「ツタヤ図書館崩壊の引き金を引くのは、延岡市かもしれませんね」

 ある自治体関係者がそう指摘するのは、2018年に宮崎県延岡駅前にオープンした公共施設・エンクロスのことだ。

 市民活動センターに図書閲覧コーナーとカフェ・書店が同居するオシャレな駅前複合施設を運営するのは、TSUTAYAを全国展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)だ。

いわゆる“ツタヤ図書館”のバリエーションのひとつ(貸出等図書館機能はない)であるエンクロスが、いま大きく揺れている。

 CCCとの5年契約が来年3月に満期を迎えるのに伴い今年4月、市が運営費を大幅に削減する案を発表した。すると、その条件では次回公募には参加しない可能性をCCCが示唆したのを受けて、「CCC撤退でスターバックスがなくなる!」などと、エンクロスを活動拠点とする市民団体や地元商工会等の関連団体が、議会に契約条件見直し反対の請願署名を出すなど大暴れ。

 もし延岡市がCCCとの契約を更新しなければ、2013年の佐賀県武雄市から続いてきた、同社による公共施設運営事業の拡大に急ブレーキがかかるのは間違いない。ツタヤ誘致自治体のなかで、初めてCCCと癒着しない市長が登場したことによって、不祥事や疑惑が絶えないツタヤ図書館事業の崩壊が始まるのだろうか。

 いったい、延岡市で今、何が起きているのか――。その深層をレポートする。

「CCC以外で、この業務ができるんですか?」

「CCCに感謝状を出してもいいのではないですか?」

「見直し案を出す前に、CCCと話し合うべきだったのでは?」

 6月22~24日の延岡市議会本会議ではエンクロスの運営に関して、耳を疑うような“CCCヨイショ”発言が、契約条件見直し反対派の議員から読谷山洋司市長に向けて、次々と繰り出された。

 市民交流センターに図書閲覧スペースを併設したエンクロスは、館内にスターバックスと蔦屋書店が入居。4万冊を収蔵する図書閲覧コーナーを配置したオシャレなブックカフェによって、初年度の2018年には128万人の来館者を集めたとされる。

 議会発言も、そうしたCCCの運営に対する評価の高さの表れと思われるかもしれないが、事実は大きく異なる。

 延岡駅に直結しており、駅利用者(乗車時の7割、降車時の3割)を数値に加算している“過大カウント疑惑”が絶えず、収蔵4万冊のうち1万5000冊は書店の販売本で、図書館ではないため貸出もなし。

活発とされる市民活動も広がりに欠け、結果、開館前には6億円ともいわれていた周辺商店街への波及効果は、まったく検証されず、シャッター通りのままだ。

 それでいて、年間1億3500万円という、他の自治体の市民センターの3~5倍ともいわれる運営費は、費用対効果の面で果たして適正なのかという疑念はくすぶったまま。

 また同社は、指定管理期間中の2019年2月、基幹事業であるTSUTAYAが消費者庁から景品表示法違反で1億1753万円の課徴金を課せられる不祥事を起こしており、普通なら、その時点で指名停止処分を受けて、次期指定管理者の応募資格を失っていてもおかしくない。

 そうしたなかでの運営見直しは、延岡市民にとっても負担が減ることにつながり、大歓迎ではないだろうか。また、駅前から周辺の商店街を回遊させて活性化させるためには、むしろエンクロスだけに偏っていた予算配分を見直す絶好の機会だ。

 ところが、なぜか見直し反対勢力の声が日に日に大きくなっていった。その背景には、4年前の市長選の遺恨があったといわれている。

4年前から続く、市長とCCC推進派の遺恨

 2018年1月、任期満了に伴う延岡市長選が行われた。大方の予想に反して、元県庁の幹部職員だった永山英也氏を567票差で破って当選したのが、元総務官僚の読谷山氏だ。

 対抗馬は、自民、公明、民進、連合宮崎など500を超える団体が推薦し、なおかつエンクロスの運営にCCCを誘致した首藤前市長の後継者と目される永山氏。大物国会議員や現職の県知事が続々と永山氏の応援に入るなか、組織票を持たず、草の根的に市民の支援を受けた読谷山氏が互角以上の戦いを繰り広げた。そして最後に読谷山氏が僅差で制した選挙戦は、政治ウォッチャーから「市民が組織に勝った奇跡」と、驚きをもって迎えられた。

 だが、当選した読谷山市長を待ち受けていたのは、苦杯をなめさせられた前市長派の議員が大勢を占める、いばらの議会だった。

 その読谷山新市長が当選後、真っ先に表明したのが、目前に迫っていたエンクロスのオープン延期である。信じられない話だが、前市長がCCCを誘致したためか、開館まで半年を切った前年12月になっても、同館の年間運営費は不明のまま。指定管理者はCCCに決定しているのに、費用はいくらかかるのかわからないという異様な事態。

 読谷山市長は、2月20日の議会開幕を控えた会見のなかで、CCCに払うエンクロスの年間運営費は1億3500万円(うち3500万円は光熱水費)と、事務方から説明受けた金額を公開。そのうえで、この費用が果たして妥当なのかを検証するために、目前の4月に控えていたオープンを当面延期する議案を提出すると明言。

 巨額のハコモノ事業を次々推進してきた前市長の進め方を批判して、プロセスの透明性を高めて市民の理解を得ることを公約のひとつに掲げていた読谷山氏にとっては当然のことだ。だが、CCCを誘致した前市長派の議員からしたら、新市長のこの行為は“ちゃぶ台返し”に等しいと映ったのだろう。

 3月議会が始まると議会の主要勢力は、市長の提案する議案にことごとく反対。エンクロスの開館延期については、請願や動議を乱発。議会では29名中20名を超える議員が、新市長に反対する派閥となっていたため、文字どおり多勢に無勢。新市長はエンクロス見直しに着手すらできず、結局、予定通り4月オープンの運びとなった。

 この間にはCCCサイドからも、開館延期となったら損害賠償も検討するという、恫喝に等しい申し入れがあったと伝えられている。

読谷山市長、4年越しのリベンジに着手

 それから4年の月日が流れ2022年1月、任期満了に伴う市長選が実施され、読谷山氏は再選をめざして立候補。一騎打ちとなった対立候補は、自民・公明の推薦で市内300を超える団体の組織票をことごとく固めた元県議の内田理佐氏。内田氏は、エンクロスの運営にCCCを誘致した前市長とも近しい存在だ。

「宮崎県初の女性市長を」と無党派層にもアピールしたため、読谷山氏の再選は、かなり危ういとみられていた。ところが蓋を開けてみると、7672票と前回よりも大きく差をつけて読谷山氏が勝ち抜いたのだった。

 こうして市民の付託を受けた読谷山氏は、4年前にできなかったエンクロスの見直しに着手することになったのだが、今回も議会の勢力地図は前回とほぼ変わっておらず、一歩間違えば、また議会が無用に混乱することが予想されたため、慎重な舵取りを求められている。

 そんななかで延岡市は今年4月1日、2023年度以降のエンクロスについて、指定管理者を公募すると発表。公募にあたっては、民間事業用スペースを増やし当該エリアの施設使用料を応募者に提案してもらうとして、以下の3つを骨子とした見直し案を公表したのだった。

(1)食事提供機能(調理)を設ける
(2)キッズスペース内にバス待合スペースを確保する
(3)年間1億100万円かかっていた指定管理料を、3400万円削減する

 いずれも、トップダウンとは正反対に、市民を集めて実施したワークショップ等で出てきた意見・要望を基に作成されたものだったが、この発表直後から、延岡エンクロスに関する議論は、なぜか急激にヒートアップしていく。いったい何が起きたのか。

 反市長派による“反撃の狼煙”となったのが、見直しの対象とされたCCCの対応だった。地元紙は市の見直し方針について、同社のこんなコメントを掲載した。

「食事提供機能の追加などを求める現在の方針案のまま次期指定管理者が公募されれば、『参加できないことが想定される』との見解を示した」(4月8日付宮崎日日新聞)

 CCCが公募に参加しないということは、エンクロスで同社が経営するスターバックスと蔦屋書店が撤退するのではないかとの噂が瞬く間に延岡市中を駆け巡り、ここからエンクロス見直し反対の声が次第に大きくなっていったのだった。

(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)

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