「プロボックス/サクシード」--。この名を聞いて、「はて、どんなクルマだったかしら」と、姿が浮かばない方も多いに違いない。
プロボックスとサクシードは、トヨタ自動車を代表する商用ワゴン車である。かつては乗用の「5ナンバー」も設定されていたが、今では正々堂々と小型貨物車の「4ナンバー」に割り切っている。
エンジンはハイブリッドとガソリンの2タイプ。ガソリンモデルは1.3リッターと1.5リッターで構成される。写真を見てわかるように、華やかさはない。だがこれは“御用聞き”に回る営業マンや、商店の配送車として、2018年だけで2~3万台が販売されるベストセラーである。“本気のプロ仕様”なのである。
いやはや、この開発手法がすごいのなんのって、スポーツカーや高級車のような趣味性の高いモデルよりも、ユーザーに直結したクルマづくりがなされているのである。
プレミアム性の高いスペシャリティカーは、いわば開発者の熱い想いに支えられている。「こんなクルマに乗ってほしい」という、提案型の開発スタイルだ。だが、商用車は事情が異なる。提案するのではなく、ユーザーの声に真摯に耳を傾けた開発がなされている。
さっそく、現行型プロボックス/サクシードの開発責任者の金森善彦・製品企画本部チーフエンジニア(現在CEは下村修之氏)を訪れて話を聞いた。同氏は以前、レクサスGSの開発責任者を務めていた。そんな金森CEから興味深い話を聞けたのは収穫である。
「開発はまず、営業マンの1日の行動を知ることから始まるんですよ」(金森CE)
具体的には、どういうことか。
「営業マンは、朝、営業所を出てから夕方までずっとクルマで移動することが一般的なんですね。彼らにとってはクルマがオフィスでありダイニングであり、仮眠所なのです」
だから、インパネ周りにさまざまな仕掛けがしてあるわけだ。クルマの造形は、乗用車とは異なる。たとえば、カップホルダーは巨大サイズである。
「営業マンは、コンビニで販売されている99円の1リットルの紙パックドリンクを好みます。スクリューキャップがないので、封を開けたら飲み切るまで横倒しできません」(同)
そのため、紙パックを立てられる巨大サイズのカップホルダーになっているのだ。また、サンバイザーには、さまざまなカードが挟めるように細工がされている。
「会社と契約しているガソリンスタンド用カードや、駐車場カードもあります。営業マンは1日にずいぶん走りますから、有料道路の回数券もお持ちですね」(同)
なるほど、である。
「回数券は多量ですし、カードもいわば金券です。取り出しやすさより、セキュリティ性を考えて、ホルダーはバイザーの裏側の目立たない位置に設置しています」
クリップは表ではなく裏側なのだ。
「マルチホルダーはスマートフォンが収められます。メモ帳が挟めるようにも細工しました」(同)
取引先からの急ぎの注文に応えられるようになっているのだ。スマートフォンホルダーは、乗用車でも欲しい機能である。
1日中外回りすることを想定して、モバイル系の充電機能も充実している。USB端子はもちろんのこと、シガーライターソケットもある。AC100V対応だから、家庭用機器でも問題なく使用できる。
インパネトレイは、A4サイズの企画書が置きやすい。
「おっしゃる通り、カーナビ時代ですからね。しかし、営業マンがカーナビをリクエストすると、上司にこう言われるそうですよ。『顧客の場所くらい覚えとらんのか』ってね」(同)
なるほど正論である。また、価格設定も乗用車とは異なる。
「価格は200万円以下に抑えました」(同)
聞けば、「200」という数字が営業車としての相場だと認識されているとのこと。
「営業車購入の最終決定は、運転手ではなく総務部です。だから、いくら装備を充実させているからと言っても納得してくれないんです」(同)
乗用車は、運転する人が金を出す“オーナー”だ。だが商用車は、金を出すのは運転しない人なのである。200万円という数字にはあまり根拠がないものの、古くからの慣習なのだそうだ。
とはいうものの、営業マンの職場ともいえる車内環境を整えることは、経営的メリットがある。燃費は経費の削減になる。事故を減らすことも同様だ。疲労低減で、仕事の効率にも影響する。商用車は、実は究極なまでに“ユーザーフレンドリー”なクルマなのである。
「社長、プロボックス/サクシードにしたら、売り上げを伸ばせたよ」なんて声が聞こえそうだ。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)