒。
昨日までのどんよりした空模様が一変。
爽やかな秋空が広がっている。
健康なら仕事をサボって何処かに行きたい天気だ。
来年の今頃は秋晴れの1日は平穏に過ごしていることだろう。
そうあってほしい。
「真柄さんも古株になりましたね」
看護師さんから言われた。
私が入院した時にいた患者さんで、今もいるのは3人。
気がつけばまわりは新しい患者さんばかり。
そして私も来月の17日にここを去る。
利き手変換を言われた時、右手は寝てるから起きるまでの間だけ左手は使うと思っていた。
脳梗塞になって3日目からご飯が食べられるようになった。
その時から左手で箸を使ってご飯を食べていた。
トイレは最初の頃は上手く拭けずに指に付いたりした。
けれど慣れたら右手となんら違わず拭けるようになった。
文字も小学生の低学年のような拙さだけど、なんとか読める字を書ける。
左足もバランス感覚が良く、片足立ちも1分くらいならぐらつかない。
左足の指も器用で、物を指で挟んで持てたりする。
言ってしまえば私の左手と左足はとても器用だ。
作業療法士A塚さんが利き手変換はタイミングが大事と言っていた。
麻痺した利き手をリハビリで回復させていくなかで、これ以上回復が見込めないと判断してから利き手変換を始めるそうだ。
同時進行だと脳がバグってしまうらしい。
私のように利き手変換をせずとも左手を使いこなすのは稀有らしい。
ここでまた思う。
脳に後遺症はない。
麻痺した右肩は筋力が残って亜脱臼にならなかった。
腰が強く腰痛がないからリハビリに支障がない。
筋トレで腹筋を鍛えたら体幹が強くなった。
体幹が強くなったから早い段階で歩けるようになった。
感覚障害が無いから地面を踏んでいるのが分かる。
麻痺したところに痛みや痺れがないから辛くない。
右膝の痛みは体重減少と歩き方の矯正でなくなった。
心臓への負担も体重減少で少なくなり楽になった。
左手が器用で片手でも出来ることが多い。
私の身体は要所要所で運が大変良い。
身体に限らず、私の人生は運が大変良い。
リハビリは辛い面もあるけど、それを上回るほど回復した喜びは大きい。
この先の人生も強運で生きていくのだ(笑)
異動は別ればかりではない。
他のフロアから来るスタッフさんもいる。
今日最初のリハビリは初めましてのセラピストさん。
4階から異動してきたI飼さん。
初めてだからと身体の状態を確認。
右肩が強くてとても良いと評価してくれた。
今日最後のリハビリもI飼さんの予定。
その時は公道を独歩で歩くことにした。
介護士のK島さんも異動で2階に。
小柄で目元が素敵な方。
私が自己紹介で頭に障害はないと言うと、初対面だからか面喰らったようだ。
頭の障害の有無を言うのは一般社会ではあり得ない。
リハビリテーション病院だからよいが、外界では気をつけなければ。
残りの入院期間、お世話になります。
入浴について回復具合を記しておこう。
7月は服の脱ぎ着も洗体も拭くのも介助してもらっていた。
まさにされるがまま。
8月には服の脱ぎ着は自分で出来るようになった。
9月は身体を洗うのも自分で行い、出来ない左側を介助してもらっていた。
10月になり浴場まで杖を使い歩いて行けるようになった。
椅子に座って装具や靴を履くことも出来るようになった。
来月は5階の大浴場で全部自分で済ませるのが目標。
リハビリを続けることで、出来ないことが出来るようになってきた。
家に帰れば四六時中介助してくれる人はいない。
可能な限りなんでも自分で出来るようにならねば。
脳梗塞で半身麻痺となったからといって悲観することはない。
人それぞれの症状に合わせてリハビリを続けることで、回復する可能性があるのだ。
だからこそリハビリテーション病院へ入院したら期限ギリギリまでリハビリに取り組むのだ。
◆脳卒中だけでも年間約190万人もなるのに、療法士は約33万人しかいない
私のいるリハビリテーション病院にはセラピスト(療法士)を目指す学生たちが研修に来ている。
期間は2ヶ月とかなり長いと思ったけど、この業界では当たり前だそうだ。
一度に20人ほどの学生たちが、6月~7月、9月~10月のように約2ヶ月間、何度かに分かれて実地研修をしている。
私の作業療法のメイン担当A塚さんに学生が付いていたから、入院当初から私は検体として大活躍。
症状が重いのに頭は正常ゆえ実地研修の内容を理解して協力出来たからだ。
どんな仕事も同じだけど、療法士ほど経験を積めば積むほど腕が上達する職業もない。
職人的な世界だ。
出来る限り協力して、私のような身体機能を失った人を手助けするセラピストは増えてもらいたい。
脳卒中だけでも年間約190万人もなるのに、療法士は約33万人(2023年時点)しかいない。
充分なケアを受けられずに身体機能が回復出来ない人が一人でも少なくなってもらいたい。
そう思えば研修生の検体になることは、お安いご用だ。
秋晴れのもと独歩で公道を歩く。
今日は右へ距離を延ばして歩いた。
今日二度目のI飼さんと四方山話をしながらゆっくりと。
だが今日最後のリハビリだけに体力は尽きかけており、無理ないところで引き返した。
病院のスロープでは独歩を止め杖を使って戻ってきた。
無理をして転倒などしたら、これまでの努力が無駄になる。
トレーニングルームでストレッチで解してもらい、余力を残して今日のトレーニングを終えた。
◾️10月18日土曜日
タイムトライアル。
2分38秒。
懲りた。
10月になって軽度の脳梗塞患者さんたちが退院。
入院期間が2ヶ月以内の人ばかり。
普通に歩いて、両手で食事をされていた人たち。
もし私が軽度の脳梗塞で身体機能の後遺症も脳障害もなかったら?
きっと懲りなかったと確信している。
脳梗塞を舐めてしまい、これまで通りの生活を送ることだろう。
脳梗塞の再発率は高い。
厳格な管理のもとに生活習慣を整えなければ、再び脳梗塞を発症してしまう。
再発は最初の時よりも重症となる確率も非常に高い。
次は寝たきりの人生が待っているかもしれない。
だからこそ慎重になるのだ。
この4ヶ月、他人からみたら相当ハードなリハビリと自主トレを続けている。
朝4時から自主トレ。
昼間はリハビリ。
少量(適量)の食事。
娯楽も息抜きも無い。
夜は7時には就寝。
これをもう一度繰り返すのは、正直御免被りたい。
とにかく、懲りたのである。
今朝は歩く自主トレを連続2周から5周に増やした。
2階の廊下は一周100メートル。
同じペースで5周を20分。
健常者なら5分かからない距離だ。
愚直に歩いて体力をつけていくしかない。
しかし朝から歩きまわったからか、最初のリハビリで公道へ行くも帰りに足が重くなっていた。
セラピストさんと相談して午後のリハビリでバランスや歩き方を練習することにした。
ただ歩くといっても奥が深いのだ。
次のリハビリでは装具を外して屋上の障害物コースを2周。
砂利道や段差、階段に小高い起伏。
右足の筋肉は確実に強化されており、ぐらつくことなく地面を踏みしめられる。
今月中には杖を使わずに歩くことで、街中の雑踏でも安定的に歩く力を確かなものにしたい。
力がついたら次の段階として公共交通機関を使ったリハビリに進めるのだ。
11月17日までに社会生活を営むうえで最低限必要な事柄を練習して退院したい。
実践的な練習になればなるほど、セラピストさんとリハビリでしか出来ない。
欲を言えば日にちが足りない、時間が足りない。
無い物ねだりは無意味。
残り87時間で終わらせるしかない。
午後最初は足のリハビリ。
歩く時に使いたい筋肉が動かないと代償[注1]といって他の部位が代わりをする。
右足を持ち上げる股関節の筋肉が麻痺していると、代償動作[注2]で腰の筋肉で足を動かそうとする。
これはかなりの負担で、本来使わない部位を無理やり使っているから激しい痛みが出る。
[注1]
代償
麻痺などで特定の機能が不自由になった際、別の部位の動きや道具を使って、その機能を補うこと。
[注2]
代償動作
その代償を具体的に行う動きのこと。麻痺側の手を使えない代わりに体幹を大きく動かす、麻痺側の足が上げられない代わりに体を傾けるなどが該当します。
車椅子に乗っている頃から歩く練習は、股関節の筋肉が弱かったから腰の筋肉が代償。
右側の腰回りはずっと痛みが続いている。
これを解消するには使うべき筋肉で歩くことだ。
そのための練習をしてきた。
膝蹴りの要領で足を振りだす。
これを意識しなくても出来るようになりたい。
当たり前のことが出来ない、これが身体障害者。
こんな状態で退院しても会社まで行けるようになるのか?
自宅に帰れば、車が走る道を独りで歩いて自主トレをするしかない。
怖いという気持ちも不安も感じはしないけど、冷静にどうなるんだろうと思う。
冬、寒い中を杖を使って近所を歩くしか方法が思いつかない。
元日に新宿へ年始の挨拶回りに行きたい。
その為にもここにいる間にどこまで機能も筋肉も回復できるのか、自分自身しか解決出来ない問題だ。
退院まで30日。
先が見えなくなった。
文:真柄弘継
(第16回「遂に2本の足だけで歩けるようになった!歩幅は小さくても大きく歩む独歩」につづく…)
◆著者プロフィール
真柄弘継(まがら・ひろつぐ)
某有名中堅出版社 出版局長
1966年丙午(ひのえうま)の1月26日生まれ。1988年(昭和63年)に昭和最後の新卒として出版社に勤める。以来、5つの出版社で販売、販売促進、編集、製作、広告の職務に従事して現在に至る。出版一筋37年。業界の集まりでは様々な問題提起を行っている。中でも書店問題では、町の本屋さんを守るため雑誌やネットなどのメディアで、いかにして紙の本の読者を増やすのか発信している。
2025年6月8日に脳梗塞を発症して半身不随の寝たきりとなる。急性期病院16日間、回復期病院147日間、過酷なリハビリと自主トレーニング(103キロの体重が73キロに減量)で歩けるまで回復する。入院期間の163日間はセラピスト、介護士、看護師、入院患者たちとの交流を日記に書き留めてきた。
自分自身が身体障害者となったことで、年間196万人の脳卒中患者たちや、その家族に向けてリハビリテーション病院の存在意義とリハビリの重要性を日記に書き記す。
また「転ばぬ先の杖」として、健康に過ごしている人たちへも、予防の大切さといざ脳卒中を発症した際の対処法を、リアルなリハビリの現場から当事者として警鐘を鳴らしている。
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