最近、多くの小売業における重要な経営課題の一つとなっているのが「万引き(窃盗)」対策ですが、加害者も被害者もこれまでの慣習での対応が通用しなくなるのではないかと考えられます。
まず、ここでは「万引き」を「万引き(窃盗)」という書き方にしていますが、これは「万引き」が軽犯罪等ではなく、刑法235条の「窃盗罪」であり、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金となっていることを明確にするためのものです。
さて、テレビ番組などで万引きGメンが万引き(窃盗)犯を店から出たところで捕まえて事務所に連れていって詰問し、自白と共に盗品を机に出すシーンを目にすることがありますが、もし事務所への同行を拒否した場合やカバンを開くことを拒否した場合には、強制的に事務所に連れていくなどの行為そのものが、刑法220条の「逮捕・監禁罪」に問われることもありますので、万引き(窃盗)犯への対応についてはより注意が必要となります。
加えて、万引き(窃盗)は、加害者も被害者も同じ生活圏内に住んでいることが多く、穏便に解決を図りたいと考える事業主の指示の下、「店頭にパトカーを止めるようなことはしたくない」とか「あのお店はお客さんを万引き犯だと思って接客しているとは思われたくない」等の考えから、現場社員が難しい判断を迫られることもありますので、ここで万引き(窃盗)の被害と対策について整理しておきたいと思います。
ポイントは、(1)従業員の安全管理、(2)小売店が訴えられないためのプロセス、(3)顧客満足向上です。
●万引き(窃盗)件数の推移さて、昨年12月にニュース等でも取り上げられた警察庁発表「刑法犯認知件数(2013年1月~11月、暫定値)」を見ますと、刑法犯全体は減少しているものの、万引き(窃盗)は約1割を占め高止まりしています。この発表の中では、万引き犯の少年や成人の摘発が減少し、高齢者の検挙数が上昇していることが示されています。
1件1件は少額であることの多い万引き(窃盗)ですが、経済的にはどのような影響があるのでしょうか。
●小売業の万引き被害を金額から考える万引き(窃盗)による日本国内の小売業における被害総額は年間4,500億円以上と試算されており、これは1日で約12億円、営業時間が12時間と仮定すると全国で1時間当たり1億円の売り上げが消滅している計算になります(参照:『グローバル・リテイル・セフト・バロメーター2011』<チェックポイントシステム ジャパン>)。
この金額に対して、小売業の売上高対人件費比率を15%、従業員の平均年収を300万円と概算した場合、年間で「2万2,575人」分の雇用が喪失していることになります。
さらに広げて、総務省統計局の「第63回 日本統計年鑑 平成26年」では、小売業の従事者数は757万9,000人(全就業者数6,319万人の12%)と記載されていますので0.3%相当となります。文部科学省の「文部科学統計要覧」では、大学生数が287万人ですので、一学年を4分の1の72万人と仮定すると、一学年の約3%に相当する働く機会が万引き(窃盗)によって失われていると考えることもできます。
●万引き(窃盗)に対する意識の変化
万引き(窃盗)は刑法235条の「窃盗罪」となり、10年以下の懲役になります。刑法ですので、本来は逮捕・起訴されることになりますが、一般的には多くの小売店で行われているように、万引き(窃盗)犯の家族・親族による代金弁済と念書作成等によって被害届を提出しないという慣習(判断)が行われています。
これは小売店の従業員も万引き(窃盗)犯も同じ地域で生活している可能性が高く、過去に金銭的解決が一般的だったということが影響しているものと思います。
しかし「現行犯」として取り押さえた場合は、早急に捜査機関に引き渡さなければならず、また本人の同意がなければ身体検査や鞄の中身をチェックすることはできません。万引き(窃盗)犯の同意の下で身体検査等を行わなければ、逮捕・監禁罪として小売店の対応が罪になる可能性があることも認識しておかなければなりません。
加えて、現行犯逮捕を行う際に、万引き(窃盗)犯がなんらかの危害を加えてくることも考えられますので、店舗スタッフの対応方法については、事前に「現行犯逮捕をしない」ということも含めて、訓練をしておいたほうがよいと思われます。
ちなみに、万引き(窃盗)による金銭的損害は、一般的に損害保険では補償されていません。盗難(金品を盗まれる)には補償が付いていますが、万引きは免責とされています。なお、万引き(窃盗)被害に対する補償は、万引き(窃盗)を行った本人に請求しなければならないのですが、従業員に万引き(窃盗)のすべてを取り押さえることを求めることは難しく、万引きGメンを配置するにもコストや人材の面から困難が予想され、さらに民事訴訟を行うとなれば、費用・期間や商圏への風評などさらにハードルが高くなるでしょう。
●「万引きくらいいいじゃないか」が、のちの万引き(窃盗)自慢の炎上を生む少し前ですが、万引き経験をテレビで話して、その後のテレビ出演が難しくなった方がいました。今でも時折Twitterなどで犯罪を告白して炎上する方々もいらっしゃいます。
Twitterやmixi、LINEなどのSNSで犯罪を告白して通報されたり逮捕される方がいらっしゃいますが、告白する側からすると、犯罪の告白がほぼ一生消えないということであり、小売業のリスクとしては万引き(窃盗)しやすい店舗として、情報が瞬時に共有される恐れがあるということでもあります。
したがって、来店客に気持ち良く買い物をしてもらうことと、万引き(窃盗)被害に遭わない体制をつくることをいかに両立させるかについては、今後継続して業界が検討するべき重要なテーマになりそうです。
重要なことは、過去の対応事例や店長以下店舗スタッフに対応を委ねるのではなく「NPO全国万引犯罪防止機構」や地域警察と連携した、対応体制の構築および対応マニュアルの整備、スタッフ教育といったものになると考えます。
●万引き(窃盗)は、現行犯逮捕が原則?今でも、多くの方が「万引きは現行犯でなければ逮捕できない」と思われているかもしれません。これは万引き(窃盗)を捕まえる方(一般的に「万引きGメン」と呼ばれる方)が民間人であり、刑事訴訟法213条に従い、私人は現行犯逮捕しかできないところからきているようです。
実際には、ニュースなどで流れる宝石強盗などと同じように、犯行の瞬間から店舗を出るところまでの監視カメラ映像が存在し、店舗が被害届を提出すれば立件されることになります。
ちなみに証拠とするためには、(1)本人性が確認できる映像であること、(2)万引き(窃盗)の行為が鮮明に映っていること、(3)万引き(窃盗)を行うところから会計をせずに店外へ出るところまでの映像が捉えられていること、が必要です。これらの1つでも欠ける場合には、監視カメラに万引き(窃盗)の瞬間が映っていても、万引き(窃盗)犯を現行犯逮捕以外で逮捕することは困難になるようです。
●高齢者の万引きにいかに対応するか先の警察庁の発表では、高齢者による万引き(窃盗)の場合、独居率が36.7%と孤独を感じやすく、「生きがいがない」といった経済的な理由以外の動機、さらには認知症等の影響もあることが指摘されていました。これらから考えられるのは、万引き(窃盗)の「常習化」(中には、犯行そのものを覚えていないとか、支払いを忘れるといったものも含めて)の可能性と、高齢化社会が拡大することによる万引き(窃盗)とされてしまう事案は増加するのではないかと思います。
●従業員でどこまで対応できるのか多くの小売店では、最小限の店舗スタッフでシフトを管理し、さらに接客サービスという最重要の役目を担っています。そのような状況ですべての来客に注意を払うことや、ましてや万引き(窃盗)の瞬間に立ち会うということはとても困難なことです。
また、万引き(窃盗)の中でも「換金目的」の場合は、店舗スタッフの少なさを逆手に取り、窃盗グループとして来店し、数名が店員を引きつけてから他の人物が金品を持ち出すケースもあり、限られた店舗スタッフだけで対応するにも限界があります。
テレビ番組などで特集される万引きGメンの活躍は単独犯であることが多く、警察庁の統計上も単独犯行が多いとされていますが、検挙されていないケースもあるでしょうから、テレビで観るようなケースばかりではなく、店舗スタッフの皆さんはもっとシビアな場面に遭遇していることが想像できます。
●監視カメラの導入と不正行為情報の共有日常生活でコンビニエンスストア等に行くと、複数台の監視カメラを目にすることがあります。店内を監視しているものと、レジだけを撮影しているものがあります。多くの小売店舗が監視カメラを設置しているわけですが、犯行に気付いた後に映像を確認することはあっても、古い順に映像データが廃棄されているのが現状です。
最近では、ドラッグストアチェーンのケースのように過去に万引き(窃盗)を行ったことのある来店客について、監視カメラから割り出した顔画像を店舗間ネットワークで共有し、来店時に店舗スタッフ間で注意を促すような取組みも行われています。しかし、来客を万引き(窃盗)犯であると想定して接客をするわけにもいきませんので、すべての来店客の動向を人間の目で追い続けることはほぼ不可能と考えられます。
●来客管理のための認証システム監視カメラでは店内映像を録画するだけですが、顧客情報管理という観点から、映像に映る「顔」を認識して、映像と来店客データを照合する取り組みもあります。
入国審査等では少し前から活用されていましたが、現在では来客のデータ管理を目的として、監視カメラとは別に顔認証システムを導入しているところもあります。有名なものとしては、テーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」では、年間パスと連動した入場者情報管理に活用されています。同時に、これまでICカードや指紋認証等が使われてきた企業における入退室管理においても、複数のメーカーから顔認証システムが提供されています。(参照:「顔認証とタブレット端末を活用した施設の入退管理システムを発売」<http://jpn.nec.com/press/201310/20131001_01.html>)
同様の目的で、お薦めの飲料を紹介する自動販売機や、マンションのオートロックに対応させたもの、常連客管理を目的として導入している遊興・サービス業なども増えてきています。
さらに踏み込んで、監視カメラのシステムと顔認証システムを結びつけた万引き(窃盗)防止のための顔認証システムを提供している会社もあり、一度万引き(窃盗)行為を行った事実を登録した来店客が再度来訪するたびに、システムからアラートが出るようなものもあるようです(顔認証万引き防止システム「LYKAON」<http://www.face-lykaon.com/>)
監視カメラと顔認証の組み合わせについては、いまだに議論が尽くされていない部分もありますが、すでに小売店等で一般的になった監視カメラと、Facebookやスマートフォン(スマホ)カメラ、デジカメでも使用されている顔認証システムを、店舗内の防犯を目的として活用している製品・サービスもあります。
ただし、こういった監視カメラと顔認証システムを統合した製品を活用するためには、来店客の不快にならない買い物環境づくりが重要であり、監視されている雰囲気を出さないように注意しなければなりません。また、万引き(窃盗)犯と不用意に接触して従業員が怪我をさせられることのないような対策も検討しておく必要があるでしょう。
●プライバシー保護の問題最後に、監視カメラの利用とプライバシーの問題について触れておきたいと思います。
日本弁護士連合会は、2012年1月19日に「監視カメラに対する法的規制に関する意見書」を発表しています。この中で、以下のような意見を付しています。
<9.監視カメラの設置基準について(抜粋)>
(4) 施設・店舗等における設置基準
施設・店舗等のうち、不特定の者が自由に通行できない領域については施設管理権が重視され、施設管理権を有する者の判断により監視カメラを設置することが認められてよい。しかし、不特定多数の者が自由に通行できる領域については、通行者たる不特定多数の者のプライバシー権との比較衡量が必要である。したがって、そのような場所について監視カメラを設置することの可否は、以下の場合に限定すべきである。
(1)犯罪やトラブルが発生する相当程度の蓋然性があるなど、明確な必要性が認められる場所であること。
(2)監視カメラの設置により、(1)で想定した犯罪やトラブルを予防する効果を具体的に期待できること。
(3)監視カメラを設置した場合は、上記第三者機関に対し届け出をすること。
(http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2012/120119_3.html)
監視カメラの設置については、防犯の目的を遂行できるかどうかという点について、さらなる議論の余地を残していますが、営利企業が管理すべき店舗内での犯罪の抑止という観点からすると、店舗スタッフや万引きGメンなどの即応体制の整備だけではなく、従業員が安心して働ける環境を整える目的からも、監視カメラの設置と体系化された防犯・通報体制の構築が重要になっていくものと思われます。
(文=荒川大/株式会社ENNA代表取締役)
●荒川大(あらかわ・ひろし):株式会社ENNA代表取締役。人事コンサル会社、人材紹介会社にて営業、ITセキュリティコンサル会社にて人事・総務に従事。07年に株式会社ENNAを設立し、上場企業のガバナンス体制構築及びリスクマネジメント体制構築等を支援。