阿部寛と沢口靖子。31年前、熱愛を報じられたふたりだ。
「僕は役柄で恋人同士ということもあり、徐々にその女優さんに惹かれていった。『可愛いな。明るくて、性格がよくて、人間的にも魅力的だし』と、この世界に入って初めて〝女優さん〟に好意を抱いた。(略)毎日、現場に行くのが楽しく、仲のいいヘア・メイクの人たちに、モデル時代のノリで、オープンに『付き合ってみたいな』なんて話をしたりしていた」
ちなみに、この本は「いい男」として世に出た阿部がそのつらさをせつせつと語る内容。「この『いい男はいいよなー』という言葉は1000回以上聞かされた。『そんなんで、俺をかたづけんなよ』『人間として真正面から扱えよ』といつも心の中で叫んでた」などという「いい男」以外にはわからない本音が綴られている。筆者の知る限り「いい男」のつらさをここまで臆面もなくネタにした芸能人は他にチュートリアルの徳井義実くらいだ。
それはさておき「いい男」に生まれたおかげで沢口とも出会えた阿部は、こんな行動に出る。
「ちょうど花火のシーズンだった。
これを機に、さまざまなメディアがとりあげたが、その主役は朝ドラ「澪つくし」や映画「竹取物語」ですでに国民的女優となっていた沢口のほうだ。阿部はあくまで、かぐや姫に求婚した貴公子みたいな扱いだった。しかも、阿部が事務所の方針でノーコメントを貫いたのに対し、沢口サイドは交際を認め、積極的に取材を受けて、彼女自身に語らせた。たとえば、こんな具合だ。
「メークの人や事務所の人と、いっしょに食事をしたり、2人だけでディズニーランドへ花火を見にドライブしたこともあります」(「女性自身」)
じつは当時、彼女は「永遠の処女」などともてはやされる一方で、新興宗教・真如苑との関係が取り沙汰されてもいた。それゆえ、取材では入信を否定したうえで、こんな発言もしている。
「最近、石原真理子さんを広尾の本部でシカト(無視)したという記事がありましたがデタラメですよ(笑い)」(「週刊女性」)
とまあ、熱愛報道を逆手にとり、清純派らしい交際ぶりなどをアピールすることでイメージアップにつなげようとしたふしも見られるのだ。
これに対し、阿部サイドは無策だった。その結果、彼は本のなかで「何かあるとかんぐって勝手なことを書きたい放題。何もないのに」とか「謂れなき『スキャンダル』事件で、仕事の面でも干されて」しまったとぼやくハメになる。
実際、その後は別の女優と共演するだけで「三角関係に発展!」「新しい愛、発覚か?」などと書かれるようになり、出演依頼も激減したという。
ただ、このおかげで阿部は役者としての実力不足も痛感することに。つかこうへいの舞台に出るなどして演技力を磨き「いい男」なだけの俳優というイメージを脱却していった。また、私生活ではデビューまもなくして経験した恋愛スキャンダルがこたえたのか、浮いた噂は沢口だけで、43歳まで独身を続ける。ゲイ疑惑を囁かれたこともあったが、06年にはドラマ「結婚できない男」に主演。イメージと演技力とが結実し、代表作のひとつとなった。
その翌々年、一般人と結婚して、2女をもうけたものの、妻子あるイメージは希薄だ。そのため、前出ドラマの続編となる「まだ結婚できない男」が現在放送中だったりする。長い目で見れば、かつてのスキャンダルを肥やしにできているわけだ。
一方、沢口はどうかといえば、こちらはさしずめ「まだ結婚しない女」だ。阿部のあと、松岡修造との熱愛も噂されたが、そこでも生々しい話は出てこなかった。54歳の今も「大物独身女優」のままである。
その選択に、31年前の一件がどれくらい影響しているかは想像するしかない。交際発覚直後、彼女は「週刊明星」のロングインタビューに2号続けて登場し、トータル9頁にわたって語った。そのなかには、
「ちょっとでも噂になると、この世界こわいですから。レポーターの人がワーッときたら、私きっと泣いちゃう」「結婚してる役って、うまくやれるかな。(略)もう本当の結婚なんて、いつになるかわかりません」
という発言が。また、仕事への欲がどんどん増してきたことも口にしている。恋愛や結婚への欲がそれを上回ることは、これまでなかったのだろう。それゆえ、代表作にしてライフワークというべき「科捜研の女」を20年にわたって続けることもできている。最新シリーズにいたっては、他にはもうNHKの大河ドラマくらいでしかお目にかかれない、ゴールデンタイムでの1年間放送だ。
その主人公・榊マリコはいわゆる仕事人間で、バツイチ子供なしという設定。ただ、この設定が活用されたのは初期に限られ、渡辺いっけい扮する元夫は第3シリーズを最後に出演していない。
なお、阿部の「まだ結婚できない男」のような作品を、沢口がやるようなことも考えにくい。独身男性を「結婚できない」とは言えても、独身女性を「結婚できない」とはなかなか言えず、こちらはあくまで「結婚しない」という表現が望ましい、という近年のジェンダー的忖度である。若き日に花火デートを楽しみ、今はそれぞれ連ドラの主役を務めるふたりは、そんな時代状況も象徴しているのだ。