米紙ウォールストリート・ジャーナルは同紙北京駐在の王春翰記者(シンガポール国籍)が、中国外務省から記者証更新を拒否され、8月30日に国外退去処分となったことを明らかにした。これは王記者が書いた記事が中国当局の逆鱗に触れたためで、習近平国家主席の従兄弟がオーストラリアでマネーロンダリングや売春などの組織犯罪にかかわった疑いがあり、豪司法省がこの人物を捜査対象として調べている、と王記者は報じたのだ。
習氏は2012年秋に最高指導者に就任後、反腐敗闘争を展開し、すでに数百人の高級幹部を逮捕し失脚に追い込んでいることから、この人物の容疑が立件されれば、「最高指導者の親族の犯罪」として習氏への批判が高まることも予想される。それだけに外務省は同紙に「掲載を中止するよう強く要求。記事にした場合はなんらかの結果を招く」と警告していたと同紙は明らかにしており、記事は中国当局にとって都合の悪いものだったことは明らかだ。
武警黄金部隊の最高責任者習氏の従兄弟とは、どのような人物なのか。
斉明氏は1958年4月生まれの61歳。習氏の母、斉心氏の弟の斉鋭新氏の息子で、習家と斉家は家族ぐるみの付き合いをしており、習氏は5歳下の斉明氏を弟同様に可愛がっていたという。
斉氏の父親の斉鋭新氏は1927年生まれで、習氏の父親の習仲勲・元副首相(党政治局員)と同じく日中戦争や国共内戦を戦った中国人民解放軍幹部だった。極めて優秀な軍人だったらしく、49年の共産中国建国後、中国東北部で鉱産物を産出する冶金部隊で幹部生活を送った後、当時は蜜月関係だったソ連に留学し、本格的に冶金分野を学んだ。
その後、冶金部門が軍から分かれて誕生した中国武装警察部隊(武警)の担当になると、斉鋭新氏も武警に異動し、武警黄金部隊の最高責任者を務めたが、1987年4月に四川省を視察中に突然倒れ、病院に緊急搬送された。検査の結果、重度の肺がんであることがわかり、北京の解放軍直属の「305病院」に転院したものの、同年10月27日に死亡したことがわかっている。
斉明氏は当時、父親同様、武警で幹部を務めていたが、1990年初め、突然オーストラリアに移住してしまった。斉明氏がなぜ海外に移住したのかは不明だが、父親の後ろ盾もなく、頼みの叔父に当たる習氏の父で大幹部だった習仲勲氏は1989年6月の天安門事件以降、失脚同然で引退生活を送っていたため、将来を悲観したのではないかとみられている。
しかし、この決断は結果的に間違っていたといわざるを得ない。というのも、習近平氏が2012年秋に中国共産党の最高指導者である党総書記に就任したからだ。斉明氏は中国に留まっていれば、武警の最高幹部に取り立てられた可能性も少なくないだろう。武警でなくても、その地位は保証されたはずだ。
実業家への転身とはいえ、斉明氏にとって、習氏の最高指導者就任は彼の人生を大きく変えるに十分だった。1990年代初めに豪国籍を取得した斉氏の生活基盤は豪国内だったが、習氏が中国共産党の最高指導機関である党政治局常務委員会入りした2007年頃から、中国でビジネス活動を展開。中国の大手通信機器会社、中興通信(ZTE)の傘下企業社長に就任したほか、香港や豪州で数社の会社を経営するなどビジネス活動を拡大していた。
その頃に知り合ったのが、中国系豪州人の周九明氏だ。周氏は豪湖北同郷会や豪湖北商会など、中国湖北省と豪州のビジネス交流を展開。中国歌舞団も組織し両国の文化交流を推進するなど、駐豪中国大使館など中国政府関係者とも親しい関係も維持する一方、その裏で、ゴールドコーストの巨大カジノリゾート施設「クラウン・リゾート」で富裕客を斡旋する仲介業者の顔も持ち、中国系組織犯罪組織のトップとして暗躍していた。
周氏は斉明氏が中国最高指導者の従兄弟であることを知ると、斉氏に急接近し、中国内の党高級幹部に紹介し、斉氏のビジネス拡大に積極的に協力。時価で1500万ドル(当時のレートで2億円)もの豪邸を斉氏にプレゼントするなど関係を深めていった。
一方、豪司法当局は、周氏がカジノを訪れた中国人短期滞在者向けにビザを優先的に審査するよう、カジノ側から豪政府機関に働きかけるよう依頼していた疑いを持ち周氏を内偵。その段階で、周氏がカジノ行きのために手配したプライベートジェットに同乗していた斉明氏に、捜査当局者が事情を聞いていたことが発覚し、斉氏も捜査対象者としてリストアップされたという。
調べによると、周氏は斉氏を利用して、大陸で不法に稼いだ金を斉氏の大陸内や香港内の企業を通して、メルボルンのカジノで使ったように見せかけてマネーロンダリングしていたとみられている。具体的には、斉氏がカジノで1回に数百万ドルもの金を動かしており、12年から13年の1年半でわかっているだけで2800万ドル(当時のレートで31億円)もの金を賭けていたという。さらに、斉氏は周氏のトップの犯罪組織が運営している売春組織と関係しているとみて、豪州当局は捜査を進めている。
かりに斉氏が逮捕され、犯罪が立証されれば、中国共産党内部の権力闘争に絡んで、「習近平独裁体制」に反発するグループによって習氏の道義的な責任を追及する動きが出てくる可能性も否定できないのではないか。
(文=相馬勝/ジャーナリスト)