メガバンク勤務後、アメリカのビジネススクールでMBAを取得し、今では幅広い企業の戦略立案やマネジメント教育に携わる安部徹也氏が、数多くのビジネス経験やMBA理論に裏打ちされた視点から企業戦略の核心に迫ります。 


 ソニーが、VAIOブランドで知られるパソコン事業の売却を発表しました。

 VAIOの日本でのデビューは1997年。紫に輝く筐体は従来のパソコンとは一線を画し、「さすがソニーが本腰を入れてスタートする事業だ」と多くのユーザーから注目を浴びたものです。

 私自身も初期の頃から何台かVAIOを購入してきましたが、デザインや機能面で優れ、所有欲を満たすブランドでした。

 ところが、そのVAIOもここ数年はタブレットなどに押され、販売台数が大幅に減少します。2014年3月期も当初は750万台の販売を計画していましたが、下方修正を繰り返し、580万台と大幅な計画未達に終わる見込みです。

 このような販売不振から、ここ数年、ソニーのパソコン事業は営業赤字の状況であり、テレビ事業と並び、ソニー全体のお荷物的な事業となっていたようです。

 今回はファイブフォース分析の観点より、なぜソニーがパソコン事業からの撤退を決めたのかを検証していくことにしましょう。

●ファイブフォース分析でパソコン事業を分析する

 ファイブフォース分析とは、ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授が考案した、事業の魅力度、つまりその事業で高い収益を上げることができるかどうかを5つの要因から分析する経営戦略上のツールであり、事業戦略を立てるうえで有効なフレームワークになります。

 5つの要因には「売り手の力」「買い手の力」「代替品の脅威」「新規参入業者の脅威」「業界内の競争の程度」があり、それぞれの力関係を分析することにより、事業の魅力度を図ることができるのです。

 それでは、今回はこのファイブフォース分析を使って、実際にパソコン業界を分析していくことにしましょう。

(1)売り手の力

 パソコンメーカーと原材料供給業者の力関係を見てみると、パソコンメーカーにとって供給業者は、Windows OSを提供するマイクロソフトやCPUを供給するインテルなどが挙げられるでしょう。ここでの力関係を見ると、圧倒的に売り手のほうが強いことがわかります。

パソコンメーカーはマイクロソフトやインテルなど主要な供給業者に対して、強気の価格交渉はできないのです。つまり、価格の決定権は売り手側にあるということになります。

(2)買い手の力

 買い手とはパソコンを購入してくれる顧客のことですが、パソコンメーカーの主要な買い手はヤマダ電機など家電量販店となります。このパソコンメーカーと家電量販店との力関係を見ると、家電量販店のほうが強いといえます。大量に販売してくれる家電量販店に対して、パソコンメーカーは大幅なディスカウントを提示するなど卸値の決定権は買い手側にあるためです。

(3)代替品の脅威

 代替品とは、同じような機能を備えた別の製品です。例えば、パソコンのメールやインターネット、表計算やワープロなどの機能に着目すると、スマートフォンやタブレットなどが代替品として挙げられます。こうした代替品にあたる機器は、今や携帯電話会社を通して購入すると、安いものでは一括0円で購入できる機種もあります。

 また、市販品でもグーグルのNexus7などは最新鋭の機種を3万円弱で購入できるため、パソコンと比較して非常に安価なため、パソコンを所有せずにスマートフォンやタブレットで用を済まそうという人も多くなるはずです。加えて、電源を入れてすぐに使える手軽さも、スマートフォンやタブレットに軍配が上がるといえるでしょう。

 すなわち、パソコンにとってスマートフォンやタブレットは価格面や機能面において大いなる脅威であり、パソコンメーカーが価格と価値のバランスを考えておかなければ、多くの顧客がスマートフォンやタブレットに流れる可能性も高くなるということになるのです。

(4)新規参入業者の脅威

 Windowsパソコンにおいては、原材料さえ仕入れれば、誰でも事業を開始することができるといっても過言ではありません。

個人でも東京・秋葉原の電気街でマザーボードやCPU、ハードディスク、メモリ、OSやディスプレイなどの原材料を仕入れて自宅で組み立て、オークションサイトなどで販売するかたちで、パソコン事業を営むこともできるのです。

 つまり、パソコン事業は参入障壁が限りなく低いために、利益率が高ければ数多くの企業が参入してきて競争が激化し、収益の悪化につながる可能性が高くなるというわけです。

(5)業界の競争の程度

(4)で触れたように、パソコン自体は規格商品のため差別化が難しい業界であり、激しい競争が繰り広げられるのを避けることは難しいと結論づけることができるでしょう。

●パソコン事業は構造的に収益を上げにくい業界

 以上、ファイブフォース分析を活用して5つの要因を分析していくと、パソコン業界は極めてメーカーにとって不利な条件が多く、利益を上げることは至難の業であることがわかります。

 このような理由から、ソニーをはじめ、市場のリーダーであったヒューレット・パッカードやデルを含めた多くのパソコンメーカーは、高い収益を上げられずに業績不振にあえぐことになるのです。

 つまり、パソコン業界自体は一般的に高い収益を上げることができない構造のため、規模の拡大を目指し、薄利多売の事業戦略を選択しなければ、生き残ることさえ難しいといえるでしょう。

 この事業戦略の基本に則って、レノボなどは買収や提携で規模の拡大を図り、今や世界のパソコン販売シェア18%を超える世界No.1のパソコンメーカーに躍進しています。一方でソニーは13年度第4四半期で同1.8%と、レノボとは10倍程度の開きができてしまいました。

 さらにソニーにとって致命的なのは、成長率がマイナス20%以上と、市場全体の落ち込みである7%以上にシェアを落としているところにあります。

 規模が確保できなければ収益を上げることが難しいパソコン業界で、シェアを上げることさえできないソニーにとって、VAIO事業からの撤退はある意味、必然であったといえるかもしれません。
(文=安部徹也/MBA Solution代表取締役CEO)

ソニー、VAIO売却は必然?メーカーに“不利な”パソコン業界の“魅力”を分析
●安部徹也(あべ・てつや)
株式会社 MBA Solution代表取締役CEO。1990年、九州大学経済学部経営学科卒業後、現・三井住友銀行赤坂支店入行。
1997年、銀行を退職しアメリカへ留学。インターナショナルビジネスで全米No.1スクールであるThunderbirdにてMBAを取得。MBAとして成績優秀者のみが加入を許可される組織、ベータ・ガンマ・シグマ会員。2001年、ビジネススクール卒業後、米国人パートナーと経営コンサルティング事業を開始。MBA Solutionを設立し代表に就任。現在、本業に留まらず、各種マスメディアへの出演、ビジネス書の執筆、講演など多方面で活躍中。主宰する『ビジネスパーソン最強化プロジェクト』は、2万5000人以上のビジネスパーソンが参加し、無料のメールマガジンを通してMBA理論を学んでいる。
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