「Getty Images」より

 東郷証券が外国為替証拠金(FX)取引で生じた顧客の損失を穴埋めしたとして東京地検特捜部は6月20日、金融商品取引法違反容疑で実質経営者の林泰宏容疑者ら4人を逮捕した。

 ほかに逮捕されたのは、東郷証券代表取締役の宇佐美麻己、同社顧問の上村昌也、大阪の商品先物会社「さくらインベスト」社長の宮井智浩の3容疑者。

 逮捕容疑は、林容疑者らは2016年7月~19年1月、FXで損失が生じた顧客8人に対し、現金計約6200万円を提供したほか、さくらインベストに口座を開設させたうえで、差金決済取引(CFD)の利益に偽装して計700万円を支払うなどして損失を補填した疑い。

 損失補填を受けた顧客は少なくとも10人以上おり、補填総額は億単位に上る見通し。顧客とのトラブル回避や取引継続のために補填したとみられ、補填原資はシステム会社への架空の外部委託費から捻出したという。

 金商法は証券会社が顧客の損失を穴埋めすることを禁じており、違反すれば3年以下の懲役か300万円以下の罰金、またはその両方が科せられる。

「巨人出身の経営者」として話題になった林容疑者

 林泰宏容疑者は、プロ野球選手から金融業界に転身した異色な経歴の持ち主だ。熊本県出身で兵庫県尼崎市立尼崎高校に在学中、140キロ台の速球を投げることで注目され、1979年のドラフト会議で高校生ながら読売ジャイアンツ(巨人)から1位指名された。しかし、コントロールが悪く、一軍では登板機会のないまま近鉄バファローズ(現大阪近鉄バファローズ)、横浜大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)へ移籍。肩の故障もあり、85年のシーズンを最後に球界を去った。

 巨人時代に元アイドルの黒木真由美と結婚したが離婚。タレントの黒木マリは2人の間に生まれた娘だ。

 引退翌年の86年、商品先物大手の小林洋行に就職、サラリーマンとして再出発。先物取引の営業で力を発揮した。

93年に入や通商に転職し、97年に大雄社先物社常務、99年に萬成プライムキャピタル証券取締役を歴任。2005年6月入や萬成証券の社長に就任し、06年2月まで社長を務めた。

 これらは、社名こそたびたび変わっているが、実は同一会社だ。京都の地場証券、萬成証券を98年、先物会社の大雄社先物社が買収。99年、社名を萬成プライムキャピタル証券に変更。さらに2003年、入や萬成証券に変えた。「入や」という名称は、大雄社先物社の旧名、入や通商に由来する。頻繁に社名を変えたのは、不祥事により悪化したイメージを一新する狙いがあったからだ。

 萬成プライムキャピタル証券は、当時、顧客の株式取引で取引一任勘定取引(顧客の資金を使って勝手に売買を行う契約)を行った事実が判明し、証券取引等監視委員会から勧告を受けた。

 入や萬成証券の名前になってからは、商品先物取引を装って赤字の関連会社2社に所得を付け替えていたとして、東京国税局から03年3月期までの3年間に、計7億4000万円の所得隠しを指摘された。

 イメージを一新するため、05年に林泰宏容疑者が入や萬成証券の代表取締役に就任。「球界出身の経営者」として話題になった。

06年2月、林容疑者は「一身上の都合」で退社。06年7月、ばんせい証券に社名を変更。「入や」というダーティなイメージがつきまとう名称を捨てた。

林容疑者が東郷証券のオーナーに

 東郷証券は02年、FX取引「サザインベストメント」という社名で東京・六本木に設立された。12年3月、「efx.com」、14年10月、「efx.com証券」と社名変更を繰り返し、17年4月に東郷証券となった。

 林容疑者は11年、東郷証券の前身企業で代表権を持たない会長に就いた。その後、同社は増資を繰り返し、資本金を4億1000万円に引き上げた。橘フェニックスが既存株主から株式を買い取り、東郷証券の全株式を保有した。

 コンサルタント会社橘フェニックスは10年7月、林容疑者が設立したワンマンカンパニー。自ら経営する橘フェニックスが東郷証券に100%出資していることから、実質オーナー経営者となった。会長と呼ばれる林容疑者は月に1、2度東郷証券を訪れ、社員に「“売り上げを伸ばせ”と怒鳴りまくっていた」(関係者)という。

 東郷証券はインターネット取引手数料を0円にするなどFX取引業者のパイオニアとして知られる。

東京本店のほか大阪市や松本市、金沢市、林容疑者の出身地である熊本市にも支店を置き、個人投資家を対象に連日、セミナーを開催。外国為替証拠金(FX)取引「くりっく365」サービスの手数料収入で売り上げを伸ばしてきた。

 売上高にあたる営業収益は15年3月期の3億円から12億円、29億円と飛躍的に伸ばしてきた。公表資料によると18年3月期の営業収益は35億8095万円、純利益5億2044万円をあげていた。なお、13年の営業収益は7980万円で、そこから売り上げは44.9倍に膨れ上がったことになる。

 変動する為替相場を利用して日本円と米ドルの通貨を売買して利益を得るFXは、顧客からの手数料がゼロでも、取引コストの売値と買値の差が業者の実質的な収入になる。FXで数千万円の損失を出す顧客があれば、損金の大部分が業者に渡っているとされる。

 取扱業者が多額の収入を得られるFX特有の“うまみ”が事件の背景にある、と指摘されている。損失補填は取引継続やトラブル回避が動機とみられている。損失補填しても、取引が続けば、それ以上の収入を得ることができるからだ。

損失補填の刑事事件化は21年ぶり

 90~91年、大手証券会社を巡る損失補填が相次ぎ明らかになり、社会問題となった。

 88年9月期から91年3月期までの損失補填額は、野村證券(279億円)、大和証券(253億円)、日興證券(565億円)、山一證券(619億円)など、大手・準大手・中小の合計21社で787件、2164億円に達した。

 証券取引法に損失補填を禁止する規定がなかったことから、91年に法律が改正され、禁止規定が明文化された。

 97~98年、証券大手4社と第一勧業銀行による、総会屋などへの損失補填が再び発覚した。逮捕者は、第一勧銀11人、野村證券3人、山一證券8人、日興證券4人、大和証券6人の計32人に上った。
(文=編集部)

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