オーディオの名門と呼ばれたオンキヨーが音響事業を外資企業に売却する動きが伝えられた。40代以上であれば、一度はオーディオセットに憧れたことがあるだろう。

しかし、現代の若者にオーディオと言っても話が通じない。実は、オーディオ機器市場はここ10年で6割も縮小しているといい、国内メーカーも経営統合や破産が相次いでいる。

 まずは、大前提としてオーディオブームに沸いた当時の各社の勢力図を整理しておこう。

「かつて日本ブランドが活躍したオーディオブームは、1970~90年代です。なかでも、山水電気、トリオ(ケンウッド)、パイオニアが『御三家』と呼ばれ、業界をリード。それぞれ、アンプ、チューナー、スピーカーといった得意分野で世界で名を馳せました」

 こう語るのは、オーディオ・ビジュアル評論家の鴻池賢三氏だ。ほかにも専業メーカーとしては、ソニー、日本ビクター(JVC)、DENON、オンキヨー、マランツ、ヤマハなどが幅広い製品ラインナップで人気を博したという。

 それ以外でも、オープンリールやカセットデッキの分野でTEAC、赤井電機、ナカミチが不動の地位を確立し、東芝日立製作所などの総合電機メーカーも参入するなど、オーディオはメーカーにとって“金のなる木”だった。しかし、今やかつての栄光は見る影もない。

「現在、純粋な日系ブランドはほぼ全滅です。ブランドを中国企業に売却、あるいは日本で会社が存続しつつも実質的には中国系資本の傘下に収まっている状況で、日本のオーディオ業界の衰退は火を見るよりも明らかです」(鴻池氏)

 この惨状は欧米の名門ブランドも同様だ。かつては名声を誇ったブランドも、多くは中国や韓国などのアジア系資本下に入っている。

JBL、harman/kardon、Mark Levinsonなどが、今では「ハーマングループ」としてサムスングループの傘下に入り、品目も従来の据え置きオーディオからカーオーディオ(自動車メーカーに納入)にシフトしているのだ。その他のブランドも買収などにより、名前を残しつつも製品のタイプが高級品から手の届きやすいものに変化しているという。

押し寄せる、音楽の視聴形態の変化

 国内外を問わず、多くの企業がしのぎを削っていたオーディオ業界。なぜ、ここまで衰退してしまったのだろうか。

「根源的な要因はデジタル化です。レコードやカセットのようなアナログ時代は開発や製造の難易度が高く、国やブランドで品質差が大きかった。日本の『モノづくり』はそこにマッチし、世界を席巻しました。しかし、CDの登場を機にデジタル時代に入ると、主要な半導体チップを入手すれば、経験のないメーカーや工場でも一定水準の製品をつくることができるようになりました」(同)

 それにより、中国の工場などが“組み立てる”だけで安価につくることが可能となり、世界的な競合による価格破壊が進行。日本のブランドは価格で太刀打ちできず、明らかな音質差(価格差に見合う音質の差)を示すことも難しくなり、競争力を失ったというわけだ。

 主因がデジタル化とはいえ、それぞれの企業ではさらに細かい敗因がある。それは、日本の企業についてもいえるという。

「山水電気など、早めの時期に倒れた企業は主力がコンポーネント(大型のオーディオ)製品で、時代とともに消費者の多くがミニコンポに移っていく流れに乗り切れませんでした。

オンキヨーやパイオニアなど、比較的最近まで残っていた企業は、CDやMDの時代もハイコンポ(高級なミニコンポ)で業績は好調でした。しかし、音楽が配信中心でスマートフォンなどで聴く時代になり、そちらへの決定的な転換ができなかったのが撤退の理由でしょう」(同)

 オーディオといえば、良い音へのこだわりが強い人が好むイメージが強い。そのため、「オーディオ業界の衰退」と聞くと、消費者の音へのこだわりがなくなったのかと思いがちだが、そうではないという。

「スマホとイヤホンでも十分に良い音で聴くことができます。アナログ時代に比べると、ホコリによるノイズや摩耗による音質劣化はなく、低域音から高域音まで明瞭。多くのユーザーが満足できる水準にまで技術が底上げされています。オーディオメーカーの言うハイレゾなどの『高音質』も一理ありますが、一般消費者は『音質差』を『価格差』として認められない。デジタル時代の一般消費者は、低価格で利便性を重視するようになっています」(同)

 日本の得意とする“モノづくり”へのこだわりとプライドが足かせとなり、音楽をストリーミングや配信で聞く時代に対応できなかったといえる。

マニア向けの高級品市場は活況

 世界のオーディオメーカーが衰退している一方で、中国や香港ではまだまだ高級オーディオへの関心は高いようだ。

「オーディオ関連の新製品の発表は香港発となることが多くなっていることからも、現地の高級オーディオへの関心の高さがうかがえます。数十万~100万円クラスの一般向け高級オーディオメーカーのなかには、前述の通りアジア資本傘下で中国周辺での再起を図っているところもあります」(同)

 一般向け商品を多く揃えていた大手オーディオ企業が軒並み撤退するなか、マニア向けの高級~超高級製品を手がける企業は一定数存続しているというわけだ。

「100万~数千万円の超高級製品を手掛ける小規模メーカーは、日本にも存在します。

このクラスの超マニア向けは、昔も今も変わらず一定のマーケットが存在しています。ドイツのハイエンドショーは活況で、中国でも購買力が高いです。メーカーも少人数で大規模な生産ラインを持たないので、トレンドの変化によるリスクは受けていない。たとえば、日本企業のZandenは国内ではほぼ無名ですが、海外で高い評価を得ています」(同)

 こうしたマニア向けの高級品がある一方で、一般向けのメーカーはリーズナブルな価格に寄せる動きが避けられないという。

「日本の音響メーカーはいまだに『高音質=高付加価値=利益アップ』と考えているようで、このままではさらに衰退の一途をたどるでしょう。ただ、新興ブランドAVIOTのように、トレンドの完全ワイヤレスイヤホンに注目し、デザインや音質傾向を日本人好みに仕上げ、価格も手頃にするなど、うまく立ち回っているところもあります。これからはトレンドをしっかりと把握し、リーズナブルな価格で魅力的な製品を提供する、たゆまぬ努力が必要不可欠。ブランドに頼る時代は終わったということです」(同)

 伝統や既存の価値観を見直すことが、日本メーカーには求められている。そうすれば、「夢よ、もう一度」とまではいかないが、現状打破の道は開かれるのではないだろうか。

(文=沼澤典史/清談社)

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