農機・小型建機メーカーであるクボタの業績が回復している。2021年1~3月期の連結決算では、純利益が前年同期比151%増の520億円だった。
短期的に、同社の業績は堅調に推移する可能性がある。欧米ではワクチン接種が進み、経済が正常化に向かう。経済対策としての公共工事の実施や人々の屋外活動の活発化は、クボタにとって追い風だ。
ただ、中長期的に考えると同社を取り巻く不確定要素は少なくない。その理由の一つとして、世界全体で脱炭素への取り組みが加速していることがある。また、農業分野でのDX(デジタル・トランスフォーメーション)が進み、AI(人工知能)やドローン、データ分析の重要性が高まっている。そうした変化にクボタがどのように対応し、新しい成長事業を確立するかに注目したい。
クボタの成長を支えた超小型トラクタのヒット1890年に鋳物メーカーとして創業したクボタは、水道関連の金属製品の製造を中心とするインフラ関連企業として事業体制を整えた。その後、クボタは鋳造技術を生かして発動機(エンジン)の生産に進出し、トラクタなどの農機や、小型建機、産業用のエンジンメーカーとして成長した。
クボタの成長に大きく貢献したのが、超小型トラクタである「ブルトラ」のヒットだ。第2次世界大戦後、日本は食糧確保のためにコメの生産を重視した。
その後、クボタは海外事業を強化した。具体的に、米国のトラクタ市場への進出に加え、都市部での工事作業の効率化や環境への配慮が高まる展開を念頭に、小型の油圧ショベルであるミニバックホーなど小型建機の海外販売を強化し、海外生産体制も整えた。世界のミニバックホー市場で、クボタはトップのシェアを誇る。また、タイなどのトラクタ市場でもクボタのブランド競争力は高い。
また、農機・小型建機事業に加えて、クボタは水および環境関連の事業にも注力してきた。機械に加えて、環境関連の事業を運営していることは、クボタの特徴だ。その根底には、創業以来、同社が環境面の技術向上が、企業としての社会的責任を果たすために不可欠であるとの価値観を重視してきたことがある。別の見方をすれば、トラクタのヒットなどによって同社が世界の需要を獲得し、株主などの利害関係者の要求するリターンを実現したことが、機械と水・環境インフラ事業の両立を支えている。
中長期的な事業運営に関する不透明感今後のクボタの事業運営を考えると、目先、同社の業績は上向き基調で推移する可能性がある。
ただ、中長期的な展開を考えると、クボタを取り巻く不確定要素は増加するだろう。そう考える理由は多い。最も重要なのは、世界的な脱炭素化への取り組みの強化だ。日本政府は2030年の温室効果ガス排出量を2013年度比で46%削減する目標を掲げた。クボタなど日本企業がその目標を達成するためには、生産拠点を海外に移さなければならない。なぜなら、日本の電力供給の7割超が火力に依存している。
米国ではクボタの競合企業である、農機大手のディアがスマート農業や脱炭素化への取り組みを進めている。世界最大の農機市場に成長した中国では、共産党政権が進める「一帯一路(21世紀のシルクロード経済圏構想)」や「中国製造2025」を背景に第一トラクターなどの中国企業の価格競争力と技術の向上が進むだろう。
また、カネ余りに支えられた商品価格の上昇がいつまでも続くことはない。価格が調整すれば、農機需要にも相応の影響がある。5月中旬にかけての米国株式市場でディアの株価が下落したのは、そうした懸念が高まりつつある予兆に見える。日本においてクボタは、少子化、高齢化と人口減少による農機市場の縮小均衡にも対応しなければならない。
大胆な業態転換を急ぐクボタ中長期的な展開を考えると、世界各国の政府や企業が脱炭素への取り組みを強化し、さらには農機などの価格競争の激化が想定される。そのなかで、クボタが農機や小型建機メーカーとしての優位性を発揮し続けることができるか否かは見通しづらい。そう考える投資家が増えた結果、過去5年間のクボタの株価の上値は、どちらかといえば抑えられてきた。
その状況下、クボタ経営陣は中長期的な自社の事業体制に危機感を強め、業態の転換を目指している。具体的に、同社は自律走行型トラクタの開発などを進めている。
他方で、クボタはAIやロボティクスに関する対応力が不十分であることを冷静に認識し、他の企業や組織との連携を重視している。別の見方をすると、トラクタのヒットなどによって獲得してきた経営資源を、どのように水・環境関連の装置、システム、およびソフトウェアの開発に再配分して競争力を高めるかが焦点だ。既存分野での競争の激化や脱炭素、あるいは水素社会への取り組みの加速という世界経済のゲームチェンジを考えると、同社の事業戦略には相応の説得力がある。
戦略を実行し、成長を実現するためには、組織を構成する人々の価値観、働き方を根本から変えなければならない。そのためには、社外との連携だけでなく、データ分析やソフトウェア開発の専門家(プロ)を積極的に採用して自社にはなかった発想を取り込むことが欠かせない。それが、業態転換を進めて高付加価値の商品を生み出すことを支える。
このように考えると、今後のクボタの注目点の一つは、先端分野での取り組み強化のために、経営陣が組織の改革を進めて個々人の力が最大限に発揮される環境を整備することだ。そうした取り組みの必要性はクボタだけでなく多くの日本企業にも当てはまる。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)
●真壁昭夫/法政大学大学院教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。