『まだ結婚できない男』
関西テレビ/毎週火曜 よる9時
“桑野信介(阿部寛)、一級建築士、53歳。未婚である。地位も名誉もあるのにないのは、嫁だけ。その理由は何事に対しても偏屈、誰に対しても皮肉を言ってしまうストレートすぎる性格だと言われている。そんな桑野の周りには、会えば言い合いが始まる弁護士の吉山まどか(吉田羊)。コーヒーを飲みにくる桑野を見守る、カフェ店長の田中有希江(稲盛いずみ)と、気になる独身女性が存在して……。”
第一シリーズから13年間の時を経て、令和の世に降りた『まだ結婚できない男』。毎週、制作側の期待以上と呼べるリアクションで笑わっている。
桑野は素直になることができず、ひと言……いや、ふた言ほど余分なことを発してしまう男。ゆえに周囲から誤解されて、存在を煙たがられる。
「(……そんなに桑野は変わっているんだろうか?)」
疑問を持ってしまった。ひねくれた中年男が主人公という点では、コメディドラマとして考えると、ひじょーに楽しい。でも一人の人間として考えると、元彼にも周囲にも、同じような人がいた記憶がよみがえってきた。けして私自身がおかしな人間だと思わずにこのコラムの先へ進んでほしい。
ドラマ内では桑野による、こんなシーンが多発する。
本当は興味があるのにスタッフには
「婚活アプリはヒマ人の遊びだ」
と、一蹴。結局その後にアプリ登録をして、女性と会うところまで進展している。素直ではないのが彼の最大の特徴だ。思っていることと、口にすることが自然と裏腹になってしまう……。
独り住まいの部屋は高級マンションで、ホコリ一つ落ちていないクリーンな空間だ。そんな独身の城に顔見知りの隣人が差し入れに訪ねてくると
「残飯処理ですか」
そう漏らす。黙って受け取ればいいのに。
こんな桑野の機微を表現する阿部寛さんの演技は妙技だ。このエッセンスが加わっているから、ヘンクツと言われる男なのに、愛らしさが湧いてくる。元彼のことだ。でもこんな男、いた。確かに、いた。10年前に付き合っていた。
「(ニヤニヤしながら)……あのさあ、風呂場で……脱毛したでしょ? 俺、毛、捨てておいたよ」
元彼が言った。確かに風呂掃除で、排水口にたまった髪の毛を浴槽のヘリに置いておいた。その髪の毛を手足や局部の脱毛で残った体毛だと勘違い、つまり彼女の失態だと思って、勝ち誇ったように伝えてくる元彼がいた。
ではそんな元彼を当時どう思ったかと言えば、たいして気にもならなかった。こんなふうに回想できるのだから、元カノとしてはハートウォーミングな想い出だったのかもしれない。そして同じようなことを桑野も言いそうである。
人として“嫌味”になる部分は、誰しもが持ち合わせている。知らぬ間に、元彼のように周囲へ放出している可能性はある。そう思うと身の毛がよだち、毎週火曜夜は笑い声がこだましていた我が家のリビングが、急に静けさを取り戻した。
■「結婚してもしなくても、セカンドステージが幸せかどうかには本質的に関係ない」
桑野がただの嫌なヤツで終わらないのは、たまにはいいことも言うからだ。
女優業の行末に悩む隣人に
「どんな仕事にだって必ず辞めたいという時が来る。でもそこで踏み止まれたら、それこそ本当の第一歩なんだ」
愛あるアドバイスを告げる。
「人生が長くなれば、残念ながら不安も増える。ただそのぶんチャンスが増えるとも言える。(中略)結婚してもしなくても、セカンドステージが幸せかどうかには本質的に関係ない」
こんな名言で、会場内の客を納得させた。これらの名言が示すように、彼の本質の部分は淀んでいないと思う。もし淀んでいたら、胸打つ言葉は溢れてこないのだから。本当に余談で恐縮だけど、名付け親となった拙著『結婚してもしなくてもうるわしきかな人生』のタイトルとセリフがシンクロした。これは書いた人間としては、ラッキーハプニングだと、桑野のようにしたり笑顔させてもらった。ニヤリ。
仕事はエリート、掃除も料理も一通りはできる。余分なことは言ってくるけど、優しさも見せる桑野。ついでに浮気をしないタイプだろう。偏屈だと笑われているけれど、実はいい夫の条件が揃った優良物件じゃないか。
テレビドラマがひと昔前のように、全12話まで放送されなくなった時代になった。そんな最中にシリーズ化という盤石ぶりを見せるのは、一話にたくさんのギミックが仕掛けられているのだと、改めて。きっと桑野信介はここから先、何十年後も変わらない。そんな彼の葬式までドラマが続かないかな。弔問客たちが彼のことをどんなふうに話すのか、そっと盗み聞きをしてみたいのだ(私に桑野、憑依中)。