経済的視点から時代を読み解くことによってわかる、信長の経済政策の歴史的意味とは?
経済で読み解く織田信長』(KKベストセラーズ刊)の著者・上念司さんにお話を聞いた。


――歴史を経済的視点から読み解く上念さんの「経済で読み解く」シリーズはこれで3作目ですが、今回「織田信長」をテーマにされたのはなぜですか?

上念:シリーズ1作目の『経済で読み解く 大東亜戦争』では、明治維新以降から戦後の高度経済成長あたりまでを書きました。

2作目の『経済で読み解く 明治維新』は徳川3代将軍家光の時代から始まり、明治維新が終わって新貨条例が出るところまでを描いています。それで今回は、そこからさらに遡って織田信長に行ったわけですが、主に描いたのは室町・戦国の時代の政治と経済のことですね。
つまり、日本の歴史を経済で読み解きながら遡るということを先の大戦から順にやっていって、今回は「信長」になったということです。


――米の価格変動をグラフ化したり、アジアの気温変動や出土備蓄銭の分布を分析したりして戦国大名の勢力図や人々の生活の様子を見事に描き出していますが、データの作成・分析には苦労されたのでは……

上念:ほんとに、もうね、苦労の連続でした(笑)。なにせこの本を書こうと思った当初は、室町時代についての私の知識は教科書レベルでしかなかったんですから。これではとても書き上げるのは無理だなと思ったので、すぐに憲政史家の倉山満先生に電話をかけました。
「“室町”について語るならば、何を読まなければならないでしょうか?」とご教示をお願いしたわけです。
倉山先生の答えは次のようなものでした。
「まず、漫画の『センゴク外伝 桶狭間戦記』を読んでください(本編ではなくて『桶狭間戦記』のほうですよ)。次に室町時代に非常に詳しい今谷明先生の本を読みましょう。それから谷口克広先生の本もお薦めです。谷口先生は“信長といえば谷口”と言われるくらい、信長については非常に詳しい方です。

この3つをとりあえず押さえてからやってください」

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それで倉山先生の教えに従って読み始めたら、どれも面白くてやめられなくなりました。特に今谷先生の本は面白かったですね。
今谷先生は、古文書を紐解いて、誰が権限者で、何枚あるのか、その割合はどれくらいなのかというのを丹念に調べていって、そこから権力抗争を把握するという非常に実証的な研究をされている方なんです。
例えば室町時代には、権力が将軍から管領のほうに移ったのですが、その経緯は裁判の判決の執行人が誰だったのか、その変遷を辿ることでだいたいわかると言うんですね。
そこで私も今谷先生が参考文献で挙げている本を手当たり次第に取り寄せて読んでいきました。古本(古書)でしか入手出来ない本がほとんどだったので結構お金もかかったんですけども、どの資料も興味深いものばかりでしたね。そうやって一つ一つ地道に読み解いていったんです。

それから、経済学200年の伝統で培った「マクロ経済の基礎」があるので、それに基づいて仮説を立てて資料にあたるということもやりました。
「そうだとするとこんな資料があればいけるのではないかな…」ということで、主にネット検索をしながら文献を手に入れていったんです。そして新しい文献で得たキーワードでまた検索して新たな資料を探すというやり方でどんどんエリアを広げていったわけです。

出土備蓄銭は偶然の発見でしたね。たまたま出土備蓄銭の論文を見つけて、これは面白いと思って読んでいたんです。

最初私は、出土備蓄銭というのは貨幣供給量だと思ったんですけど、そういう見方では実際に起こっている事象とうまく合わないんですよ。
そこで閃いたんです。これは「タンス預金」に違いないとね。タンス預金だと考えると出土備蓄銭の分布は見事に世相と一致するわけです。
タンス預金が増えるときというのはデフレがものすごく進行するときで、そういうときはだいたい人々の心は乱れてあちこちで戦争が起こっています。あらためて調べてみると戦乱と出土備蓄銭の分布はピッタリ合っているんですね。
執筆途中でこのような発見があったらそれまでの仮説を修正し、書き直していくといった作業を繰り返しながら、なんとか完成まで辿り着きました。
ただ、結論的に言えるのは、「経済の掟」というのはどんな時代でも、どんな権力構造においても常に妥当するということですね。「経済の掟」が普遍妥当性を持っているということが今回の執筆であらためてよく分かりました。

――この本は経済書といいながら、戦国大名や寺社勢力入り乱れての戦いが活写されていて戦国絵巻を見ているような感じもしたのですが、これも最初から意図されたことでしょうか?

上念:そうです。この本は「平成の仮面ライダーシリーズ」なんです。平成の仮面ライダーシリーズというのは、それまでのものと違って「敵対勢力のほうにも戦わざるを得ない理由がある」ということをきちんと描いているのです。

仮面ライダーの敵はただ悪いだけじゃないんだよ、彼らが悪を為すのはそれなりの理由があるんだよ、という描き方をしているんですね。
戦国の時代も同じです。織田信長の敵対勢力である他の戦国大名とか寺社勢力にもそれぞれに、それなりの理由があって戦っていたんです。それは当たり前の話ですよね。だからこの本ではどちらかというと信長よりも敵対勢力の方が詳しく書かれているのです。

「室町時代はまさに新自由主義」 お金の流れから見える織田信長の“本当の業績”とは?
 

寺社勢力がなぜこんなにも対立し合っていたのかというのは一般の人にとっては謎だと思うんですよ。だって、ふつう禅寺なんていうのは枯山水と座禅、あるいは問答とかをやっているだけの極めて平和的なお寺と考えますよね。ところが室町時代の寺社というのは全く違うんです。本にも詳しく書いていますが、臨済宗などは鎌倉時代から応仁の乱にかけて日本経済を牛耳(ぎゅうじ)っていた巨大マフィア的存在だったんですからね。


――本書に登場する戦国期の人々(武将、僧侶、庶民)は、かなりアグレッシブで、平和ボケした現代人とは異人種のように見えます。日本人は変わったのでしょうか?

上念:基本的には日本人は変わっていないと思いますよ。戦後、日本人は押し付け憲法(日本国憲法)のもとでもしたたかにやって来ました。

また、70年経って、歴史の歪曲というのをしっかりと元に戻し始めてきたということはあると思いますね。
今回の安倍首相とトランプ大統領の日米首脳会談を見ていてもそれは分かります。あのようなアグレッシブな総理大臣を選んだ、しかも過去3回の選挙でそういう与党に圧倒的多数を与えているという日本人の感性、考え方というのは、戦国時代の人々とも繋がっているんだなというふうに私は思います。
とはいえ、学校教育とか、公的な部分ではいまだに「リスクを取るな」「リスクをとるヤツは危ない、山師みたいなヤツだ」みたいな教育が行われています。学校だけでなく家庭でも「安定した職業に就きなさい」「公務員になりなさい」「大きい会社に入りなさい」「資格をとりなさい」…そういうことばかり言っているわけですよね。
でも室町時代は、リスクをとってチャレンジする人が尊敬されていたわけです。実際にそういう人が大成功しました。なかには武将にまで上り詰めた人もいたわけです。下克上というのはまさにそういう時代ですからね。なんと、僧侶のなかにもそういう人がいたんですよ。僧侶なのに大富豪みたいな人もたくさんいましたからね。

――例によって、織田信長は最終章近くに颯爽(さっそう)と登場。

少ない出番のなかで先駆者たちを一刀両断で切り裂いていて、さすがに格好いいのですが、この登場の仕方は予定通りだったのですか?

上念:これについては、かなり「執筆の神」が降りてきた感じがしていますね。本書では第4部に当たるのですが、畿内・阿波国の戦国大名三好長慶がいいとこまで行くのですが、「果たしてこれからどうなるでしょう!?」というところで織田信長が颯爽と登場するわけですからね。
しかもこの本では、通常の信長本では必ず描写される桶狭間(おけはざま)の戦いも、姉川の戦いもないし、石山本願寺包囲戦の詳細も一切書いていないんですね。今までの信長本では描かれていなかった側面を描き出し、しかも自分で言うのもなんですが、こんなに面白く描くことができたというのは、私自身信じられないところがあります。たぶん最後は「信長の霊」が降りてきたんでしょうね。


――「経済で読み解く」シリーズは、大東亜戦争、明治維新、織田信長と続きましたが、次はどこに行くのでしょう?

上念:今回ご教示いただいた倉山先生は「次は豊臣秀吉にいったらいいんじゃない」と言っていましたね。秀吉をテーマにすると必然的に織田信長のことを書かざるを得ないでしょ、というわけです(笑)。さらにその次の本で家康について書けばたぶん秀吉のことを書くことになると思うので…ということなんですが、まだ今は決めていないです。
海外の事象に行ってもいいかなと思ったんですけど、やっぱり日本史のほうがいいかもしれませんね。
実は今回の本で書き漏らした人がいるんです。その人は京都五山の東班衆(とうばんしゅう)の僧侶なんです。その僧侶の生き方を通じて時代を描写するというのもアリかなとちょっと思っています。

今回のようにマニアックな文献資料を追っていって、それこそ歴史小説風に中世の資本主義入門みたいな本にするのも面白いかなと思いますね。


――最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

上念:歴史の歪曲というのは右でも左でも常に行われています。今でも右を自称している人のなかでも「新自由主義が~」とか言ってバカ騒ぎをしている人、TPP亡国論とかなんとか言っている経済ド素人のみなさんがいらっしゃいますね。
悲しいことに、彼らは歴史を知らないんですよ。だって、彼らの言うところの定義に従うなら室町時代なんてまさに新自由主義ですよ。権力(寺社勢力)と商人ががっちり結びつき、商人は権力者をサポートし、権力者は商人を庇護(ひご)するという関係ですよね。室町時代の経済はそういう関係で運営されていったわけです。
そして、それぞれが縄張りを持っていた。しかも場合によっては武力衝突によって経済的な問題を解決しちゃうというかなり荒っぽい初期資本主義みたいなことをも行われていたわけです。そのなかで経済は発展していって、江戸時代の高度成長が起こる。

「室町時代はまさに新自由主義」 お金の流れから見える織田信長の“本当の業績”とは?
 

これは彼らの言うところの「新自由主義が~」ってヤツですよね。しかも室町時代の日本は外資しかなかった。室町時代には、通貨は発行していなかったわけですから。全部外資です。もちろん日本に輸入された通貨ではありますけど、いわゆる外資ですよね。
そういう意味で言うと保守を自称している連中(私は、こんなのは保守ではないと思いますけど)のなかでもおかしな歴史歪曲が行われているというのは非常に嘆かわしいですね。ただ、ありがたいことに、そういう人たちの人数は確実に減ってきてはいると思いますが。

本書を読んで正しい歴史に目覚める人がどんどん増えていって欲しいですね。そうなれば、戦後日本を覆っていた「ディズニーランドの魔法」から解き放たれて、信長が活躍した時代のような、本来の生き生きとした力強い日本に立ち返るのではないかと私は思っています。

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