経営再建中のジャパンディスプレイが、中国の投資ファンドや台湾メーカーなどから金融支援を受けると発表した。同社は日の丸液晶メーカーとして政府が2000億円以上の血税を投じて全面支援してきたが、結局は中国に叩き売られることになった。
世の中では政府と経営陣の無策を批判する声がもっぱらであり、まったくその通りなのだが、悪いのは政府と経営陣だけだろうか。同社が発足した当初、国内では日本の技術力や官民協力を賛美する声で溢れており、一部から指摘されていた事業計画の杜撰さはこうした「日本スゴイ」の声にかき消され、決して顧みられることはなかった。
結局、同社に血税を大量投入する最大の原動力となったのは熱狂的な国民の声である。この事実を日本人自身が総括しない限り、同じ過ちが繰り返されるだろう。
●設立当初から疑問の声があったが……
同社は、日立製作所、東芝、ソニーの中小型液晶パネル事業を統合して2012年4月に正式発足した。政府系ファンドの産業革新機構が2000億円もの資金を出資しているので、同社はまぎれもなく国策企業ということになる。
液晶パネル事業は日本、韓国、台湾のメーカーがシェア争いをしていたが、韓国と台湾はメーカーの集約化によって、価格競争力を強化していた。ところが日本メーカーは電機各社がそれぞれに小規模な事業を保有する状況であり、価格競争力という面で韓国や台湾に遅れを取っていた。中小型液晶は大手電機メーカーにとってコア事業ではないため、十分な投資資金が確保できなかったという面もある。
そこで政府系ファンドの産業革新機構が出資を行い、各社の事業を統合して再スタートさせたのがジャパンディスプレイである。だが発足当初から同社のビジネスに対しては疑問の声が上がっていた。もっとも大きな懸念材料は売上高の多くを米アップル1社に依存するいびつな事業構造である。
同社は、iPhone向けにパネルを供給することで売上高を拡大し、約2年で上場することになったが、その時にはアップル向けの売上高が4割近くを占める状況となっていた。日本の国策企業が、米国企業であるアップル1社に依存するという図式そのものが、かなりのリスク要因といえる。
問題はそれだけではない。同社は石川県に1700億円を投じてアップル向けの最新工場を建設したが、この工場の建設資金の多くはアップルが負担していた。工場の建設資金もアップルに面倒を見てもらっている状況では、価格交渉力など持てるはずがない。
さらに言えば液晶パネルというのは、すでに汎用品となっており価格低下が著しい分野となっていた。技術力に大きな差はないので、アップルなど完成品メーカーにとって、採用の決め手は価格になる。実際、同社とシャープは際限のない顧客の奪い合いを行い、自ら業績を悪化させるという失態を演じてしまった。
●最初から負けが決まっているゲーム
このように書くと、同社の経営陣はあえてダメになる方向に経営を舵取りしたように見えるかもしれないが、そうではない。同社の経営陣が優秀でなかったのは事実だが、付加価値の低い製品でビジネスをする以上、このような結果になるのは目に見えているというのが現実である。
これは部品を発注するアップル側の気持ちになってみれば、わかるはずである。
アップルは日本や韓国、中国のメーカーから部品を調達し、iPhoneなどの製品を製造する完成品メーカーである。
値引き交渉をやり過ぎて、部品メーカーの体力が落ち、生産に支障をきたすようでは意味がないので、アップル側は部品メーカーの生産力についても考慮する必要がある。だがアップルは世界屈指の高収益企業であり、莫大な資金を持っている。こうした状況でアップルが考えることはひとつしかない。
それは部品メーカーに対して徹底的な値引き要求を行い、経営体力が低下する分についてはアップルが資金援助するというやり方である。これが実現できれば、調達価格をギリギリまで引き下げると同時に、部品メーカーをがんじがらめにし、意のままに操ることができる。
ジャパンディスプレイがアップルから資金援助を受けたのは、同社が安易な決断を行った結果ではなく、そうしないとアップルから仕事を取れなかった可能性が高い。同社が国策企業であり、業績を拡大しなければ国民に説明がつかないという「弱み」を、アップル側は完全に見透かしていただろう。
国策企業として税金が投入され、価格低下が著しい製品を取り扱い、しかも主要顧客は世界でもっとも強大で強欲なIT企業である以上、ジャパンディスプレイに選択肢はなかったといってよい。つまり最初から負けが確定したゲームといっても過言ではないのだ。
●引き返すチャンスはあった
こうした指摘は同社の発足当初から出されていたが、「官民を挙げて世界へ」「世界が認めた日本の技術」といった賛美の声にかき消され、一連の指摘が生かされることはなかった。
同社の設立と政府による支援は、国民が反対するなか、政府が勝手に進めた話ではない。むしろ政府主導で経済成長を実現せよ、という国民の声を受けて実施されたプロジェクトである。
だが、官庁が運営するファンドは民間とは異なり、運営に失敗しても関係者が個人的に責任を負う必要がない。しかも官庁というのは予算で動いているので、一度、確保した予算は決して手放さないという習性がある。官営の事業がひとたび動き出すと、それを止めるのは簡単なことではない。
ジャパンディスプレイのビジネスに問題があることは上場した時点で、かなり顕著となっていた。
同社は2014年3月にIPO(新規株式公開)を行ったが、初値は公募価格を15%も下回る769円となり、上場翌月にはいきなり業績を下方修正。その後、再度、業績を下方修正し、上場1年目で赤字転落している。これは上場企業としてはあり得ない杜撰さであり、この時点で同社は当事者能力を失っていたことがはっきりしている。
政府による支援は継続されたが、状況は悪化するばかりだった。同社は5期連続で赤字を垂れ流し、株価はピーク時の10分の1まで暴落。
失敗することがわかっていながら、一部の熱狂的な声に押されて無謀なプロジェクトに邁進し、途中でその問題点が顕著となっても引き返す決断ができない。これは、勝ち目がないことがわかっていながら開戦を強行し、主力艦隊を失って、人類史上唯一の核攻撃を2発も受け、そして国体が消滅する寸前になっても終戦の決断ができなかった太平洋戦争と基本的に同じ図式である。
冒頭にも述べたが、今回の件について、政府と経営陣に責任があるのは当然のことだが、最終的にその決断は国民が行ったものである。この部分を総括しない限り、近い将来、日本は再び同じ過ちを繰り返すだろう。
(文=加谷珪一/経済評論家)