隠蔽された日清戦争の日本の蛮行…朝鮮の農民5万人を殺戮、韓国の反日感情の根底

 今年は1894年(明治27)の日清戦争の開戦から125年目にあたる。正式な宣戦布告は8月1日だが、後述するように、実際には7月下旬から戦争は始まっていた。

 日清戦争は近代日本が初めて体験した本格的な戦争であり、歴史的な意味が大きい。ところが、10年後に始まった日露戦争が司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』やそのドラマ化によってよく知られるのに比べると、一般の印象は希薄なようだ。しかし、この戦争こそ、その後の日本の進路を決定づけた戦争にほかならない。

 日清戦争の目的はなんだったのか。その伏線は開戦のおよそ20年前にさかのぼる。1875年(明治8)、日本の軍艦、雲揚号が朝鮮の江華島沖で挑発的な行動をして朝鮮側の砲台と交戦する事件(江華島事件)を起こし、これを契機に1876年には日本は軍艦を送って日朝修好条規を結び、朝鮮を開国させる。

 日朝修好条規の第1条には「朝鮮国は自主の邦にして、日本国と平等の権を保有せり」という規定を盛り込む。当たり前の内容のように見えるが、そこには清国を宗主国とする朝鮮の伝統的な外交関係を断つという、日本側の重大な意図が隠されていた。

 日朝修好条規は、治外法権を定め関税自主権を与えないなど、かつて日本が欧米に強制された不平等条約と同様の内容だった。日本はかつて自分たちが強制されたことを、朝鮮に対して強制したのである。これにより朝鮮人は日本への反感を強めていく。

 1894年春、朝鮮で大規模な農民の反乱が起こった。きっかけは、うち続く飢饉と政府による圧政、地方役人の不正・腐敗に対する怒りである。武装蜂起した農民らは人間の尊厳と平等、博愛を解く「東学」の思想運動によって結びついた。かつては東学党の乱と呼ばれたが、現在では東学農民戦争といわれる。


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