欧米ではビジネスジェット(プライベートジェット)を利用する経営者が珍しくない。個人あるいは企業で所有するケースもあるが、多くはチャーター便で4~12席の小型ジェットだ。

貸切だから一般の定期便みたいに空港ロビーで1~2時間も待つ必要はなく、出発時間は融通がきく。移動中は航空機内が完全なプライベート空間となり、秘密の会議も商談も可能だ。ビジネスジェットは、とにかく時間を有効活用したい経営者に必須のツールなのである。

 このビジネスジェットを手配する事業に、ANAホールディングス(ANAHD)と双日が昨年7月参入した。両社合弁で「ANAビジネスジェット」を設立。資本金は2億円で、出資比率はANAHDが51%、双日が49%となっている。3年から5年で年間売上高10億円規模を目指すという。

 事業内容は大きく2つ。日本から海外の目的地に直行するビジネスジェットのチャーター手配と、全日空(ANA)が定期便を運航する北米などからその先へと乗り継ぐビジネスジェットの手配だ。日本からは海外のほとんどの主要都市に定期便が飛んでいるため、ANAビジネスジェットが狙っているのは、どちらかといえば後者の需要だ。

 というのも、主要都市以外だと、まだまだ定期便のない地域も少なくない。アメリカの場合、ニューヨークやロサンゼルスのような大都市に行くには定期便で事足りるが、メーカーの工場などは交通の便が悪いところに立地しているケースが多いので、大都市の空港からの足を確保しなければならない。
日本の経営者がそうした地域に行くとき、従来は自分たちで現地の小型ジェットを手配していた。

 しかし、アメリカには小型ジェット運航会社が500社以上あるといわれており、保有機体も2機から数十機までピンキリだ。どこが安全で優良なサービスを提供しているのか素人にはわかりにくい。それだけに、日本から定期便プラスアルファのサービスがあれば便利という声は以前からあった。ANAビジネスジェット総務企画部の野村良成部長はこう話す。

「東京オリンピック・パラリンピックもあり、国もインフラ整備に動いているので、ANAの新規事業立ち上げのタイミングとしてはいい」

 双日ビジネスジェット事業課の櫻井洋平課長は、ANAと組むシナジーと勝算について次のように語る。

「15年以上にわたってビジネスジェット事業に携わってきたので、富裕層やオーナー企業などピンポイントでアプローチできる顧客層に強いが、当社の営業リソースだけで全国を回るのは難しい。ANAの法人営業部は全国にあり、グループ力として業務渡航など法人営業に強い。例えばシカゴへの定期便だと、ビジネス客の7~8割がデトロイトやカナダなどへの乗り継ぎをしているので、そうした乗り継ぎ客の3%くらいに新会社のサービスを利用してもらえるようにしたい」

 ビジネスジェット事業といえば、実は2017年4月には日本航空JAL)が仏大手ビジネスジェットオペレーター、ダッソー・ファルコン・サービスと提携している。まずJAL便でパリへ飛び、パリから欧州域内や中東、アフリカへビジネスジェットを飛ばすチャーターサービスを始めている。JALの広報は「売り上げなどの具体的な数字は公表していないが、お客さまからのご要望・ご関心は一定数いただいており、マーケットニーズは感じている」と話す。

 ANAビジネスジェットも12月からフランクフルト経由で欧州域内のチャーター手配を開始した。
欧州でもすでにビジネスジェット運航会社6社との提携が決まっている。19年度、ANAは総2階建ての超大型機エアバスA380をハワイ就航させる。ホノルルからマウイ島やハワイ島などへのアイランドホッピング(島々を渡り歩く)を楽しみたい旅行客に、ビジネスジェットのチャーター便を提供するなどの展開も目指している。

●なぜ日本の経営者は利用しないのか

 日本ビジネス航空協会の資料によると、15年3月末時点でアメリカには1万3000機以上のビジネスジェットがあるが、日本には85機しかない。その85機には自衛隊や自治体所有の公用機も含まれているので、個人・法人など民間で所有しているのは30機程度といわれる。

 日本国内でビジネスジェットが普及しなかった理由として挙げられるのはまず、狭い国土と鉄道インフラの充実だ。ただ、国土の狭い島国で鉄道網が発達しているイギリスでも600機近く保有されている。

 空港インフラ整備の遅れと発着制限も理由としてある。羽田では昼間1日8回だったビジネスジェットの発着枠を、16年春に16回に拡大した。関西空港には専用レーンができ、中部国際空港には専用ターミナルが設置されるなど、ビジネスジェットが活用される環境は整い始めている。17年のビジネスジェット発着回数は前年比18.8%増の1万5351回になった。

 もちろん、ビジネスジェットのチャーターは決して安くない。
例えば、1往復当たりのチャーター利用料は、羽田─香港で1400万円、羽田─ロンドンで4000万円(諸経費込みの一例)といわれる。日本の大企業は雇われ社長が多いため、「社員や株主にぜいたくしていると思われたくない」と考える経営者は多く、自分が経営の座にいるうちはできる限りコスト削減しようと考える。あまり目立つことをしたくないというのが日本人らしい本音だ。また、そもそも日本の雇われ社長に一刻を争うようなビジネス案件や商談がどれほどあるのか疑問だ。会社自体が社長ひとりですべてを決断できるような組織になっていないため、それほど時間節約の必要性に迫られていないのではないか。

 ソフトバンクグループの孫正義社長や楽天の三木谷浩史社長らがビジネスジェットで世界を飛び回っているのは知られているが、ANAビジネスジェットも当面は富裕層やオーナー社長への営業活動が中心となりそうだ。

 余談だが、日産のカルロス・ゴーン前会長は、羽田空港にビジネスジェットで到着したところで、待ち構えていた東京地検の検事から任意同行を求められて逮捕された。会社が費用負担する業務用ビジネスジェットを私用で使っていた疑いも出てきた。一般的なビジネスジェットのイメージが悪くならないことを祈るばかりである。
(文=横山渉/ジャーナリスト)

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