日産自動車とルノーの主導権争いが再燃している。カルロス・ゴーン事件を受けて日産が推進しようとしていたガバナンス改革にルノーが介入し、筆頭株主としての力を日産の経営陣に見せつけた。
ルノー・日産・三菱自動車の3社アライアンスをまとめてきた日産のゴーン元会長が昨年11月に金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)で逮捕されてから、ルノーと日産はアライアンスの主導権争いを繰り広げてきた。ルノーは筆頭株主であるフランス政府の意向もあって、ゴーン氏がリードするかたちで日産と経営統合し、両社を不可逆な関係にする方針だった。しかし、ゴーン氏の退場で状況が一変すると、ルノーは日産に対する影響力が弱まることを恐れ、日産に新しい会長を送り込むことを画策するなど両社の争いは激化してきた。
その後、今年1月にミシュランのジャンドミニク・スナールCEOがルノーの会長に就くと、アライアンスは落ち着きを見せる。3月12日には、3社のトップで構成する会議体「アライアンス・オペレーティング・ボード」を新設することで合意し、アライアンスの正常化に踏み出したかに見えた。
しかし、スナール会長は4月、共同持ち株会社を設立して、傘下に日産とルノーを置くかたちでの経営統合を日産に打診した。これに対して日産の西川社長は、その場で拒否。ウィン-ウィンの精神に則ってアライアンスの詳細を決める会議体の創設で合意しながら経営統合を持ちかけてくるルノーに対して、日産の不信感は広がっていった。
ルノーの「脅し」一方のスナール会長は、経営統合に向けた交渉に入ること自体を拒否されたことに激怒した。
独裁者ゴーン氏の暴走は、権限が1人に集中していたことが元凶で、日産の取締役会は外部有識者の提言に沿って6月25日開催の定時株主総会で指名委員会等設置会社への移行を決議することを決めた。ところが株主総会まで約2週間に迫った時期、ルノーは指名委員会等設置会社移行のための定款変更に関する議案決議で、委員会メンバーの選任にあたってルノーの意向が十分に反映されていないとして棄権する意向を示す書簡を送付した。
ルノーは日産に約43%出資しており、定款の変更が成立するには出席株主の3分の2以上の賛成が必要で、ルノーが棄権した場合、確実に不成立となる。指名委員会等設置会社への移行を決めた日産の取締役会で、日産の取締役を兼務するスナール会長をはじめ、ルノー出身の日産の取締役は賛成していたこともあって、日産は「誠に遺憾」とのステートメントを公表。両社の争いが再燃した。
スナール会長は「日産のガバナンス改革に反対しているわけではない。(指名委員会等設置会社で新設される)委員にルノーのティエリー・ボロレCEOも入れてほしいだけ」と述べた。指名委員会等設置会社では指名・報酬・監査の3つの委員会が設置される。日産の当初の案では、スナール会長は委員だが、ルノーのボロレCEOは委員に入らない予定だった。
株主総会の開催が迫るなかで、「ガバナンス改革は絶対に譲れない」(西川社長)ことから、日産はルノーの「脅し」ともとれる要求を受け入れ、スナール会長が指名委員会の委員、ボロレCEOが監査委員会の委員に就任することとしてルノーの賛同を取り付けた。
業績悪化で追い込まれた西川社長ルノーが資本の力を利用して日産に要求を受け入れさせたことに対して、日産社内では反発する声が強まっている。
ただ、ルノーから「脅し」を受けた日産の西川社長は、態度を微妙に変えつつある。西川社長は、これまで業績回復を優先するため、ルノーからの経営統合要求を拒否してきたが、株主総会で「議論を先送りすると憶測を呼んで、事業活動に影響して動揺する懸念がある」として、資本関係を含めて両社の提携関係見直しをスナール会長と議論する考えを明らかにした。
西川社長は長年にわたってゴーン氏の側近として仕えてきただけに、報酬の虚偽報告や特別背任罪などの「不正をまったく知らなかったというのは考えられない」(株主の日産系サプライヤー)。加えて2019年3月期の日産の業績は米国事業の不振で大幅減益となり、西川社長の経営責任を問う声も強まっている。
日産の臨時報告書によると、定時株主総会での取締役の選任で、反対票トップは西川社長で、西川氏の取締役選任の賛成割合は78.0%にとどまった。仮にルノーが反対票を投じていたら西川氏はほぼ確実に取締役に選任されなかった。ルノーの経営統合の申し入れを頑なに拒否してきたはずの西川社長が、「保身のため、ルノーと経営統合に向けた交渉の席に着いた」との疑念を抱く声もある。
経営責任も追及される西川社長としては、社内の求心力を維持しなければ、その立場は危うくなる。こうした状況もあって株主総会で西川社長は、ルノーからの人事要求に屈したことを追及されたが「経営統合がいいとは思わない。
筆頭株主であるルノーからの経営統合に向けた要求を受け入れなければ、トップとしての立場が危うくなり、かといってルノーとの経営統合に前向きと受け止められれば、社内をまとめることもできなくなる。西川社長は厳しい立場に置かれている。
(文=河村靖史/ジャーナリスト)