「関西初のツタヤ図書館オープン!」

 お盆明けの全国紙地方版が、そう報じたのは、南海電鉄が和歌山市駅前に建設中の複合施設「キーノ和歌山」内に開館予定の新・和歌山市民図書館のことだ。

 新・和歌山市民図書館は当初、10月に開館予定だったが大幅に遅れており、今回、一部フロアが12月に先行オープンすると報じられた。

 カフェや書店が併設され、物産販売も行う「賑わい創出」をめざした地上5階建ての同館を運営するのは、TSUTAYAを全国に展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)だ。この再開発事業に関しては、当サイトがたびたび報じている通り、施主である南海電鉄と市の間に“不透明な事実”が次々とあぶり出されている。今回から3回にわたって、その核心に迫る事実を明らかにしていきたい。

 同館を目玉とした和歌山市駅前の再開発事業が最初に発表されたのは、2015年5月18日。南海電鉄との合同記者会見を開催した和歌山市は、老朽化が進む駅ビルを建て替えて、隣接エリアに建設する公益施設棟に市民図書館を移転すると発表した。

 記者会見場には、大手メディアの記者がズラリと並び、活発な質疑が行われた。

14時から30分間の予定で始まった会見は、22時まで延長された。翌日の朝刊には「南海・和歌山市駅活性化構想まとまる」の見出しが踊り、開発者の思惑通りに事が進むかのように見えた。

 ところが、それから4カ月後、読売新聞が、不透明な再開発計画を「29億円(当時の試算額)もかけて建てる図書館を随意契約にするのは不適切ではないか」と批判的に報じた。このとき、和歌山市は読売新聞の取材に対して「市が土地を取得して独自に建てるよりも、効率が良く工費も安くつく」と説明していた。

税金94億円の流れ

 ところが、ここへきてその根拠が大きく揺らいでいる。

 和歌山市は、新市民図書館の建設について競争入札は一切行わず、南海電鉄と随意契約を締結して事業を進めてきた。

新市民図書館は南海電鉄が市に代わって建設し、完成後にそれを30億円で市が買い取るという変則的なスキーム。そうすることで、建設費30億円のうち15億円は国からの補助金が出るためだ。

 一見、市側は得のようだが、見逃されているのが自治体の自己負担である。市も自ら南海電鉄に18億円の補助金を出す。そのため、和歌山県の補助金14億円を合わせれば、市・県民の負担はトータル47億円。国の補助金も、再開発全体32億円+図書館建設15億円の47億円で、総額94億円の公金が投入される計算だ。

「国が補助金を出す場合、地方も同額負担」がルール。国の補助金をより多くもらおうとすれば、地元の負担も増える仕組みだ。補助金は「タダでもらえる金」ではない。

南海電鉄が優遇される理由

 一方、南海電鉄は、総事業費123億円の駅前再開発プロジェクトを、実質29億円の自己負担で実現可能になった。いくら公共交通機関を担う企業とはいえ、地元でテナント経営をするオーナーと比べると、非常に不公平ではないか。なぜ和歌山市では、そこまで南海電鉄を優遇する計画が進められたのだろうか。

 地元関係者は「実は以前、南海が和歌山市駅を廃止するという話が出ていたんです」と明かす。

 大阪の難波と和歌山市を結ぶ南海本線は、和歌山市中心街に入る手前で、紀ノ川を渡る。そこを走る鉄橋が老朽化していて、その補修に70億円かかるという話が出てきた。

「大阪に近い県北には、2012年に和歌山大学前(ふじと台)という新駅ができ、その一帯が新興住宅地として大規模な再開発が進んでいます。そこで南海電鉄は、鉄橋の先にある和歌山市駅を廃止して、そのニュータウンを和歌山の中心にする計画ではないかと言われてました。これなら鉄橋の補修は必要ないからです」(地元関係者)

 県庁所在地にあるターミナル駅が廃止というのは衝撃的だ。

ところが、調べてもそのような計画が実際に検討された事実は確認できない。それにもかかわらず、この噂が信憑性を持ってしまうのは、それだけ和歌山市駅前の寂れ方がすさまじいということなのだろう。

 1日当たりの乗降客数2万人は、1972年の駅ビル開業当初に比べると半減。賑わいのシンボルだった高島屋が13年に撤退を表明してからは、中心市街地の空洞化に拍車がかかる一方。かくして「南海に出ていかれたら大変」という声が高まり、市駅前再開発は一刻も早く手をつけなければならない緊急課題となっていった。

 そんな折の13年秋、3期11年にわたって財政再建を優先してハコモノ建設に消極的だった大橋建一前市長が退任を表明。

翌年8月の市長選では、和歌山県土整備部長だった尾花正啓氏が当選した。

 以後、アベノミクスに沸く世間の動きと連動するかのように、総事業費123億円の和歌山市駅前再開発計画はトントン拍子で進んでいった。そして、再開発プロジエクトが本格的に立ち上がった14年9月、唐突に出てきたのが市民図書館の移転だった。

 市民図書館移転発表から2年半後の17年11月、和歌山市は駅前に建設される市民図書館の指定管理者にCCCを選定、“ツタヤ図書館”になることが正式に決まった。

 CCCは、13年から運営を担当した佐賀県の武雄市図書館・歴史資料館で、初年度に90万人を超える来館者数を記録したなどとメディアを賑わせた。しかし、来館者の大半は、話題のカフェや書店併設施設を物見遊山で訪れた人たちで、改装前の「図書館利用者」とは単純比較できないはずなのに、数字だけが一人歩きした。

 和歌山市は、CCC指定管理に向けて、システム改修費だけで3億円の予算を昨年12月に議会承認。開館準備費として数億円かかるうえ、毎年の運営費にあたる「指定管理料」も年間3億円支払うことが確定している。地元市民にとっては「新しい図書館ができる」と単純に喜べる話ではない。

 ある自治体関係者は、和歌山市が展開している再開発を「賑わい創出詐欺」だと批判する。

「鉄道会社もデべロッパーも、寂れた駅前に集客するノウハウなんか持っていません。ツタヤ図書館を呼んできたところで、中身のない商業施設ですから、一時的に人は集められても数年で飽きられるでしょう。ハコモノ建設では、東京資本や大阪資本の大企業が潤うだけで、地元企業には大した恩恵がありません。巨額の公費がつぎ込まれた南海電鉄とCCCは“濡れ手に粟”ですが、競争相手のテナントオーナーや書店経営者は到底、太刀打ちできないので、次々廃業に追い込まれるかもしれません」

 つまり、もし駅前の図書館が人を集めたとしても、それによって和歌山市のまちづくりが成功するどころか、よりいっそう地元が衰退していく原因になるのではないかと懸念しているのだ。

 本来、市民の社会教育の施設であるはずの公共図書館を「まちづくりの起爆剤にする」という出発点が、そもそも間違っているのかもしれない。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)