ライター、編集者、クリエイティブディレクター、撮影コーディネーターなどの肩書きを持つ筆者・小林久乃。本人が「幼少期からドラマオタクだ」と豪語するほど愛するテレビドラマの見どころについて語る。
最新放送から、著書『結婚してもしなくてもうるわしきかな人生』(11月29日(金)発売/KKベストセラーズ刊)の読者にぜひ見てほしい恋愛、結婚、女性の生きかたに関する過去作まで、週1イチ更新。読めばドラマが見たくなる、何か自分に衝動が起きるコラムをどうぞ。■桑野は今の自分を映し出す鏡かもしれない
『まだ結婚できない男』の桑野信介はヘンクツではなくて、むしろ...の画像はこちら >>
『まだ結婚できない男』第9話より(写真提供:関西テレビ)<あらすじ>

『まだ結婚できない男』
関西テレビ/毎週火曜 よる9時

“桑野信介(阿部寛)、一級建築士、53歳。未婚である。地位も名誉もあるのにないのは、嫁だけ。その理由は何事に対しても偏屈、誰に対しても皮肉を言ってしまうストレートすぎる性格だと言われている。そんな桑野の周りには、会えば言い合いが始まる弁護士の吉山まどか(吉田羊)。コーヒーを飲みにくる桑野を見守る、カフェ店長の田中有希江(稲盛いずみ)と、気になる独身女性が存在して……。”

 第一シリーズから13年間の時を経て、令和の世に降りた『まだ結婚できない男』。毎週、制作側の期待以上と呼べるリアクションで笑わっている。

 桑野は素直になることができず、ひと言……いや、ふた言ほど余分なことを発してしまう男。ゆえに周囲から誤解されて、存在を煙たがられる。

でも放送回を見直していると

「(……そんなに桑野は変わっているんだろうか?)」

 疑問を持ってしまった。ひねくれた中年男が主人公という点では、コメディドラマとして考えると、ひじょーに楽しい。でも一人の人間として考えると、元彼にも周囲にも、同じような人がいた記憶がよみがえってきた。けして私自身がおかしな人間だと思わずにこのコラムの先へ進んでほしい。

 ドラマ内では桑野による、こんなシーンが多発する。

 本当は興味があるのにスタッフには

「婚活アプリはヒマ人の遊びだ」

 と、一蹴。結局その後にアプリ登録をして、女性と会うところまで進展している。素直ではないのが彼の最大の特徴だ。思っていることと、口にすることが自然と裏腹になってしまう……。

 独り住まいの部屋は高級マンションで、ホコリ一つ落ちていないクリーンな空間だ。そんな独身の城に顔見知りの隣人が差し入れに訪ねてくると

「残飯処理ですか」

 そう漏らす。黙って受け取ればいいのに。

そしてお返しに渡すのは、まさかのお手製北京ダック……。コミュニケーション能力が部分的に欠落しているせいか、他人を驚かせることも多い桑野。他にも自分以外の失敗や失言をうれしそうに眺める、人の話を盗み聞きするなど、彼の特性を表すシーンが登場する。

 こんな桑野の機微を表現する阿部寛さんの演技は妙技だ。このエッセンスが加わっているから、ヘンクツと言われる男なのに、愛らしさが湧いてくる。元彼のことだ。でもこんな男、いた。確かに、いた。10年前に付き合っていた。

「(ニヤニヤしながら)……あのさあ、風呂場で……脱毛したでしょ? 俺、毛、捨てておいたよ」

 元彼が言った。確かに風呂掃除で、排水口にたまった髪の毛を浴槽のヘリに置いておいた。その髪の毛を手足や局部の脱毛で残った体毛だと勘違い、つまり彼女の失態だと思って、勝ち誇ったように伝えてくる元彼がいた。

脱毛でたまる量の10倍近くはある髪の毛。彼女がどんな脱毛を風呂場でしたと想像したのか……? でもケンカをしても弁が立つ彼女を論破できず、彼は悔しい思いを抱えていたに違いない。そんな元彼による、彼女の凡ミスを指摘した(つもりになった)小さな反撃を思い出した。

 ではそんな元彼を当時どう思ったかと言えば、たいして気にもならなかった。こんなふうに回想できるのだから、元カノとしてはハートウォーミングな想い出だったのかもしれない。そして同じようなことを桑野も言いそうである。

 人として“嫌味”になる部分は、誰しもが持ち合わせている。知らぬ間に、元彼のように周囲へ放出している可能性はある。そう思うと身の毛がよだち、毎週火曜夜は笑い声がこだましていた我が家のリビングが、急に静けさを取り戻した。

■「結婚してもしなくても、セカンドステージが幸せかどうかには本質的に関係ない」
『まだ結婚できない男』の桑野信介はヘンクツではなくて、むしろ優良物件だ
『まだ結婚できない男』第9話より(写真提供:関西テレビ)

 桑野がただの嫌なヤツで終わらないのは、たまにはいいことも言うからだ。

 女優業の行末に悩む隣人に

「どんな仕事にだって必ず辞めたいという時が来る。でもそこで踏み止まれたら、それこそ本当の第一歩なんだ」

 愛あるアドバイスを告げる。

『未来の建築を考える』がテーマの講演では、

「人生が長くなれば、残念ながら不安も増える。ただそのぶんチャンスが増えるとも言える。(中略)結婚してもしなくても、セカンドステージが幸せかどうかには本質的に関係ない」

 こんな名言で、会場内の客を納得させた。これらの名言が示すように、彼の本質の部分は淀んでいないと思う。もし淀んでいたら、胸打つ言葉は溢れてこないのだから。本当に余談で恐縮だけど、名付け親となった拙著『結婚してもしなくてもうるわしきかな人生』のタイトルとセリフがシンクロした。これは書いた人間としては、ラッキーハプニングだと、桑野のようにしたり笑顔させてもらった。ニヤリ。

 仕事はエリート、掃除も料理も一通りはできる。余分なことは言ってくるけど、優しさも見せる桑野。ついでに浮気をしないタイプだろう。偏屈だと笑われているけれど、実はいい夫の条件が揃った優良物件じゃないか。

そして彼の言動は気づかぬうちに自分もしているかもしれないと思うと、このドラマはニヤニヤ見ているだけでは感じることのない、反面教師物語。作品の“深さ”がそこかしこに隠されている。

 テレビドラマがひと昔前のように、全12話まで放送されなくなった時代になった。そんな最中にシリーズ化という盤石ぶりを見せるのは、一話にたくさんのギミックが仕掛けられているのだと、改めて。きっと桑野信介はここから先、何十年後も変わらない。そんな彼の葬式までドラマが続かないかな。弔問客たちが彼のことをどんなふうに話すのか、そっと盗み聞きをしてみたいのだ(私に桑野、憑依中)。

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