内定辞退率の予測を顧客企業に販売していた就職情報サイト「リクナビ」を運営するリクルートキャリア(東京・千代田区)に対して、厚生労働省は9月6日、行政指導を行った。
指導は職業安定法に基づくものだが、この問題は職安法の範疇を超えて、IT新時代に突入した日本社会が孕む深刻な問題の現れだと私は考える。
厚生労働省が行政指導した対象は、リクルートキャリアが昨年から企業向けに販売を開始した「リクナビDMPフォロー」(8月4日付で廃止)と呼ばれるサービス。リクナビは「マイナビ」と並ぶ大手の就活サイトだ。今年の利用者は前者が82万人、後者が90万人などと推測されており、ほとんどの就活生が登録、活用する。
登録に際しては「規約への同意」が求められ、多くの学生がその内容もよく検討せず、同意しているとみられる。登録した学生は、リクナビを通じて多くの企業情報を得たり、自らをエントリーしたりする。すでに企業から採用内定を得た学生が、もし活発にリクナビで企業情報を収集していれば、その学生にはまだ求職意欲があり、ひいては内定辞退につながることが予想される。採用を判断する企業としては、内定辞退の可能性が高い学生を採用決定することに躊躇するのは当然だ。データを購入した顧客企業は口を揃えて「合否の判断には使わなかった」としているが、信じる者はいないだろう。
「リクナビDMPフォロー」では、AIを使って学生の内定辞退率を予測して、その個人データを38の顧客企業に販売していた。販売額は発表されていないが、年間の利用額は1社あたり数百万円に上ると見られている。
問題は、販売した個人データのうち、8000人あまりの学生からデータの再提供に対する同意が得られていなかった点だ。現代のネット社会で、就活学生がリクナビやマイナビなどの就活サイトを使わないで他の学生と競合していくことはできない。大手就活サイトはその意味で、就活学生に対して優越的な地位にある。
優越的な地位のある者が、それを利用して不当な利得を得る(個人データを第三者に販売するなど)ことは、まず独占禁止法の精神にもとることである。さらにその利得を、源泉となった資源(個人データ)を供出した個人に配分、還元していないという点で、極めて反社会的だ。
「通信の秘密」の侵害行為だ新聞などの報道では指摘されていないが、今回の問題はリクルートキャリアの不当所得としての経済的、ビジネス的な問題に加えて、「個人の通信の秘密」を侵害する大きな要素、すなわち社会的な問題という要素があると私は見ている。大げさではなく、憲法21条が定める「通信の秘密は、これを侵してはならない」という条項を侵犯する可能性がある愚挙だ。
憲法が定める「通信の秘密」は、通信の秘密を保障・保護するもので、その対象は当初は信書などを想定していたが、社会の変化に伴って拡大してきた。
「手紙や葉書や封書だけではなく、電波・電報・電話・電子メール・インスタントメッセージなどの秘密を含む、広い意味に理解されている。」(佐藤幸治『現代法律学講座(5)憲法第3版』青林書院、1995年、576頁)
IT時代において、私たちが「通信」する相手は、人よりもグーグルなどのネットサービスのほうが多くなっているのではないか。たとえば、中国で「天安門事件」や「香港動乱」などとネットで検索した場合、閲覧に制限がかかったり、中国政府によって検索した人になんらかの不利益がおよぶ懸念もある。よって「何を検索するか」「何をネットで見るか」という情報は、憲法上の「通信の秘密」の対象として保護されるべきだと私は考える。
「リクナビDMPフォロー」というサービスは、「通信の秘密」を侵害することで利得を得た、という構造だと理解すべきで、罪が重い。
親会社の監督責任は多くの大学の就職課が、学生の個人データを不当に利用・販売されたと憤慨していると報じられている。
「関西学院大学キャリアセンターは『現在の状況を受けて調査している段階だが、少なくとも今年は学生に(リクナビを)紹介する予定がない』と回答した。中央大学キャリアセンターは『今後も一切紹介しない』と厳しい判断を下す。同センターの池田浩二副部長は、『信頼関係がなくなった。学生を守る立場として、たとえ1件でも問題があれば、学生、父母に安心してもらえないので紹介はできない』と憤る」(9月1日付ZAKZAK記事より)
2大就活サイトであるリクナビは、その存在自体が危機に追いやられた。厚労省が職安法違反で行政指導をした9月6日に先立ち、政府の個人情報保護委員会が8月26日にリクルートキャリアに対して是正勧告を出していた。同委員会が是正勧告を出した初のケースとして、リクルートグループには大きな負の“勲章”が付いた。世間からはリクルートキャリアだけの問題ではなく、リクルートグループの問題として理解されよう。
実際、7月末には3700円を付けていたリクルートHDの株価は、9月6日には3,255円(終値)とほぼ15%下がった。行政指導を受けて、今後さらに下がると予測されている。
今回の問題で私がもう一つ指摘しておきたいのは、親会社であるリクルートHDの「無対応」である。
そもそもリクルートHDも内定辞退率の予測を購入していたというから、話にならない。問題の構造を顧客企業として把握していたはずの親会社は、それを放置して株価下落に見舞われ、株主に損害を与えたという側面があるのではないか。リクルートキャリアに対する監督責任について、リクルートHDの経営陣は説明責任を果たすべきだろう。
今回の問題については、まず個人情報保護委員会が動き、厚労省が続いた。しかし、問題の構造やその広がりから、文部科学省や総務省も大きな関心を持ち関与することを期待したい。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)
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●山田修(やまだ・おさむ)
ビジネス評論家、経営コンサルタント、MBA経営代表取締役。