楽天の三木谷浩史・会長兼社長は昨年12月25日、新ポスティングシステム(入札制度)によるプロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルスの田中将大投手の米大リーグへの移籍を認めた。楽天は日本野球機構(NPB)実行委員会の12球団で唯一、新しい入札制度に反対していた。

 田中投手の米大リーグ移籍について、球団オーナーの三木谷氏の態度は二転三転した。当初は、初優勝の原動力となった田中投手の引き留めを立花陽三・球団社長に厳命したとされる。しかし、11月26日、東京・品川区の本社で星野仙一監督から優勝報告を受けた三木谷氏は、報道陣を前に「若い人が海外に挑戦することはいいことと思う」と移籍の容認を示唆した。その後、12月17日、日本野球機構と大リーグ機構(MLB)は2000万ドル(約20億円)という譲渡金の上限を設ける新ポスティングシステムで合意したが、田中投手のために急遽、用意されたものといわれている。この上限金額について三木谷氏は「金額が低すぎる」と態度を硬化させ、田中投手の「大リーグへの挑戦」の希望表明に対して球団側は回答を保留。譲渡金に上限を定めた新制度の利用を球団オーナーである三木谷氏が容認するかどうかに焦点は絞られた。

 日本の野球ファンや東北のファンからは田中投手の米大リーグ行きを後押しする声が日増しに強まり、ついに三木谷氏は12月25日、新制度による米大リーグ移籍を認めた。従来のポスティングシステムなら100億円を球団が手にする可能性もあったため、球団としては金銭面で大きな損を被ることになる。

 三木谷氏が硬化させた態度から一変し容認へ傾いた理由について、インターネット業界関係者は次のような見方を示す。

 「田中投手のメジャー移籍を妨げたとの批判を受ければ、三木谷氏のイメージダウンは修復不能になる。米国での事業展開を考えている彼は、認めざるを得なかった。『苦渋の選択』とマスコミは書くが、認めるしかなかったのでなないか」

ちなみに12月27日、都内で行われた楽天本社の納会に出席した三木谷氏は、「田中投手について」という報道陣の問いかけに対し無言を貫いた。

●業績は好調、売上高は過去最高を更新

 楽天は昨年12月3日、東京証券取引所第一部に上場した。日本証券業協会(現・東証ジャスダック)に株式を店頭登録してから13年。ネットベンチャーの雄は大手企業の仲間入りを果たした。だが、上場初日の楽天株式は下落して始まり、終値は1540円と小幅安だった。ジャスダックから東証一部への市場変更の決定を受けて、楽天株式は11月27日に年初来の高値、1637円をつけた。一部上場をきっかけにさらなる株価上昇が期待されたが、不本意な出だしとなった。

 楽天の業績自体は好調だ。13年1~9月期連結決算はインターネットの仮想商店街「楽天市場」や楽天証券などの金融関連事業が好調だったため、売上高は前年同期比32.1%増の3697億円、最終利益は同13.0%増の363億円となり、売り上げは過去最高を更新した。楽天市場は楽天イーグルスのパ・リーグ優勝で新規会員数と取扱高を大幅に増やし、7~9月期の流通総額は同29.4%増の1兆2975億円と爆発的に伸びた。

 一方、三木谷氏は経営者として以外の顔でも、一経済人としてその存在感を高めた。第2次安倍晋三内閣発足とともに、安倍首相は三木谷氏を重用。政権の目玉である産業競争力会議の民間議員に選んだだけでなく、三木谷氏が代表理事を務める経済団体「新経済連盟」の会員との会食やイベントにも進んで出席して「日本を成長させるのはIT企業をはじめとするニューエコノミーだ」とエールを送った。

「安倍首相は経団連より新経連(に重きを置いている)」といわれるほどの蜜月ぶりだった。

●3つの“冷水”

 そんな楽天、そして三木谷氏の快走に、昨年後半からいくつか水を差す事態も起こっている。

 昨年7月2日、楽天は三菱UFJモルガン・スタンレー証券のアナリストを名指しで批判し「出入り禁止」にし、その事実をプレスリリースで公表するという前代未聞の措置を取った。出入り禁止にしたアナリストは外資系通信社が発表している「日本株アナリストランキング」のソフトウェア・ITサービス部門で1位になっている人物だったが、会社の意に反するレポートを出され、「このアナリストのレポートは、過去に発表されたものも含めて投資判断の一助にならないから、参考にしないよう『お勧めします』」とした。これを受け、精密小型モーターで世界トップシェアを誇る日本電産の永守重信社長は、7月23日の決算説明会で、「証券アナリストを養成するのも経営者の仕事だ」と苦言を呈した。

 11月には、東北楽天イーグルスの日本一を記念して11月3日から7日まで実施した優勝記念セールで問題が起こった。星野監督の背番号77にちなんだ「77%引き」を大々的に売り物にしたセールだったが、17の店舗が値引き前の値段を実勢価格より大幅につり上げて、77%割り引いたように見せかけていた。この不当表示が明らかになった際、三木谷氏は「正式な日本一セールは厳正な審査をした。便乗して勝手にセールスをやった店があった」と発言し「責任逃れ」との批判を浴びた。

 加えて同月には、産業競争力会議の民間議員辞任・撤回騒動を起こした。11月6日に、一般用医薬品(大衆薬)のインターネット販売が政府の新ルールで全面解禁にならなかったことに腹を立てた三木谷氏は、「立法化されるなら司法の場で国と争うことになる」と真っ向から対立。「産業競争力会議の民間議員を辞任する」と表明したが、同月18日、首相官邸で安倍首相と面会後に態度を軟化させて辞意を撤回。

一部から「規制緩和のお題目を唱えながら、楽天の医薬品ネット通販子会社、ケンコーコムの利益を守るためだったのか」との批判を浴びた。

 こうした冷水をはねのけ、楽天は「インターネット業界の雄」としての立場をいっそう強固にしていくことができるのか。今後の同社の動向から目が離せない。
(文=編集部)

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