8月の日本の自殺者数は1849人となり、前年に比べて246人と大幅に増加した。今年前半、新型コロナウイルス感染拡大による経済状況の悪化に伴い自殺者数の増加が懸念されていたが、筆者は6月8日付コラムで「必ずしも自殺者は増加するとは限らない」と書いた。
自殺者数の増加に寄与しているのは、女性と若年層である。8月の自殺者数の増加分246人のうち186人(75.6%)は女性である(9月16日付ニューズウィーク)。2019年の男性の自殺者数は女性の2.4倍だったが、今年8月の数字は1.8倍にまで縮小している。コロナ禍の影響がサービス業中心に生じていることから、女性のほうが失職して生活苦に陥っている割合が多い可能性がある。在宅勤務の増加に伴う家庭内暴力の増加など、女性のほうがストレスが溜まりやすい環境が続いていることも関係しているだろう。
8月の年齢層別の自殺者数は公表されていないので、7月時点の数字を見てみると、10代は1.25倍、20代は1.19倍と他の世代に比べて増加率が大きい。10代の自殺者数は少ないものの、20代の自殺者数は他の年齢層と同様に200人台である。
医療系ベンチャー企業の調査によれば、大学生の44%にうつ病の可能性があることが明らかになっている。キャンパスで友人に会えず、自宅で悶々とオンライン授業を受ける日々が続くなか、学生のメンタルは蝕まれている。さらに「就職はどうなるのか」「入社した会社はこれから先大丈夫か」という不安に苛まれて若者も多いはずである。
日本の自殺者数は、2003年の約3万4000人をピークに、特にこの10年ほどで急激に減少し、2019年には約2万人となった。
これまで日本の自殺者の大半を占めてきたのは中高年男性だった。失業や会社の破綻などによって一家を養う稼ぎ手としての役割を失い、「世間に顔向けができない」との理由から自殺に走るケースが多かったが、日本でも女性の社会参加が進んだことで、「親父たち」の肩の荷が軽くなってきている。さらに猛烈サラリーマンだった団塊の世代がストレスの激しい職場を離れたことを要因に挙げる専門家もいる。
中高年男性の自殺者数が減少したのとは対照的に、このところ増加の兆しを示していたのは女性と若年層だったが、コロナ禍でこの傾向が強まった可能性がある。
「新しい日常」がもたらすストレス米国でも自殺の問題が取り沙汰されている。
米国の若者の自殺率は2007年から毎年増えており、2018年までに57.4%増加していた(9月17日付ニューズウィーク)。「過去30日以内に真剣に自殺を考えた」人の割合は、全体でも10.7%に上っている(2018年時点では4.3%だった)。パンデミックの初期には、ソーシャルディスタンスを保った遠隔ディナーや数カ月会ってない友人とビデオ通話するなどの方法でストレスを解消していたが、多くの米国人が「新しい日常」がもたらすストレスに耐えられなくなっているようだ。
40.9%の人々が「メンタル面の悪化や問題行動を自覚している」と回答しており、CDCは「メンタルヘルスの問題に対処するため、共同体レベルで介入と予防の取り組みを強化する必要がある」としている。
日本はさらに深刻なのかもしれない。2016年に日本財団が実施した「自殺意識調査」によれば、過去1年以内に自殺未遂を経験した人は53万5000人(推計値)に上り、実際の自殺者数の20倍近くに達していたことがわかっている。年齢別には20代が最も多かったが、ショッキングだったのは、全世代平均で4人に1人が「本気で自殺したいと考えたことがある」と回答していたことである。前述の米国の調査の2倍以上の数値である。
国立精神・神経医療研究センターの精神科医であり、自殺対策に取り組む松本俊彦氏は「自分でも理由がわからないし、わからないがゆえに、苦しいとか助けてほしいとかを言い出せない中で、死に向かっていく人たちがいる」と指摘する。追い詰められたり、さまざまなトラウマを生きてきた人たちは無力感に襲われており、どれだけ頑張っても駄目だと絶望していることが多いが、「自殺で亡くなった方の中の相当数は、自殺の直前に迷っていることがわかっている。
自殺者数の増加の背景には、女性や若年層を中心に社会全体で進む孤立の問題がある。このような事実を踏まえて松本氏は「死にたいと言ったからといって、説教されたり、否定されたりするのではなく、『もう少し話を聞かせて』という人がいる社会をつくるべきである」と主張している。
9月16日に発足した菅内閣が目指すべき社会像は「自助・共助・公助、そして絆」だが、コロナ禍の影響が長期化するなかで、国民の自助努力は限界に達しつつある。孤立の問題は、社会の基盤を蝕む非常に厄介な問題である。役所の縦割りを排して取り組むべき最重要課題の一つにすべきではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)