そもそも、iPhoneについては、2012年にソフトバンク独占だったiPhone販売にauが参入した時から顧客争奪戦は始まっている。KDDIでは、かつてはWiMAXを立ち上げた田中孝司社長が積極的にメディアに登場するCM戦略を展開し、ソフトバンクが孫正義社長を広告塔とするのと同じ戦略に出た。そして、「同じiPhoneでもKDDIのものはソフトバンクとは違って品質が良い」と盛んに自社の優位性を示した。通信キャリア各社ともiPhoneをめぐり自社のネットワーク網の優位性を盛んに宣伝しているが、特に目立つのがKDDIだ。
しかし、「どのキャリアが良い」という決定的な条件はあるのだろうか? そして、その主な根拠とされている「基地局数」や「保有周波数帯域」は、本当にキャリアの通信品質を示すものなのだろうか?
そこで今回、かつてKDDI社員として技術部門を担当していた中野氏(仮名)に話を聞いた。

まず中野氏は、「基地局数や保有周波数だけでは、キャリアの通信品質は語れない。広告戦略として利用しているだけ」と明かす。
例えば、最近のKDDIの広告では、LTEエリアの拡充と共に「800MHzプラチナバンド」の広告が目立つが、これについて中野氏は次のように疑問を投げかける。
「実はauの携帯電話やスマートフォン(スマホ)は仕様上800MHzよりも2.1GHzを先につかんでしまうのです。だから、実際にプラチナバンドの電波が届いていても、2.1GHzで優先的につながってしまうことが多い。
しかし、古い端末は800MHzしか掴まないため、それでは2.1GHzの電波を出しても何も変わらない。そこで新しい機種は優先的に2.1GHzを掴むことで800MHzの混雑緩和を図ったわけですが、現在は800MHzしか掴まない古い機種はほとんど使われていません。つまり、『KDDIはプラチナバンド』と盛んに宣伝しているものの、実は都市部だとほとんどのケースでプラチナバンドではない2.1GHzで通信しています。
たしかに2.1GHzの電波が届きにくい場所は800MHzで補完されるので無意味とは言いませんが、2.1GHzから800MHzに落ちる時に『ハードハンドオフ』という通話中に激しいノイズが入ったり、数%くらいは800MHzから2.1GHzへの移行を失敗します。KDDI社内の技術部門では皆それを知っています。
さらに最近はLTEは2.1GHzしか掴まない機種もある。そうすると800MHzでしか展開していない地方では使えない。そこで起きた事件があのiPhoneのエリア偽装問題です。
利用者にはこういった話は教えないで都合のいいことばかりを言う。それに私は大きな疑問を感じるのです。
それに、800MHz帯を使うのはKDDIだけでなく、ドコモ、ソフトバンクでもLTEではないがプラチナバンドを提供している。プラチナバンドは決してKDDIだけのものではない。
今回中野氏の話を受け、筆者はどのバンドの電波で通信しているのか検証しようとしたが、基地局の情報は非公開であるため、実際に2.1GHz帯、800MHz帯の双方が受信できる環境で検証を行うことはできなかった。
ただし、どの周波数帯で通信しているかは、iPhoneの「メンテナンスモード」という特殊なモードに切り替えることで確認できる。このモードで色々と調べてみると面白い。このモードを使う時はWi-Fi接続をオフにしておく。
確認方法は簡単だ。「電話」アプリの「キーパッド」で「*3001#12345#*」と入力して「発信」をタップすると「Field Test」という画面が表示される。「Saving Cell Info」をタップすると情報が表示される。情報を表示するだけでホームボタンを押せば元に戻るので、安心して試せる。

電波が回り込みやすく、つながりやすいプラチナバンド。確かに、電磁波というものは周波数が低いほど障害物に強く、回り込みやすいのは事実だ。
筆者は昔からこのことに疑問を感じていた。例えば、電波強度が十分であれば、どんな周波数であろうが良好に接続しているはずだ。ところが、しっかり電波を受けているのにデータ通信速度が遅く、「マップ」の表示に何分も待たされるということがある。例えば、金曜日夜の東京・新宿や渋谷などの繁華街では、使い物にならないと思ったことは何回もあった。
これについて中野氏は、「そんなに単純な話ではない」と言う。まず、基地局にはチャンネル容量がある。1つの基地局に同時に何人接続できるのかという話で、アナログ携帯電話やデジタルの初期は圧縮技術が未熟でチャンネル容量が足りないことが繁華街ではよくありました。つまり、電波は届いているけど空きチャンネルがない。その場合は電波強度は十分なのに接続できない事態となる。一応端末側は自動でチャンネルが空くまで待っているが、規程時間内に空きが出ないと切断(話中音)となる。
そこで登場したのが『ハーフレート』という1つのチャンネルを時間分割して複数で利用する技術だ。さらに最近は電波の強弱だけではなく、チャンネルの空きも考慮して接続する『Advanced』など、チャンネル技術は進化している。
もう一つは回線容量の問題。基地局とネットワークセンターを接続する光ファイバー回線の容量も基地局によって異なる。「地方に行くと、基地局の接続回線が1.5Mbps(T1回線)のままというところがたくさんあります。どんなに頑張っても1Mbps前後が限界というわけです」(中野氏)
つまり、いくら基地局や保有周波数が多くて電波が強くても、1つの基地局の同時接続数の上限と共に、ネットワークセンターまでの接続速度が遅ければ通信速度は遅くなってしまう。最近よく耳にする「パケ詰まり」という現象の1つだ。これは高速道路と同じで、最高速度100km/hでも多くの車両が高速道路に入れが速度は落ち、最後は止まってしまう。「パケ詰まり」はユーザーがデータ通信を多数行う=回線に多数のパケットが流れ込むと、渋滞して最後は止まってしまう現象のこと。最近、ソフトバンクはこのことをCMでアピールしている。
「昔は音声通話ができればOKだったのですが、スマホの普及でデータ量が格段に増えました。例えば、昼間はオフィス街のほうが混雑度が激しいので通信速度が遅いですが、夜になると速くなります。住宅地はその逆になりますよね。このような状況に対応すべく、各キャリアとも現在増強を行っているのですが、追い付いていないのが現実なのです」(中野氏)
もっとも、電波が弱ければ、さらに状況は悪くなる。

それでは、この問題をキャリアはどう解決しようとしているのだろうか。まず電波の問題については、中野氏は3つのフェーズがあると言う。第1段階は、圏外のエリアを減らすべく面展開を進めることだ。つまり、「圏外」になるエリアを減らすことだ。これについて一番進んでいるのは、古くは「自動車電話」からスタートし、多くの基地局を運用してきたNTTドコモだという。
確かに、NTTドコモは、1979年のNTT自動車電話サービスからスタートし、91年にNTTから分社化したNTT移動通信網の時代から携帯電話事業を進めている。MNPの転出率などが話題になっているものの、現在も日本最大の利用者数を抱え、NTTグループの光ファイバー網で通信を行う日本最大のキャリアであることは間違いない。



このような「面展開」をクリアした次に必要なのが、通信電波が弱いところの隙間を埋めて、より品質を上げていくことだ。これには人口統計などを用い、はじめは人口密度の高い地帯や幹線道路沿いなど利用が多い=投資効果が高い場所をエリアにしていくが、フェーズ2では人口密度を下げたところに展開していく。最終的には山間部などの集落もエリアにする。
この当たりはさすがに予算があるドコモがダントツで、ユーザーが多いから人口密度が低いところに設置してもそれなりに投資効果は出る。この点ではソフトバンクはかなり立ち遅れている。
一方、都市部では基地局数が多い上に過密なため、むやみに基地局を増やすと今度は基地局同士が干渉しあってかえって品質を下げる。そのため測定器で実際の電波状況を調べながらチューニングを行う。逆に電波が飛びすぎて干渉する場合などはアンテナの角度を綿密に調整し、最適化を行っていくのだそうだ。その最適化も、最近のアンテナは現地に行かなくてもネットワークオペレーションセンターがコマンドを打ち込んで、遠隔で角度や方向を調整できるようになっている。
そして第3段階では地下やビルの陰など、さらに詳細に電波の弱い場所を増強していく作業となる。例えば、東京・秋葉原の駅前のビルや路地裏の上には、その場所だけを狙ったアンテナがある。このように、大きな基地局の死角をカバーしている場所は意外と多い。

このようなキャリア独自の取り組みと共に注目したいのが、「キャリア間の垣根を越えたインフラの整備」(中野氏)だ。代表的なものとしては、ビル内に設備として設置するアンテナだ。例えば、ビルの8階以上になると電波の入り具合が悪くなるため、ビル屋内に基地局となるアンテナを設置するのだ。
キャリアの顧客である大型ビルが中心だが、ビル一棟を工事すると1~2億円以上と莫大なお金がかかる。しかも、基地局はキャリアが設置すべきもので、その費用は原則、キャリア持ちだ。このため、公共性の高い施設を優先的に工事するのだ。
しかし、あまり大きなビルだと費用面でおいそれとできず、1つのキャリアの電波だけが入っても意味がない。そこで、3キャリアが合同でアンテナの設置を行うことがあるという。例えば東京・秋葉原の大型ビルの1つ、UDXビルは全キャリアが合同でアンテナを設置したため、合理的に工事が進められ、ビル内でも快適に通信ができるようになった。

また、最近では地下鉄路線や新幹線のトンネル内でも電波が入るようになったが、この事業は「公益社団法人 移動通信基盤整備協会」(通称:トンネル協会)が行っているのだと中野氏は言う。トンネル協会は地下鉄や高速道路などのトンネル内にアンテナを設置する事業をとりまとめる組織で、キャリア各社がお金を出し合って共同の設備をつくっている。
面白いところだと、山間部や僻地のエリア展開がある。利用者がいるといっても1億円もかけて鉄塔を建てるのは割が合わないのは各社同じ。そのような場合は、先に設置したキャリアの鉄塔を借りることがある。例えばソフトバンクがドコモの鉄塔を借りたり、ドコモがauの鉄塔を借りたりという具合だ。中には各社相乗り鉄塔も存在している。お互いライバルは潰したいわけだが、「困った時はお互い様」の精神でやっている。
このように、表向きにはキャリア同士がお互いに自社の通信品質を競っているだけのように見えるが、公共性の高い施設はキャリア同士が協力しながら、キャリア間の垣根を越えてインフラを整備していることにも注目したい。
「やはり、キャリア最大手のNTTドコモは予算を持っているので、地方の集落やビル内基地局の設置などの屋内対策については、後発のauやソフトバンクはかなわないでしょう。それに、KDDIもソフトバンクも基地局とネットワークセンターとの光ファイバー接続に、一部はNTTの光ファイバーを使っているという現実もあります。双方ともインフラ増強をしっかりやっており、今後はさらに品質は向上するでしょう」(中野氏)
●実際どのキャリアを選ぶべきなのか?それでは、実際どのキャリアを選ぶべきなのだろうか。また、そのポイントはどこにあるのだろうか。
中野氏は「基地局や周波数で判断するのは間違い。キャリアが提供する付加サービスなど、総合的に判断することが大事だ」と明かす。ユーザーが最もよく利用する場所で最も快適に使えるキャリアを選ぶ、というのも重要だ。人口カバー率を気にする人が多いが、一生に一度行くところがエリアであるのと、毎日移動している場所が快適に利用できること、どちらが重要かだ。
これは実機がないと判断できないが、可能なら知人などのiPhoneを借りて実際に普段使う時間帯に試してみるという手もある。また、「ジャパモエ」(http://www.japaemo.com)のように各キャリア対応のiPhoneレンタルサービスを活用することも可能だ。
このほかにも重要なのが、ユーザーサポートの質だ。
「KDDIは富士通のARROW Zというスマートフォンを販売しましたが、1日に30回くらい電源が落ちるというとんでもないトラブルが発生しました。しかし、カスタマーセンターはユーザーからの問い合わせに対し『わからない』と応えるばかりでした。この事件をきっかけにKDDIはサポート体制を改善しつつあるようですが、私も社員として非常に怒りを感じました」(中野氏)
確かに、年々複雑化、高機能化し、単なる音声通話ができる端末ではないiPhoneやスマホは、現実問題として、キャリアのサポート能力を超えていて、各キャリアの課題となっている。しかし、巷の評判を聞いて、サポートがしっかりしているところを選ぶのも重要だろう。
冒頭でも触れたように、アップルがSIMフリー版iPhoneの販売を開始したことで、ユーザーはSIMだけを購入できるようになった上、自社では回線網を持たずに、他の通信キャリアから回線網を借りて自社ブランドで通信サービスを行うMVNO(仮想移動体通信事業)の安いサービスも利用できるようになった。格安プランで有名な「b-moble」のSIMも利用でき、今後はさらに競争が激化するのは必至だ。
キャリアのいかにも「まともそう」な宣伝に惑わされず、ユーザーそれぞれのニーズや環境に最適な事業者を選びたいものだ。
(文=池田冬彦/ライター)