日産自動車が正念場を迎えている。カルロス・ゴーン元会長による一連の不正問題に加え、西川廣人社長兼最高経営責任者(CEO)をはじめ複数の役員経験者が、社内の規定に反して、かさ上げされた報酬を受け取った疑いが浮上した。

ことの詳細は今後の調査に任せるしかないのだが、すでに西川社長は辞任の意思を表明するなど日産が揺れている。

 この疑惑が日産の経営に与えるマグニチュードは大きい。すでに車台共用化などを進めてきたルノーと日産の関係は後戻りできない。そのなかで、これまで日産は経営の自主性を確保することにこだわってきた。6月の株主総会で日産は一定の譲歩を示しつつも、ルノーの賛同を取り付けた。この状況は、日産がルノーとのアライアンスを維持しつつ、協力体制強化のイニシアチブをとるために重要だったはずだ。

 しかし、今回の疑惑浮上を受け、日産を取り巻く状況はさらに厳しいものになってしまった。ここから先、日産が組織を落ち着かせステークホルダーの賛同を得ていくためには、経営陣が不退転の決意で公明正大な経営を目指すことが欠かせない。同社のトップ人事は市場参加者をはじめ多くの利害関係者の注目を集めていくだろう。

報酬かさ上げ疑惑の重大性

 今回の報酬かさ上げ疑惑の浮上に関して、誰が、どのようにして、社内規定で定められた以上の報酬が支払われる状況をもたらしたかが重要と考える。この点がはっきりとされなければならない。

 疑惑浮上の発端は、日産の代表取締役だったグレッグ・ケリー氏が月刊誌に話した内容だ。

ケリーは2013年末、西川社長が本来より約4700万円多く報酬を得たと主張している。その背景にはストック・アプリシエーション権(SAR)という、業績連動型の報酬制度がある。SARでは、一定の期間中に株価が事前に決められた水準を上回ると、差額部分が現金で支払われる。

 ケリー氏によると、西川氏は2013年5月にSARに基づいた報酬を受け取る期日(権利行使日)を設定し、報酬を受け取る権利を行使した。その後、日産の株価が上昇した。西川氏は行使日を1週間ほど後ろにずらして権利を再行使し、当初定められたよりも多くの報酬を受け取ったと報じられている。一方、西川氏は本来受け取るよりも多くの報酬を得たことは認めたが、期日を変更するよう指示はしなかったとしている。

 西川氏の主張を素直に受け入れることは難しい。本人の指示がないなか、事務サイドが社内の規定に反して行使日を遅らせることは通常では考えられない。もしそうだったとしたら、日産では長らく、経営陣への過度な忖度が働く経営風土が出来てしまっていたということだろう。また西川氏は自分以外の役員などにおいても報酬制度の運用に問題があったとの見解を示している。不正があったのか否かも含め、不明な点が多い。

 企業経営に限らず、問題の発覚が遅れ、気づいたときには対応が難しいまでに事態が深刻化していることは少なくない。事実の解明を待たなければ確たることは言えないが、日産は、ゴーン氏の不正問題が発覚すると同じタイミングでほかの取締役などに不正があったか否かをつまびらかにしなければならなかった。

高まる日産の経営機能の不全化

 現在、世界の自動車業界は急速かつ大きな変化に直面している。今回の疑惑発覚を受け、日産は社会の信頼をさらに失ってしまった恐れがある。その状況のなかで、日産が環境の変化に対応することができるか、かなり不安だ。

 自動車業界が直面する変化として、まず、世界的なサプライチェーンの混乱がある。これには、米中の貿易摩擦などが大きな影響を与えている。また、中国では個人消費の低迷などを受けて新車販売台数が減少傾向だ。加えて世界の自動車業界は、100年に一度といわれるほどの大きな変革期を迎えている。サプライチェーンが混乱するなか、各国自動車メーカーはネットワーク空間との接続性、自動運転や電動化に関する技術の開発、シェアリングエコノミーへの対応などを進めなければならない。

 そのために、経営統合などを通してコストの低減を目指すと同時に、より多くのシェアを手中に収めようとする考えは増えていくだろう。国内でも、トヨタスズキが資本提携を発表した。

海外では独フォルクスワーゲン、米フォードなどが人員削減に踏み切り、環境変化に対応するための体力を確保しようとしている。

 日産を取り巻く環境は一段と厳しさを増していくだろう。ゴーンの不正問題に加え、今回の疑惑が浮上したことを受けて、市場参加者だけでなく消費者も、「日産という企業は本当に大丈夫か」「本当に、経営者の発言は信頼できるのか」といった不安を強めている。

 そうした認識は、日産の社内にもより広く、より深く浸透するだろう。西川氏は、ゴーンが会社を私物化し独裁的権力をふるっていたとの批判を行ってきた。その人物が、ゴーン時代の遺物である制度から本来よりも多くの報酬を受けとっていたことは、多くの従業員にとって受け入れられるものではないはずだ。環境が急速に変化する中で組織がバラバラになってしまうと、長期の視点で企業が変革を目指し、さらなる成長を目指すことは難しくなる。

重要性高まる経営トップの役割

 今、日産に求められるのは、組織を一つにまとめ、企業として向かうべき方向を明確に示すことのできる経営者だ。今回の疑惑浮上によってフランス政府およびルノーは、日産への態度を硬化させる可能性がある。9月に入ってからフランス政府関係者はルノーと日産の関係を見直す考えなどを示した。しかし、それがフランス政府の本音とは限らない。表面には出ていないが、フランスはルノーの日産に対する影響力を強めたいはずだ。

 産業政策の専門家を自認してきたマクロン仏大統領にとって、自国の自動車産業のすそ野をさらに広げることを通して有権者に成果を示すことは重要だ。フランスでは“黄色いベスト運動”が再燃し始めた。フランス経済の先行き懸念が高まるなか、日産への影響力を強め国内の雇用増加などにつなげたいというのがマクロン大統領の本音だろう。

 今後、日産は社内外からのさらなる批判や懸念に直面していく可能性が高い。そのなかで日産は組織の混乱と動揺を抑え、ステークホルダーの賛同を得ていかなければならない。口で言うほど容易なことではないが、最後まであきらめずに内部の“うみ”を出し切り、多様な利害を調整して組織を一つにまとめることなしに、日産が経営の再建を目指すことは難しい。

 組織の混乱が続くと士気は低下し、従業員の不満もたまってしまう。そのなかで企業が人々のアニマルスピリットを引き出して新しい商品などの開発を進め、成長を目指すことはより困難となるだろう。

 日産が、最後まで経営改革をやり遂げる力を持った人材を見いだし、その人が経営に携わる環境を目指すことは非常に重要だ。それができるなら、同社はフランス政府の賛同を取り付けつつ、長めの目線で事業基盤を整備できるだろう。組織が混乱している状況であるだけに、どの程度スピーディーに新しい経営者による改革が進むか否かは、日産の経営に対するステークホルダーの見方に大きく影響するだろう。

(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

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