近年、世界全体で脱炭素への取り組みが本格化している。2020年10月、菅義偉首相は「2050年カーボンニュートラル」を宣言した。
脱炭素へのロードマップの時間軸を分けて考えると、2030年度までの温室効果ガス削減目標は、日本企業にとってコスト増加の要因になる可能性がある。その影響は慎重に考えるべきだ。その一方で、日本企業のモノづくりの力を考えると2050年のカーボンニュートラル達成は可能であり、日本企業のビジネスチャンスは増加する可能性がある。
注目したいのは、脱炭素への取り組みを進める世界の企業から、東レの炭素繊維への需要が高まっていることだ。同社は、より迅速に二酸化炭素の分離や回収などを支える素材の創出に注力することによって、さらなる成長を目指すことができるだろう。同社の炭素繊維技術などの向上は、日本企業が脱炭素に係るコスト増加の軽減や、さらなる成長に向けた取り組みを支える要素の一つにもなるだろう。
東レの業況と主要先進国における脱炭素の現状2021年3月期の東レの連結決算は減収減益だった。主な要因として、コロナショックの発生によって航空機需要などが落ち込み、繊維、炭素繊維関連などの収益が減少した。
ただし、炭素繊維事業では重要な変化が起きている。それが、風力発電翼(風車)向けの需要増加だ。
脱炭素とは、温室効果ガスの代表格である二酸化炭素の排出を削減する取り組みをいう。その目標は、産業革命からの平均気温の上昇幅を2度よりも低くしつつ上昇幅を1.5度に抑える努力を続ける。それによって、干ばつや豪雨などの気候変動問題の深刻化を食い止めることにある。以上の内容は、2015年の「COP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)」で採択された「パリ協定」によって定められた。
パリ協定以降、世界各国が脱炭素への取り組みを強化している。2020年にEU(欧州連合)域内では、発電全体に占める再生可能エネルギー由来の電力の割合が、化石燃料による発電量を上回った。それは、欧州の水素利用コストの低さを支えている。日本と比較すると、欧州の水素価格は日本の4分の1程度といわれている。
再生可能エネルギーを利用した自動車の電動化も急速に進んでいる。2020年のノルウェーでは、乗用車の新車販売に占める電気自動車(EV)の割合が54%に達した。
また、バイデン政権が発足して以降の米国も脱炭素に取り組んでいる。しかし、リーマンショック後の米国の雇用回復をシェールガス産業の成長が支えたため、政府管理地での石油・ガス開発への規制強化などに関して、民主党内からも不安や慎重な対応を求める意見があるようだ。
2030年度までの温室効果ガス削減が日本企業に与える影響その状況下、日本は、2030年度までに温室効果ガスを2013年度比で46%削減する。その上で、日本は2050年のカーボンニュートラルを目指す。時間軸を分けて考えると、2030年度までの9年の間に、日本は温室効果ガスをこれまで以上のペースで削減しなければならない。それは、企業のコスト増加要因となる可能性がある。具体的には、既存の技術や設備の改修などのコスト増加が想定される。排出権取引にかかるコストも増えるのではないか。
再生可能エネルギー利用のコストもある。太陽光や風力発電所の建設のコスト(土地の取得や土木工事の人件費など)は軽視できない。
2030年度までに、日本企業は、そうしたコストを負担しつつ温室効果ガスを削減しなければならない。その負担は軽視できず、日本企業にとって温室効果ガス削減は容易なことではないだろう。そう考えると、今後、日本企業が既存の生産設備などを活かしつつ、温室効果ガスの排出を削減するための方策の一つとして、排出されるガスから二酸化炭素を分離、回収する技術の重要性は一段と高まる可能性がある。
その分野において、東レの炭素繊維関連技術が果たす役割は大きいと考えられる。4月に同社は、炭素繊維を使った二酸化炭素の分離膜を開発したと発表した。同社は航空機などに利用されてきた炭素繊維の技術を、脱炭素という先端分野での取り組み強化に活用することによって、環境の変化に適応し、さらなる成長を目指そうとしている。その意味で、東レは日本の脱炭素への取り組みを代表する企業の一つといえる。
2050年のカーボンニュートラルは日本企業にチャンスその一方で、2050年のカーボンニュートラル実現は、東レなどの企業にとってビジネスチャンスの拡大になる可能性がある。
世界各国の政府や企業がカーボンニュートラルに取り組むことは、東レが世界トップのシェアを獲得している炭素繊維への需要を押し上げるだろう。より軽量かつ耐久性の高い自動車や列車のボディ、建設資材、精密および工作機械向けの部品などにより多くの炭素繊維が用いられていくだろう。
燃料電池車などに搭載される水素タンクに関しても、東レが競争力を発揮する可能性がある。同じことは、炭繊維などの素材分野で強みを持つ日本企業にも当てはまる。また、東レが環境関連事業で注力する水処理の分野でも、温室効果ガスの削減は重要だ。2050年までの展開を考えると、まずは先進国企業を中心に温室効果ガス排出削減への取り組みが進められ、徐々に新興国企業の取り組むも進むだろう。それは、東レなど日本の素材関連の企業がより多くの収益を獲得するチャンスになるだろう。
今後の展開を考えた時、東レに期待したいことは、さらなるスピード感を持って炭素繊維など高付加価値の素材技術を磨くことだ。同社がより早いタイミングで脱炭素を支える素材、装置を日本企業に供給することは、2030年度までの温室効果ガス削減目標の実現のために企業が直面するであろうコストの増加を軽減する要素の一つとなる可能性がある。
それは、東レにとっての収益増加につながるだろう。そのために同社に必要と考えられる取り組みは、研究開発体制の強化と、よりオープンな姿勢で他社との連携を進めることだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)
●真壁昭夫/法政大学大学院教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。