ソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長は7月26日、「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」の2号ファンドを設けると発表した。運用規模は1080億ドル(約12兆円)。

SBGが380億ドル(約4兆円)出資。世界の人工知能(AI)関連企業に資金を投じるというが、日本企業が受ける恩恵は少なそうだ。国内市場ではユニコーン銘柄(企業価値が10億ドル=1100億円以上)の株価が低迷している。新興市場の担い手である個人投資家は含み損を抱え、四苦八苦している。

メルカリの時価総額は1年で半減

 フリマアプリ大手、メルカリは6月19日、東証マザーズに上場してから1年の節目を迎えた。6月18日、同社株価は公開価格(3000円)を下回る2982円で取引を終えた。時価総額は4495億円。東証マザーズ市場で首位だが、上場初日につけた8119億円に比べると半分強の水準に落ち込んだ。その後も株価は浮上せず、8月9日の終値は2693円(前日比258円安)だ。

 1年前、大型ユニコーン銘柄の登場に市場は熱狂し、メルカリは500億円を上回る資金を調達した。高い成長性を期待した個人投資家の資金が流入し、5000円の初値をつけ、公開価格3000円を2000円(67%)上回った。取引時間中に値幅制限幅の上限(ストップ高)となる6000円まで上昇。

これが上場来の高値である。

 だが、上場半年後の2018年12月26日、株価は上場来安値となる1704円に沈んだ。きっかけは、米国と並ぶ海外事業の柱と位置付けていた英国事業からの撤退だった。共同創業者の山田進太郎会長兼最高経営責任者(CEO)は「(英国の)利用者が保守的でなかなかインストールしてくれなかった」と撤退の理由を述べた。解散する英国子会社の株式は、すべて現地企業に譲渡する。

 米アマゾン・ドット・コムのようなプラットフォーマーを目指して新事業を次々と立ち上げたが、ことごとく失敗。この1年でギブ・アップしたのは、即時買い取りの「メルカリNOW」、旅行のブログをシェアする「メルトリップ」、自転車をシェアする「メルチャリ」などなど。多角化に失敗したことから戦略を転換。山田氏は「20年6月期は日米フリマとスマートフォン決済のメルペイの3本柱に集中する」とした。

 19年6月期連結決算の売上高は前期比45%増の516億円、最終損益は137億円の赤字(前の期は70億円の赤字)となった。13年の創業以来、7期連続の赤字である。主力の国内アプリ事業が好調で、フリマアプリの国内の流通総額が5000億円に迫る水準となったことから、消費者が不用品を売買する際に得られる手数料収入は増えた。

しかし、スマホ決済「メルペイ」への先行投資や従業員の大量採用による人件費の増加で、前の期より赤字が増えた。

 スマホ決済「メルペイ」は19年2月に始めた。4カ月あまりで登録者数は200万人を超えた。加盟店も増やしており、足元の135万カ所から19年中に200万カ所に広げる計画だ。LINEやNTTドコモとも加盟店開拓やQRコードの相互利用で連携する。

 昨年9月、上場初となる株主総会で、山田会長に株主から厳しい質問が飛んだ。「黒字化の時期はいつか」。答えは「短期の収益性ではなく、中長期の大きな成長を見据える」だった。8月8日の決算発表で山田会長は「20年6月期を勝負の年にしたい」と述べた。今年9月の株主総会では、どんな答えを用意しているのだろうか。個人投資家はいつまで赤字を我慢できるのか。山田氏の経営者としての力量が問われる。

 焦点の米国事業は赤字が続いている。米国の流通総額は3億6000万ドル(約382億円)と前期比約70%増えたが、黒字化のメドとされる12億ドルのおよそ3分の1である。米国事業の黒字化のメドが立たないこともあって、20年6月期の業績予想を非公開とした。国内のフリマで稼ぐ資金を米国やスマホ決済に注ぎ込む戦略の根幹となっている国内フリマ市場も、PayPayの追い上げが急だ。

MTGは中国子会社が不適切な会計処理

 東証マザーズに上場しているトレーニング機器「シックスパッド」などを販売するMTGの株価は8月6日、上場来最安値の975円まで下落。とうとう1000円の大台割れとなった。1年前の18年7月10日、新規上場した。サッカーのクリスティアーノ・ロナウド選手や歌手のマドンナを使った派手なプロモーションで急成長。上場前から企業価値が10億ドルを超すユニコーン企業として期待が高かった。

 初値は7050円と公開価格(5800円)を上回った。7月12日に8120円まで上昇した。その後、株価は大暴落。

株式公開時点で2800億円を超えていた時価総額は、387億円に崩落した。原因は中国子会社の不適切会計が発覚したこと。信用不安の瀬戸際に追い込まれたからだ。不適切会計を調査した第三者委員会の報告書によると、「中国子会社は買い戻しを保証した上で取引先に商品を納め、売上として計上していた」。ところが、取引先がつまずき、MTGに買い戻しを要請したことから、不適切な会計処理が公になった。

 問題の取引を見直した。19年9月期の連結決算の売上高予想は395億円。従来予想を115億円引き下げた。最終損益は85億円の赤字(18年9月期は40億円の黒字)となる見込みだ。過大な売上のノルマを防ぐ管理体制の欠如、会計知識に通じた人材の不足。不適切会計は急成長してきたMTGの弱点を露にした。

 東京証券取引所などを傘下に持つ日本取引所グループ(JPX)が、新規公開手続きを厳格にしている。

証券会社や監査法人に上場申請時の引き受け審査や指導の厳格化を要請したのは、MTGが上場後1年たたずに、不適切会計を公表したからだといわれている。「投資家の信頼を損なう事例」としてJPXは重く受け止めている。

ソフトバンク、公開価格を下回る

 巨大投資ファンド化するSBGは、世界のIT企業への投資を通じて時価総額最大化を狙うが、足元が揺らいでいる。

 18年12月19日、SBGの国内通信子会社ソフトバンクが東証1部に新規上場した。初値は1463円と公開価格(1500円)を下回った。その後も、公開価格を上回ることは一度もなく、8月9日に一時、1509円をつけたのが最高だ。しかし、同日の終値は1495円で公開価格を下回ったままだ。終値ベースで公開価格を上回ったことは一度もない。株式専門紙は「9月末に初の中間配当が実施される。5%台後半の配当利回りを改めて意識」と大騒ぎしているが、市場の評価は厳しいものがある。

 前段があった。7月25日、ソフトバンクの株価は一時、前日比23円(2%)高の1466円50銭と、昨年12月の上場時の初値(1463円)を上回った。

24日の取引終了後、発行済み株式総数の0.96%にあたる4600万株、740億円を上回る自社株買いを実施すると公表したからだ。それでも公開価格には届かなかった。

 8日に公開価格に接近したのは20年3月期決算の第1四半期(4~6月)実績の進捗率が30.2%と順調だったため、今3月期の連結営業利益予想(8900億円)が上振れするのではないかとの思惑からだ。公開価格で買った投資家の多くは、含み損は解消されていない。幹事証券会社の営業担当者が高齢の個人投資家にソフトバンク株を勧めたという実態も明らかになっている。元教師や公務員などが買わされている。

 SBGの孫正義社長はソフトバンク株式を36.8%売っただけで2兆6000億円のキャッシュを手にした。同社株が上場以来、終値ベースで一度も公開価格を上回らないことに対する個人投資家の苛立ちは、ピークに達しつつある。それは、悲鳴に近い。

(文=編集部)

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