さいたま市で小学4年生の進藤遼佑くんが殺害された事件で、同居していた32歳の義父、進藤悠介容疑者が逮捕された。

 死体遺棄の容疑のようだが、遼佑くんの靴、さらに犯行に使われたとみられるひも状のものが自宅で発見されたことから、この義父が殺害にも関与していた可能性が高い。

このような子殺しは、なぜ起きるのか。その動機を分析したい。

子殺しの4つのタイプ

 子殺しは、その動機にもとづき、次の4つに大別される。

(1)望まぬ子供を消すための子殺し

(2)慈悲による子殺し

(3)配偶者への復讐のための子殺し

(4)虐待の結果としての子殺し

 まず、(1)望まぬ子供を消すための子殺しは、非行もしくは家庭内暴力を繰り返す、もはや親に望まれなくなった子供の殺害である。あるいは、子供が経済的に重荷になるとか、新しいパートナーとの関係に邪魔になると感じて、殺害する場合もあるようだ。

(2)慈悲による子殺しは、親がわが子を「苦しみ」から救うためには殺すほうがいいと信じて遂行する殺害である。この「苦しみ」は、現実の場合もあれば、親が妄想的に確信しているだけで、現実には存在しない場合もある。たとえば、子供が実際に重い障害や病気を抱えている場合は前者だが、子供に悪魔が憑いているとか、魔法によって子供の発育が妨げられているとか親が確信している場合は後者である。

 慈悲による子殺しは、親の自殺と結びつくことが少なくない。自殺願望を抱いている親が、「自分の子供を残して死ぬのは不憫だ」と思い、その結果、親子心中が起きるわけだが、欧米でも日本でも母子心中のほうが父子心中よりもが圧倒的に多い。これは、子供との一体感を母親のほうが抱きやすいからだろう。

(3)配偶者への復讐のための子殺しは、配偶者もしくは元配偶者を苦しめるために意図的にわが子を殺害する事例である。

その原型は、ギリシャ悲劇に登場するメデイアであり、自分を裏切って他の女のもとに走った不実な夫に復讐するために、2人の息子を殺害する。そして、「なぜに、手にかけた?」と問いただす夫に「あなたを苦しめようために」と言い放つ。

 このメデイアの悲劇から、「メデイア・コンプレックス」という概念が生まれ、「母親がわが子の死を望む願望であり、通常は夫への復讐として生じる」と定義されている。現代でも、夫もしくは元夫への復讐のために母親が子殺しや母子心中に走ったと考えられる事件は、ときどき報道されている。

 復讐願望から子供を殺したり、無理心中を図ったりするのは、母親に限った話ではない。父親が、妻もしくは元妻への復讐のために同様の凶行に走ることもあり、離婚後の面会交流中の父子心中は、その典型と考えられる。

(4)虐待の結果としての子殺しは、虐待の末に子どもを死に至らしめてしまう事例である。

 最近母親の船戸優里被告に懲役8年が言い渡された目黒女児虐待死事件、あるいは今年1月に千葉県野田市で栗原心愛さんが父親の虐待によって死亡した事件が、これに該当する。

 もちろん、動機不明の子殺しもあるし、この4つのタイプに入らない子殺しもある。また。いくつかの動機が重なり合っている場合もある。たとえば、今年6月に東京都練馬区の自宅で、元農林水産省事務次官の70代の父親が、無職で長年ひきこもり気味の生活を送っていた40代の長男を殺害した事件は、(1)望まぬ子供を消すための子殺しであると同時に、父親からすれば(2)慈悲による子殺しでもあったように見受けられる。

 まず、父親と同じようなエリートコースを歩むことができず、家庭内暴力を繰り返し、口癖のように「ぶっ殺す」と言っていた長男は、両親にとって望まぬ子供だったはずで、消してしまいたいと思ったとしても不思議ではない。同時に、ひきこもったままの生活を続けていたら、親が亡くなった後困窮するかもしれないので、「死んだほうが幸せ」と父親が考えた可能性もある。

今回の事件は、望まぬ子供を消すため

 それでは、今回の事件の動機は何か? やはり、一番強い動機として考えられるのは、(1)望まぬ子供を消すためだろう。

 殺害された遼佑くんと義父との間に血のつながりはなかったということなので、この父子の間に愛情があったかどうか、疑問である。むしろ、母親の愛情を奪い合うライバル関係にあったのではないかと私は思う。

 母親が息子を連れて再婚した場合、義父と息子は母親の愛情をめぐってライバル関係になりやすい。母親が献身的に息子の世話をしたり、楽しそうに息子と話したりしているのを見て、義父が嫉妬し、不機嫌になるという話を聞くことも少なくない。

 遼佑くんの母親は、義父よりも10歳年上の42歳ということなので、この義父は母性を求めて結婚した可能性もある。そういう場合、義理の息子がいなければ、自分がもっと大切にしてもらえるのにとか、自分にもっと愛情を注いでもらえるのにとか、この義父が考えたとしても不思議ではない。

 また、遼佑くんは義父を「お父さん」と呼んでいたわけではなく、「○○さん」と呼んでいたようだ。そのため、義父は、父親としてきちんと認識されていないし、尊敬もされていないという不満を抱いていたかもしれない。おまけに、無職であるがゆえのコンプレックスもあいまって、軽んじられていると日頃から感じており、その鬱憤が何かのきっかけで爆発したのではないか。

 一連の経緯から、計画的な犯行ではなく、きわめて衝動的かつ短絡的な犯行のように見える。どのような葛藤が家族の間にあり、何が最後の引き金になったのか、解明すべきだろう。

(文=片田珠美/精神科医)

参考文献

片田珠美『子どもを攻撃せずにはいられない親』(PHP新書)  2019年

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