労働契約法の改正によって、大学の非常勤講師が5年以上勤務した場合、無期雇用に転換する権利が得られるはずが、慶應義塾大学などが10年以上勤務しないと権利が生じないと強硬に主張していることを指摘した(『慶應大学と中央大学、非常勤講師の労働契約で違法行為…5年での無期雇用転換を拒否』)。

 その後、この問題について大きな動きがあった。

同じように10年以上の勤務が必要と主張していた東京大学が、約2800人の非常勤講師に対して、5年以上の勤務で無期転換を認める決定をしたのだ。

 東京大学の決定は、違法行為を続けている大学に影響を与える可能性がある。その経過を見てみたい。

●東京大学が就業規則の誤ちを認める

「東京大学は、非常勤講師については10年以上たたないと無期転換の権利が発生しないとする教員任期法の趣旨に合わないと明言しました。違法行為を続けている大学に対して、この考えを普及させて、円満解決を図っていきたいと考えています」

 首都圏大学非常勤講師組合は1月25日、厚生労働省で会見を開き、東京大学で働く約2800人の非常勤講師について、大学と交渉した結果、5年以上の勤務で無期雇用への転換が可能になったことを明らかにした。上記の発言は、会見で志田昇書記長が述べたものだ。

 2013年に施行された改正労働契約法は、非正規労働者が同じ職場で5年以上働いた場合、無期雇用に転換する権利(以下、無期転換請求権)が得られることを定めている。

 一方で、科学技術に関する研究や関連業務を行う人については教員任期法と研究開発力強化法によって、10年以上働かなければ権利が得られないという特例がある。しかしこの特例は、一般の非常勤講師に適用されるものではない。

 にもかかわらず、東京大学は昨年、非常勤講師は10年以上働かなければ無期転換請求権は得られないとする就業規則を一旦つくった。首都圏大学非常勤講師組合と東京大学教職員組合が撤回を求めた結果、東京大学は今回、自らつくった就業規則の誤ちを認めたかたちだ。

「非常勤講師の無期転換請求権は10年以上働いてから」という誤った解釈は、現在も慶應義塾大学、中央大学、東海大学が強硬に主張し、首都圏だけでも約20の大学が続けている。


 これらの大学が根拠としているのは教員任期法と研究開発力強化法の特例だが、大学や研究機関で誤った運用が行われていることを受けて、厚生労働省も今年2月、「研究者、教員等であることをもって、一律に特例の対象になるものではない」と、関係する省などに適切な対応を求める通達を出した。

 しかも教員任期法は、無期転換請求権が発生する条件を10年以上とする場合は、教員本人の同意が必要と定めている。同意もとらず、法的根拠もない慶應義塾大学などの主張が成り立たないことが、東京大学の判断や厚生労働省の通達によって明確になったといえる。

●実は雇用契約を結んでいなかった

 東京大学の決定には、もうひとつ重要な内容が含まれている。それは、約2800人の非常勤講師を労働者として認めること。これまでは業務委託というかたちで、雇用契約を結んでいなかったのだ。

 東京大学を含む多くの国立大学では、2004年の国立大学法人化以前は、非常勤講師を直接雇用していなかった。「日雇い」というかたちで、非常勤講師に謝金を渡していた。

 そうせざるを得なかったのは、法人化される前の国立大学では教職員は公務員だったので、複数の大学で教えることもある非常勤講師を直接雇用すると、禁止されている兼業が問題になるからだった。

 法人化されたことで教職員は公務員ではなくなった。このタイミングで多くの国立大学は非常勤講師独自の就業規則や、非常勤の教職員に共通した就業規則を制定して、非常勤講師と雇用契約を結んだ。

 ところが、就業規則の制定を怠ったのか、非常勤講師と雇用契約を結ばないまま、現在に至っている国立大学がいくつかある。
そのひとつが東京大学だった。

 労働契約を結ばないと非常勤講師にどのような不利益が生じるのか。まず、就業規則は適用されない。万が一業務で事故が起きたとしても、労災が適用されることもない。労働者として認められず、その報酬は物件費などと同じ扱いになる。つまりモノ扱いともいえる待遇で、非常勤講師は授業をしていたのだ。

 この問題について東京大学教職員組合と首都圏大学非常勤講師組合は、2017年6月から東京大学と交渉を重ねてきた。この間、約8000人いる非常勤教職員について、5年以上勤務すれば無期転換請求権が生じることを大学に認めさせた。そして今年1月にようやく非常勤講師の雇用問題も解決に至ったのだ。

 東京大学と同様に、非常勤講師と雇用契約を結んでいない大学は、東京藝術大学など10大学程度はあるとみられている。これらの大学も、非常勤講師と早急に雇用契約を結び、5年以上勤務した場合に無期転換請求権を認めるべきではないだろうか。

●労働基準法違反に気づかない人事担当者

 無期転換請求権については、労働契約法を普通に理解すれば間違えるはずがなさそうだが、なぜ東京大学をはじめ、多くの大学で誤った解釈が横行してしまったのか。
その原因は、大学の経営陣や労務担当者が、労働法規に無知であるためだという。特に国立大学の場合は、人事労務担当の理事が、文部科学省からの天下りであるケースが少なくない。

 首都圏大学非常勤講師組合によると、多くの大学と交渉してきた中で、5年以上働いた場合の無期転換請求権を認めない大学のほとんどが、労働契約法を正しく理解していなかったという。

 さらに目立つのは、罰則規定もある労働基準法90条に違反した状態で、大学の就業規則を作成もしくは変更している大学が多いことだ。90条では就業規則を作成または変更する場合、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない、と定めている。違反した場合は30万円以下の罰金が科せられる。

 東京大学は、改正労働契約法の施行後、非常勤教職員を5年で雇い止めする「東大ルール」を新たに制定するという就業規則の変更を行った。しかしその際、労働者の過半数代表者を決める選挙で、非常勤教職員と非常勤講師には選挙権も被選挙権も与えていなかった。

 就業規則の変更が違法に行われていた場合、就業規則だけでなく三六協定などの労使協定がすべて違法で無効となってしまう。東京大学は組合から指摘されてその間違いに気づいたのだ。

 東京大学は誤ちを認めて改善したが、無期転換請求権の扱いや非常勤講師との契約について違法な状態を続けている大学はまだまだある。首都圏大学非常勤講師組合では「東京大学の判断に準じて速やかに改めるよう各大学に求めていく」と話している。
誤った法解釈による非常勤講師への不当な処遇は、速やかに改められるべきものだろう。
(文=田中圭太郎/ジャーナリスト)

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