そろそろ、「TBSの『日曜劇場』で池井戸潤の小説」と聞くと、「またか」と感じる人が増え始めていた。

 無理もない。

2013年の『半沢直樹』から『ルーズヴェルト・ゲーム』『下町ロケット』『陸王』『下町ロケット』続編と、ほぼ年1作ペースで放送されてきたからだ(来年春にも『半沢直樹』の続編を放送予定)。

 しかし、今月7日にスタートした『ノーサイド・ゲーム』(TBS系)は、過去の“日曜劇場×池井戸潤”作品とは異なるムードと魅力を持っていた。これまでの作品より視聴率が低い半面、視聴者の声は好意的なものが多いのだ。

『下町ロケット』続編のときに飛び交っていた「またか」というアレルギー反応が減り、「池井戸潤の作品では一番好き」という声まで聞こえてくるのはなぜなのか。

まるでラグビー観戦のような応援の声

 主なあらすじは、「トキワ自動車経営戦略室次長の君嶋隼人(大泉洋)は、常務の滝川桂一郎(上川隆也)によって、府中工場総務部長に左遷させられる。その役職は同社ラグビー部・アストロズのゼネラルマネージャー兼務と決まっているため、君嶋は失意の中、選手たちと向き合っていく」というもの。

「左遷された君嶋が会社を牛耳ろうとする滝川に、弱小チームのアストロズが常勝チームのサイクロンズに立ち向かう」という下剋上の図式は、これまでワンパターンと言われた“日曜劇場×池井戸潤”の作品と同じで変化はない。

 また、「ビジネスマンとして負けた君嶋と、廃部の危機にさらされるアストロズの逆襲を描いていく」というビジネスとスポーツをシンクロさせた二重構造は、『ルーズヴェルト・ゲーム』『陸王』とほぼ同じだ。

 しかし、その世界観はラグビーをモチーフにしているだけあって、より純粋であり、まっすぐで武骨。君嶋だけでなく、アストロズ監督の柴門琢磨(大谷亮平)も、キャプテンの岸和田徹(高橋光臣)も、エースの浜畑譲(廣瀬俊朗)も、トキワ自動車社長・島本博(西郷輝彦)も、逆境の中、まっすぐ前だけを見つめている。

 ほとんどお金にならないラグビーで、ひたすら“男のロマン”を追う。その精神性は、令和から平成を通り越して昭和に戻ったような感もあり、実際に1984~85年に放送された「『スクール☆ウォーズ』を見ているようだ」という声も少なくない。

だから、当作に寄せられる視聴者の声は、まるでラグビーの試合をスタンドから観戦しているような応援の声が多いのだろう。

 また、悪役の描き方もこれまでの作品とは微妙に異なる。池井戸潤の作品は、舞台設定に一定のリアリティを担保しつつ、実際にはいないであろう、けれんみたっぷりの過剰な悪役が次々に登場。しかし、ここまでを見る限り、常務の滝川も、サイクロンズ監督の津田三郎(渡辺裕之)も、対立しているだけで過剰な悪役という印象はない。

 そもそも、“ノーサイド”には「戦いが終わったら両軍を分けるサイドがなくなって仲間になる」という意味がある。滝川もサイクロンズも、同じように男のロマンを追い求めているだけであって、最後には仲間になるのかもしれないし、当作には過剰な悪は必要ないのかもしれない。つまり、タイトルからして、池井戸潤ならぬ池井戸“純”とでも言いたくなるムードが漂っているのだ。

女性目線の松たか子がアクセントに

 もうひとつ見逃せないのは、すでに多くの声が上がっている大泉洋と松たか子のやり取り。

 夫婦役を演じる2人の何気ない会話が、激しい戦いや肉体のぶつかり合いが続く映像のアクセントとなり、“日曜劇場×池井戸潤”のアレルギー反応としてもっとも大きかった「暑苦しい」という声をやわらげている。これまでも『日曜劇場』は家庭内のシーンを箸休めのように入れてきたが、今作が意図的に増やしているのは明らかだ。

 さらに注目したいのは、妻のキャラクターが、これまでのような男性目線の良妻賢母ではないこと。男のロマンを追いかける夫にストレートなダメ出しをする妻は、まさに女子目線のキャラクターであり、「ただ熱いだけの男くさいドラマ」に陥らないアクセントとなっている。

 また、「暑苦しい」という声は、“日曜劇場×池井戸潤”の作品をすべて手がけてきた福澤克雄監督の演出によるところが大きかった。その点、今作はいきむようなセリフ回しこそ変わっていないが、顔面のアップを多用するカメラワーク、随所にインサートされる燃えたぎった太陽、大量のエキストラなどの力技で圧倒するスタイルの自制が効いている。

 福澤監督は学生時代、ラグビーの名選手だっただけに、プレーのシーンには相当な迫力があり、その意味で「これまでのような力技は必要ない」とみなしているのか。いずれにしても、過去の作品よりバランスが取れているのは間違いない。

 だから、「暑苦しい」ではなく、「熱い」という印象でとどまっている人が多いのだろう。

主人公に負けない関係者の男意気

 話をドラマ業界全体に移すと、近年ドラマ枠のほとんどが女性視聴者をメインターゲットに据えて制作している。「視聴率獲得」「スポンサー受け」などのさまざまな理由から、男性視聴者を狙うのは難しい時代なのだ。

 一方、ビジネスとラグビーをモチーフにした『ノーサイド・ゲーム』のターゲットは、誰がどう見ても男性。しかも、これほど愚直に“男のロマン”を追うようなストーリーでは、女性層からの支持はなかなか得られないはずだ。

 もしかしたら、視聴率が過去の作品を下回ることは想定内なのかもしれない。もっと深読みすれば、9月20日から日本で開催される「『ラグビーワールドカップ2019』を盛り上げよう」(試合中継は日本テレビ)という気持ちがあるのかもしれない。

 もちろん、原作者の池井戸潤、ドラマを放送するTBS、小説を発行するダイヤモンド社の3者による巧みなビジネスプロジェクトがベースにあるのは確かだが、君嶋に負けない関係者たちの男意気を感じるのも、また事実だ。

(文=木村隆志/テレビ・ドラマ解説者、コラムニスト)

●木村隆志(きむら・たかし)
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月20~25本のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』(フジテレビ系)、『TBSレビュー』(TBS系)などに出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。

編集部おすすめ