「ブラック企業アナリスト」として、テレビ番組『さんまのホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)、「週刊SPA!」(扶桑社)などでもお馴染みの新田龍氏。計100社以上の人事/採用戦略に携わり、あらゆる企業の裏の裏まで知り尽くした新田氏が、ほかでは書けない、「あの企業の裏側」を暴く!

 ニチイ学館は介護業界の最大手企業であり、病院からの医療事務受託でも最大手(ちなみに医療事務とは、いわば「病院の窓口事務」であり、レセプト(診療報酬明細書)の作成や受付業務を行う仕事である)。

そして、その医療事務職や介護職の人材を養成する教育事業を展開している。

 社名の「ニチイ」は「日本医療事務」に由来するもので、以前存在していたスーパーマーケットの「ニチイ」(2011年イオンリテールに吸収)とは関係ない。

 介護事業に関しては、筆者の古巣であるグッドウィルから「コムスン」事業を継承している。在宅系介護(訪問介護・通所介護等)、居住系介護(有料老人ホーム、グループホーム等)、そして家事代行サービスや高齢者専用賃貸住宅まで、介護サービスのフルラインナップを提供している。

 教育事業では、「医療事務講座」「ホームヘルパー講座」などを中心に、医療・介護現場で生かせる実務と資格講座を全国で展開している。また、最近は俳優・伊勢谷友介が出演するテレビCMや広告を大量に目にする英会話スクール「COCO塾」も同社の事業だ。マンツーマン英会話スクール「GABA」を完全子会社化し、昨年開講以降、全国に100校近く開校している。

 12年3月期の売上高は2,573億円と、4期連続で過去最高売上高を更新しており、利益面でも3期連続の増益である。「ワンストップで高度な福祉サービス」を謳い、時流にも乗り、将来的にもニーズが途絶えることがなさそうなサービスを扱う同社が、なぜかよく“ブラック企業”だと言われる理由はなんだろうか?

 私自身、同社については長年ノーマークだったが、このたび同社の介護サービスユーザーから告発情報を得たことをきっかけに調査を開始した。すると、どんどん同社のブラックな内幕が明らかになってきたのだ。

 まずは概要からお伝えしていこう。同社が展開する事業は、それぞれが関連性を持っている。

まず受講生を広告で集め、資格講座で「医療事務」などの資格を取らせる。「資格を取って、医療事務職になろう!」という広告が、ネット上に大量に露出している。「自分のスタイルで働けて、結婚・出産後も続けられる」といった謳い文句により、前職がハードな職場で体調を壊した人などが再チャレンジ先として選択することもある。ちなみに受講料は、「医療事務講座」の通学コース・一括払いで9万1980円である。

 同社はそこで資格取得させた受講生に対し、就業先の病院を斡旋する。具体的には派遣スタッフとして就業させるかたちになるのだが、その紹介を行うわけだ。医療事務資格は国家資格ではないため、資格がなくても医療事務職にはなれる。ただ実際には現場経験がないと直接応募の就職は難しいため、まずはここで派遣経験を積むわけだ。

 少なくともここまでは、特に違法なことはない。

●劣悪な労働環境

 問題なのは、派遣先での就業を開始して以降の労働環境にある。同社から派遣、もしくは斡旋を受けて就労した人は、その環境のあまりの劣悪さに疑問の念を抱いているのだ。

・高額な受講料の割には稼げない。

時給は普通のアルバイト程度か、それ以下
・残業しても給与に反映されない。長年勤めても昇給はわずか
・人間関係がよくない。ベテランスタッフが自分の立場を守るためのいじめがある

「給与が安い」という点については、多くの経験者が訴えていた。時給ではそれぞれの地区の最低賃金とほぼ等しく、常勤で月給の人であっても額面で10~15万円程度だ。

「そもそも、医療事務という職種自体が安いんじゃないの?」とお考えの方もおられるだろう。確かにそんな面もあるのだが、同社は少々悪質である。

 同社の求人情報のどの辺がブラックかというと、月額給与総額(約20万円)の割に、基本給が低い(6.6万円)のだ。これは「モンテローザ」や「大庄」などの外食チェーンでも採り入れられている、「故意に基本給を低くして、(基本給が算出基準となる)賞与などの総額支給を低く抑えるための策」なのである。同社の他の求人でも、基本給はおしなべて6~7万円台に抑えられていた。

 額面で15万円程度ということは、手取りではもっと低くなる。これでは単身で生活を営むことはなかなか困難だ。「残業で稼げばいい」という意見もあろうが、そもそも医療事務を選ぶ際の理由として「資格を得て、時間的自由を確保して働きたい」という願望があったはずである。

 同社で勤務する人の中からは、「月80時間は残業してるのに、月100時間程度しか働けないパートの人と給料があまり変わらないなんて……」と嘆く声も聞かれた。

 また本件以外にも、現場で派遣、もしくは常勤で働くスタッフからは次のような怨嗟の声が上がっている。

・仕事を紹介すると言われたのに、されないまま

・資格を取るときに「準国家試験」「国家試験に昇格する動きがあります」と言われて受講を決めたが、そんな動きはないし、資格がなくても就ける仕事だった

・資格取得前に斡旋された仕事を始めた。無資格者は有資格者よりも時給が低いが、資格合格後も低い給与のままで1年以上放置され、差額も支払ってもらっていない

・紹介された仕事が取得資格とは関係ない雑用ばかりだったことを訴えたら、「まずは雑用から覚えるように」と諭され、2年勤めた。その経験を基に別の仕事の紹介を受けようとしたら「雑用しかしてないから紹介できない」と言われた

・取得資格に関する仕事紹介を希望したら「パートなら」「賞与ナシなら」「時給750円なら」ある、それ以外の仕事はない、とはねつけられた。その仕事がしたくて、受講料を払って資格を取ったのに……

・たまに休みをとると「常勤のくせに休みをとって……」などと言われる

・社員は派遣スタッフのことを考えない。自分たちはすぐ休みをとるくせに、現場の人間には厳しい。家庭の事情を伝えて勤務先に配慮してもらおうとしたら、機嫌が悪くなる。とても働きづらい会社

・ケアマネジャーの仕事を始めたばかりなのに、いきなり担当を30件以上持たされた。毎日残業ばかりなうえ、課題もあってやってられない

 私もさまざまな情報ソースを当たっていたが、同社を擁護する声はほぼ聞かれず、多くがこのような非難であった。明らかに違法な実態も垣間見え、それが理由で同社を離れていく人も多い。ただそれでも、不況下では資格を得て安定的な仕事に就きたいと希望する人は多くおり、新たに同社講座の門をたたく人の補充には苦労しない、という構図なのだ。

 では次回は、筆者が相談を受けた同社介護サービスにまつわるブラックな事件を紹介させていただこう。この事件はニチイ学館のみならず、あからさまに同社の肩を持つ裁判所の悪辣な実態を垣間見るにもうってつけのケースだ。
(文=新田 龍/株式会社ヴィベアータ代表取締役、ブラック企業アナリスト)

新田 龍(にった・りょう):株式会社ヴィベアータ代表取締役、ブラック企業アナリスト。
早稲田大学卒業後、「ブラック企業ランキング」ワースト企業2社で事業企画、人事戦略、採用コンサルティング、キャリア支援に従事。現在はブラック企業や労働問題に関するコメンテーター、講演、執筆を展開。首都圏各大学でもキャリア正課講座を担当。
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