この記事をまとめると
■高級車にはFRの駆動方式を採用する傾向が多い■FRだとFFと違って前輪と後輪でタイヤの役割分担ができる点が優れる
■機構の合理さを重視する必要性があまりないので高級車にFRが用いられる
FRはFFに比べて走りの制御を体感できる
高級車は、なぜフロントエンジン・リヤドライブ(FR)にこだわるのか。
フロントエンジン・フロントドライブ(FF)でも、上級車種はある。
走行性能の点においても、たとえばホンダ・シビックにはタイプRがあり、操縦安定性についてFFならではの不具合はほとんど感じさせず、俊敏にカーブを駆け抜け、高性能車の醍醐味を味わせる。
ただし、FFは、前輪で駆動と操舵を担うので、タイヤへの負担は大きい。レースなど極限の走りでは、最終的にタイヤの限界をつねに使い続けることになるため、駆動と操舵の両方を担う前輪は耐えきれず、限界を早く迎えてしまう可能性がある。この点、FRでは前輪は操舵のみ、後輪は駆動のみの役割分担となるので、それぞれの役目に最大のタイヤグリップを担わせることができる。
別途、後輪駆動は走りを制御しているという実感を体感させやすい。前輪駆動でのハンドル操作の精緻さで制御するのではなく、クルマの姿勢を制御するという、運転者の体の感触で走らせる快さがある。
そのひとつのヒントとなるのは、馬の走りだ。馬は、駈け足(乗馬の世界では駈歩と書く)をはじめる際、後ろ足から態勢に入る。もちろん、前足もそれに合わせていくが、前足は進路を定める役割が大きい。したがって、馬に乗って駈けだしたときは、後ろ足で前へ押し出している感触がある。
世界で最初にガソリン自動車を発明したドイツのカール・ベンツは、その構想を「エンジンと車体が有機的に一体となった自走車」とした。それを解釈すると、馬を動力(エンジン)と想定していたのではないかと推察できる。自動車の誕生を、馬なし馬車とたとえられることが多いが、馬車は無機物であって有機物ではない。また、馬車は馬に引かれて後からついていく牽引車両だ。つまり、概念的にクルマと馬車は別のものであり、一方、見た目の違いはともかくも、走るという概念においてはクルマと馬は近いと考えるのが素直ではないだろうか。
さらにもうひとつ。FFは、合理性を求めて考え出された駆動方式だ。そのよし悪しを問うのではないが、高級車とは、そのうえに無駄というか余裕というか、豊かさを加えた存在といえるだろう。ならば、機構的に合理的でなくても、そうした贅を味わう存在として、高級車がFRであることの意味はあるのではないか。